『交流試合(三)』

 ケイの無数の氣弾に撃たれ気を失っていた凰華オウカだったが、不意に全身が温かな感覚に包まれ、痛みが徐々に和らいでいった。


 凰華がゆっくりと眼を開くと、西王母セイオウボの慈愛に満ちた顔が見えた。


「気づいたかえ……? 凰華や」

「……西王母さま……」


 意識がはっきりして来ると、凰華は自分が西王母の膝の上で横になっている事に気が付いた。


「すみません! 今、起き————」


 急いで起き上がろうとした凰華だったが、身体に力を入れると全身に痛みが走り、再び崩れ落ちてしまった。


「無理をせずともよい」


 優しく語りかけた西王母が手をかざすと、不思議な事に、その箇所がポカポカと温かみを帯び痛みが引いていく。


「そなたには済まなかったのう。李姑娘リクーニャンが手心を加えたゆえ、熊将ユウショウも止めに入る事が出来なんだ」

「……いえ、自分が情けないです。何も出来ませんでした……!」

「己が足らぬ事を知るが肝要じゃ。そう気に病むでない」

「……はい。……あっ、そういえば試合は————」


 凰華が視線を練武場の中央に移すと、二人の男が徒手空拳で打ち合っているのが見えた。


 一人は白髪赤眼の青年——拓飛タクヒである。


 拓飛は凄まじい形相で、向かい合う青い道着の青年——龍悟リュウゴに猛攻を仕掛け、龍悟は受けに回っている。


「どうして、龍悟くんが素手で……⁉︎」

「青龍派の小僧は、この衆人環視の中では技を振るいたくないらしいぞ。他にも思う所があるようじゃがな」

「素手なら拓飛の領分だわ。だったら龍悟くんにも勝て————」


 凰華は嬉し気に二人に視線を戻し、改めて試合の様相を窺った。しかし、二人の打ち合いを眼で追って行くうちに、どうやら先ほど見た印象が間違っていた事に気が付いた。


 確かに拓飛が一方的に攻め立ててはいるが、その攻撃は尽く外され、龍悟は少ない手数で的確に拓飛に手傷を負わせていく。


「ど、どうして素手の闘いなのに、拓飛が打ち負けてるの……⁉︎」

「武器とは手の延長じゃ。剣術家が徒手空拳が弱いなどという事があるまい。加えて拓飛じゃが、冷静さを欠いて、熊将と打ち合った時のキレが見られぬ」

「…………!」


 西王母の指摘通り、拓飛の技はいつものキレが無く、大振りで至極読みやすい。凄まじい形相だと凰華に見えていたのは、怒りと焦燥による必死の表情だったのである。


 その時、龍悟の掌打が拓飛の胸を強かに捉えたが、龍悟は深追いはせずに間合いを空けた。


「……どうしたよ? ビビってんのか?」


 拓飛は胸を押さえながら挑発するが、龍悟は馬耳東風とばかりに聞き流した。


「……良い師父に付いているようだが、感情を制御できなければ、高級な技も台無しになる」

「うるせえ!」


 拓飛は逆に挑発に乗る形になり突きを繰り出したが、これも簡単に外されて反撃を喰らってしまった。拓飛の動きが鈍ってきた事を感じ取ると、龍悟の眼光が鋭さを帯びた。


「拓飛! 気をつけて!」


 凰華の叫びと共に、龍悟がこの闘い初めて自ら打って出た。


 ————青き龍の爪と牙が風を孕んで、手負いの白虎に襲い掛かかる。


 龍悟の一撃は熊将の振るう技のように重いものではない。しかし、その攻撃は凄まじい疾さで拓飛の急所を正確に貫き、拓飛はまるで暴風雨に巻き込まれた心地になった。


「——調子に乗るんじゃねえ、クソがあッ‼︎」


 嵐の間隙を縫って手を出した拓飛の隙を見逃さず、龍悟の回し蹴りが拓飛の側頭部を強烈に捉えた。


「拓飛‼︎」


 拓飛は声も無く前のめりに倒れると、ピクリとも動かなくなった。その光景はまるで、罪人が執行人へ自らの首を差し出しているようである。


 龍悟は無言で右腕を掲げると、その手に光が集約され、瞬く間に剣を形取った。


「ここまでだ」

「————やめてえっ‼︎」


 凰華の叫びも虚しく剣は振り下ろされたが、ザキュッという音と共に剣は地面を噛んだ。

 驚きで一瞬、動きが止まった龍悟の視界に白い影が舞い、その端正な顔に一筋の傷が走った。


「……チッ、せっかく死んだふりしてたってのに躱されちまったか。けど、いい面構えになったじゃねえか」


 龍悟は頬から流れ落ちる血を拭うと、何の感情の変化もない様子で口を開いた。


「……どうやら、妖虎の首を落とすにはもう少し弱らせなければいけないようだね」

「へっ! てめえのへなちょこ蹴りなんざ、猴野郎のに比べりゃ屁みてえなモンだ。オラ、剣を出したんなら丁度いいぜ。来いや」


 凰華は拓飛が無事で安堵したが、拓飛は言葉とは裏腹に明らかに脚にキており、この期に及んで挑発を繰り返す白髪赤眼の男を凰華は恨めしく思った。何故、龍の逆鱗に触れるような真似をするのか?


 数秒の沈黙の後、龍悟が静かに口を開く。


「……いいだろう。そこまでこの双剣の餌食になりたいというなら、味わってみるがいい」


 言葉が途切れると、龍悟の左腕に鏡合わせのように剣が握られた。ゆっくりと龍悟が構えを取ると、先程までとは比べ物にならない重圧が拓飛に向けられる。


 ビリビリとした威圧感を感じた拓飛の頬を冷や汗が流れ落ちたが、その口元には笑みが浮かんでいた。

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