第十五章

『野望(一)』

 拓飛タクヒは翌朝、再び凰華オウカと共に西王母セイオウボの間へ赴いた。


「何だ、バアさん、用ってのは?」


 開口一番、拓飛が不躾な物言いをする。


「うむ、今日はそなたらが白虎派に入門した証を渡そうと思うてな」

「おい、勝手に俺を頭数に入れんな」


 すかさず拓飛が突っ込みを入れるが、西王母は構わず話を進める。


熊将ユウショウ、あれを」

「はっ」


 傍らに控えていた熊将が凰華にある物を手渡した。


「これは……白虎牌……」


 表には活き活きとした白虎が描かれ、裏返せば『石凰華セキオウカ』と刻まれている。


「白虎牌は白虎派門人の証であり、通行手形でもある。それを見せれば、面倒な関所も素通り出来よう。加えて朝廷の息が掛かった宿や酒楼であれば無料タダで利用が可能じゃ」

「何! マジか⁉︎」


 無料と聞いて拓飛の眼の色が変わるが、西王母の返事は素っ気ない。


「そなたは白虎派の門人ではない故、渡す訳には行かぬのう」

「チッ」

「それより、そなた成虎セイコを捜しに行くそうじゃが、先日は居場所を知らぬと申しておらなんだかえ?」

「……ババア、聞いてやがったのか」


 拓飛はあからさまに嫌な顔になると、気を取り直して話しだした。


「居場所は知らねえが、心当たりはある。ガクのおっさんは暑い時は北へ、寒い時は南へ、よく寝ぐらを変えてた。俺の予想じゃ、今の時季は紅州こうしゅうのどこかにいるはずだ」

「南……紅州って簡単に言うけど、大雑把すぎて、それだけじゃ見つかりっこ無いでしょ!」


 たまらず凰華が口を挟むが、拓飛はあっけらかんとしたものである。


「大丈夫だ。以前まえに神州中を使って、姿を消したおっさんを見つけ出すっつう修行をした事がある。そん時は見つけるのに一年半くれえ掛かったけどな」

「……どんな修行よ、それ……」

「ホッホッホ、あやつらしいの。さて……」


 急に西王母の眼光が鋭くなった。


「凰華が白虎派の門人になったからには、青龍派の……いや、黄志龍コウシリュウの野望を聞かせよう」

「黄志龍? 誰ですか?」

「青龍派の現掌門——黄龍悟コウリュウゴの父親じゃ」

「龍悟の親父……!」


 龍悟の名を聞くと、拓飛の赤眼が濃くなった。


「黄という姓は珍しいものでは無いが、あやつの剣筋は若き日の黄志龍と瓜二つであった。面差しはあまり似ておらぬが、恐らく間違いあるまい」

「バアさん、野郎の親父とった事があんのか?」

たたこうたのは、そなたの師父じゃ。そなたと黄龍悟のように交流試合でのう」

「何⁉︎」


 この言葉に拓飛は合点がいった。師父が青龍派の技を知っていたのは、対峙した経験があったからなのである。


「……結果はどうだったんだ?」

「そなたと同じく引き分けじゃ。話が逸れてしもうたのう。熊将、続きはそなたが申せ」

「はっ」


 熊将は進み出ると、ゆっくりと口を開いた。


「青龍派——黄志龍は四大皇下門派を併合し、その盟主に納まるつもりだ」

「えっ⁉︎」


 凰華が驚きの声を上げるが、熊将は構わず話を続けた。


「青龍派に放った間者からの報告を統合すると、ほぼ間違いないと思われる」

「間者ぁ? 青龍派ってのはマヌケの集まりかよ。情報が筒抜けになってんじゃねえか」


 拓飛が口を挟むと、熊将が答える。


「青龍派も内通者には感づいているだろう。人の口に戸は立てられぬものだ。敢えて知られても構わない情報だけを掴ませているのだ」

「……ふん。けどよ、その話がマジなら、奴らに攻め込まれたらひとたまりもねえんじゃねえの?」

「その通りだ。だが、青龍派も容易く白虎派に攻め込む事は出来ない」


 自信を持って断言する熊将に、拓飛が首をひねる。


「何でえ、そりゃあ?」

「『玄武派』が睨みを利かせているからだ」

「玄武派?」

「我ら西の白虎派と東の青龍派、それに北の玄武派は今、三すくみで均衡を保っている状態だ」

「どういう事ですか? 三すくみって……」


 恐る恐る訊く凰華に熊将が顔を向けた。


「確かに我らは青龍派に対して分が悪いが、玄武派には青龍派の攻撃を通さない特別な硬氣功があると言われている」

「つー事は、その凄え硬氣功を破る技が白虎派にあんのか⁉︎」


 拓飛が眼を輝かせて話に割り込むと、西王母が代わりに答える。


「察しが良いようでなによりじゃが、白虎派の門人ではないそなたには教えぬぞ?」

「チッ、そうかよ」


 凰華は今までの話を確認するように呟く。


「なるほど、つまり青龍派は白虎派に強いけど玄武派には弱くて、白虎派は玄武派には強いけど青龍派には弱くて、玄武派は青龍派には強いけど白虎派には弱いと……」

「そうじゃ。そこで我らは密かに玄武派に同盟を結ぼうと繋ぎを付けておるが、今のところ色良い返事は返ってきてはおらん」

「何でだよ、玄武派の技を打ち破る手があるんなら、それを盾に従わせりゃいいじゃねえか」

「たわけ。そのような強行手段を用いて、彼らが青龍派に付いてしもうたら眼も当てられぬわ」

「んだとお?」


 不穏な空気が流れたが、凰華が思い出したように口を開いた。


「ちょっと待ってください。それじゃあ、残りの『朱雀派』はどういった立ち位置なんですか?」

「うむ、朱雀派は少し変わっておってな、四大皇下門派に数えられてはおるが、他の門派と関わる事は皆無なのじゃ。玄武派と同じく繋ぎは付けておるが、こちらも無しのつぶてじゃ。恐らく青龍派もすぐには手を出すまい」

「何だ、そりゃ。他になんか分かんねえのかよ」

「そうじゃのう、朱雀派は女子おなごのみで構成された門派じゃ」

「女だけ⁉︎」


 茶々を入れた拓飛は女のみと聞いて、顔色を変えた。


「朱雀派の者は掌門から召使いに至るまで皆『シュ』姓を名乗るらしい。あとは独自の軽功を用いる事くらいしか分からない」


 熊将が補足すると、再び西王母が話し出す。


「凰華や、紅州へ行くというならば丁度良い。そなたに密使の任を与えよう。朱雀派と繋ぎを付けて参れ。玄武派は引き続きこちらで働きかけよう」

「ええっ、あたしがですか⁉︎ そんなの無理です!」

「無理なものかえ、相手も女子じゃ。そなた以外に適役はおらぬ。それに入門したばかりで出て行くなどと勝手を申すなら、それ相応の働きはしてもらわぬとのう?」

「……う、はい……」


 凰華の消え入るような返事に西王母はニッコリ笑うと、拓飛の方に向き直った。


「問題はそなたじゃ。間違まちごうても朱雀派と事を構えるでないぞ」

「頼まれても女だけの門派なんかと揉めるかよ」

「その言葉、努努ゆめゆめ忘れるでないぞ」


 念を押すように西王母が釘を刺した。

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