『交流試合(二)』

 それは凰華オウカが今まで見た事も聞いた事も無い暗器で、三日月みかづきのような形状をしていた。ケイがそれを払うように投げると、暗器は凄まじい速度で円を描きながら凰華に襲い掛かった。


「————くっ!」


 すんでの所で凰華が避けると、かすった髪がパラパラと宙に舞い、暗器は意思を持ったように慶の手に戻った。


 飛刀と二つ目の暗器は、一つ一つであれば躱す事はさほど難しくはないが、『点』と『面』の攻撃が同時に襲ってくれば厄介な事この上ない。


 だが、二つ目の暗器は凄まじい速さで飛来するとは言え、弧を描く軌道なので、一度宙に放たれると間合いを詰める隙も生まれる。


 凰華が飛び込む機を探っていると、慶がゆっくりと口を開く。


「……貴女あなたは三つの失策を犯した」 


 低く呟くと、慶は両手に四つずつ三日月状の暗器を生成した。ギョッとする凰華を横目に、慶はそれを一枚ずつ時間差で放つ。


 次々と放たれた暗器はそれぞれ違う軌道で凰華に襲いかかる。しかし、いくら躱しても暗器は必ず慶の手元に戻り、次の瞬間には新しく放たれる。


 練武場には常に三日月状の暗器が舞い、まるで練武場全体で慶がお手玉をしているようである。


「一つ目の失策は、開始直後に間合いを取った事。そのせいで戦況を難しくしてしまった」


 慶は教え導くように口を開いたが、暗器を躱すだけで精一杯の凰華の耳には届かない。


「二つ目は、飛刀が光を発すると思い込んだ事————」


 直後、グサリと飛刀が凰華の太腿に食い込んだ。


(————どうして……⁉︎)


 凰華は自分の太腿に刺さった飛刀を視界に収め、信じられない物を見たような表情を浮かべた。


 暗器を躱している間も凰華は慶の右腕に気を配っていたが、この一刀は音も光も無く発射されたのである。


「三つ目は、飛刀が一刀ずつしか放てないと思い込んだ事よ……!」


 慶が両袖を凰華に向けると、袖口から飛刀が散弾のように噴射された。


 脚をやられた凰華は両腕を回して防御したが、雨あられと飛ばされた飛刀は凰華の受けを弾き飛ばして、その全身を蜂の巣にしてしまった。


「————勝負あり! 勝者、青龍派、李慶リケイ!」


 熊将ユウショウが声を上げると同時に、凰華がその場に崩れ落ちる。


 慶が包拳礼を取り、背を向けると、凰華の身体に刺さったおびただしい数の飛刀がフッと消えた。


 その跡には薄く痣ができているものの、一滴の血も流れていなかった。どうやら手心を加えられたようだが、全身を氣の塊で撃ちつけられたため、凰華は気を失ってしまった。


 白虎派の女弟子に運ばれていく凰華を横目に見ながら、拓飛タクヒは凄まじい形相で歯噛みしていた。その様子を見た白虎派の出場選手がゴクリと息を飲む。


「……おい、誰でもいいから次、行けよ」


 不意に拓飛が口を開くが、白虎派の若弟子三人は目を見合わせるばかりで誰も立ち上がろうとはしない。


「チッ! 腰抜けどもが。てめえら『白猫派』とでも名乗ってやがれ」


 吐き捨てるように言うと、拓飛は立ち上がり慶の前に進み出た。


「女と闘うのは気が進まねえが、来いや」


 拓飛が手招きすると、慶は熊将に視線を向け口を開く。


「……さま。私、先程の闘いでかなり氣を消耗してしまいました。棄権させていただきます」

「何?」「あ?」


 熊将と拓飛が同時に驚きの声を上げるが、慶はそのまま青龍派の列に退がり、代わりに龍悟リュウゴが立ち上がった。


「……これでよかったかしら……?」


 すれ違いざまに慶が龍悟に声を掛ける。


「すまない」

「それは、どちらに対してなのかしらね……」

「…………」


 龍悟は何も答えずに、拓飛の前に進むと、熊将に包拳礼を取った。


「青龍派、次鋒はこの黄龍悟コウリュウゴが務めましょう」

「承知した」


 仕方なく慶と闘うつもりだった拓飛は急に棄権を宣言され、呆気に取られていたが、思わぬうちに自身の望む展開になった事で笑みを浮かべた。


「よお、昨日の借りはキッチリ返させてもらうぜ……!」

「…………」


 拓飛は挑発するように睨みを利かせるが、龍悟は無言で眼を合わせようとはしない。


「————始めっ!」


 熊将の号令と共に、拓飛は全身に氣を巡らし構えを取ったが、龍悟は微動だにせず泰然としている。


「てめえ、何ボサッとしてやがる。さっさと、あの剣を出せよ」


 拓飛に声を掛けられた龍悟はゆっくりと構えを取ったが、依然としてその手は空手のままである。拓飛はこめかみに青筋を浮かべながら口を開く。


「……おい、てめえ何のつもりだ?」

「他派の者の眼が何十とあるこの状況で手の内を見せるつもりは無い。それに獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うが、僕の考えは違う。剣を使うのはとどめの一手だけで充分だろう」


 そう話す龍悟の表情に、嘲りや挑発の様子は感じられない。しかし、それが逆に拓飛の感情を逆撫でした。


 咆哮と共に暴虎が龍に襲い掛かった。

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