『変面(五)』
「おお、痛! 何やねん、急にー! びっくりするやんか!」
わざとらしく腕を振るが、その実、受けた腕が痺れてすぐには力が入らない。
(こらアカン。寝とった虎を起こしてもうたわ。暴れ虎にはこのまま大人しゅうしといてもらわへんと)
意識を取り戻した拓飛だったが、脚にはまだ完全に力が入らず、自分から仕掛けられない。斉天大聖は腕が痺れて動かせないため、蹴りを中心に攻め立ててくるが、面を変えられず、蹴りのみになった斉天大聖の攻撃は単調になり、拓飛は次々と捌いていく。その間に脚に少しずつ力が戻ってきた。
(何だ、こいつの技よく見りゃ……)
斉天大聖は受けに回る拓飛を崩せず、焦りと疲労から徐々に技が乱れてきた。
(何やねん! 何で急に当たれへんようになってん!)
焦れた斉天大聖の蹴りが大振りになった所を見逃さず、拓飛は蹴りの間合いを潰し、渾身の震脚から肘打ちを丹田に打ち込んだ。
「カッ―――……」
氣の源である丹田を撃ち抜かれた斉天大聖は呻き声を上げて前のめりに倒れ、幾度か痙攣した後動かなくなった。
「やったね、拓飛! 大逆転!」
歓声を上げながら
「うぎゃあーッ! てめえ放しやがれ! なに掴んでやがる!」
「あっ、ごめん。つい」
慌てて拓飛は凰華の手を振り払い、両手を代わる代わる掻き毟った。
「……クソォ、なんで氣が湧いてけえへんねや……?」
その時、意識を取り戻した斉天大聖が振り絞るように呟いた。
「やめとけ。丹田をブチ抜いてやったからな、
「内傷って?」
「内功で受けた傷のことだ。特別な薬と時間を掛けねえと治らねえ」
凰華の問いに拓飛が面倒臭そうに答えた。
「くっ……。ワイの技が急に当たれへんようになったんはなんでや?」
「おめえ一つの拳法に数手しか技がねえだろ。おまけに技の繋ぎがなってねえ。ただ単に技を続けて出してるだけだ」
「……ははっ、こらまいったわ。盗んだ秘伝書で覚えた技をそのまま使てもアカンってことかい」
「内功も盗んだ秘伝書で覚えたのか?」
「せや。最初は生きるために盗みを始めてんけど、ある武術家の家で内功の秘伝書を見つけてな。そこからは武術にハマってもうて、今は盗みに入るんも金目当てっちゅうより、武術の技を振るうためやった」
ここまで話すと、斉天大聖は一瞬押し黙って、
「結局、左腕は使わさせられず終いか。弱いモンばかり相手にして得意になっとったんやな」
「そうよ! 武術は一人じゃできないわ。技を矯正してくれる師父と、競い合う相手がいてこそ大成できるのよ!」
得意げに凰華が口を挟む。
「偉そうに言うな。どうせ、おめえの親父の受け売りだろ」
「エヘヘ、バレちゃった?」
凰華はペロリと舌を出した。
「賊が倒れているぞ! 捕まえろ!」
「ここまでやな。ニイちゃん、拓飛言うたな。おもろかったで、またな」
「俺は弱え奴は相手にしねえぞ」
斉天大聖は仮面の下で笑ったように息を漏らすと、丹田を片手で抑えながら闇の中に消えて行った。
「行っちゃった。逃しちゃって良かったの?」
「ケチな盗人野郎なら、とっ捕まえて礼金でもせしめようと思ってたけどな。あの猴野郎は逃した方が面白そうだ。もうここには用はねえ。俺らも行くぞ」
「う、うん」
走りながら拓飛は先ほどの凰華の言葉を思い返していた。
(ちっ、『技を矯正してくれる師父』か……)
「あっ!」
張豊貴の屋敷を出た所で凰華が突然大声を上げた。
「うるっせえな! 突然なんだよ!」
「拓飛が逃しちゃったから、斉天大聖の素顔が見えなかったじゃない!」
頭を抱えながら凰華は悲しそうな声を上げた。
――― 第六章に続く ―――
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