第六章
『龍穴(一)』
「ねえ、拓飛。躊躇なく進んでるけど、大丈夫よね?」
「………」
前を歩く拓飛に向かって凰華が恐る恐る訊くが、拓飛は聞こえていないのか何も答えない。
「まさか……迷ってないよね?」
「……迷ってねえ」
拓飛の一瞬の沈黙を敏感に感じ取った凰華は金切り声を上げる。
「ほらーっ! だから言ったじゃない! 素直に街道を進んだ方がいいって!」
「うるっせえ! 急にでけえ声出すな馬鹿! 迷ってねえっつってんだろが!」
「嘘! だったらどうして、あたしの眼を見て言えないの?」
「う、うっせえ! だったらおめえだけ引き返して街道を行けよ! 大体付いて来いなんて言った覚えはねえぞ!」
「もう! 痛い所突かれるとすぐそれなんだから!」
事の発端は言い争いから一刻前———
『そこのお二人さん。どちらに行きなさるね?』
街道を進んでいた拓飛と凰華に向かって、突然道端に座る老人が話しかけてきた。格好を見るに易者のようである。
『知ったことかよ。占い師なら占ってみたらいいだろ』
拓飛がぶっきら棒に答える。
『よろしい。ではお代は———』
『ざけんなよジジイ。何でてめえが勝手に訊いてきて、こっちが金払う流れになってんだ。行くぞ凰華。このジジイ、ただの物乞いだ』
『行き先は西———白州ですな?』
『えっ? 凄い! どうして分かったの?』
凰華が驚きの声を上げるが、拓飛は冷めた表情である。
『バカか、おめえは。西に向かう街道を歩いんてんだから当たりめえだろ』
『あっ、そうか。そうよね』
『白州に行かれるなら、私の後ろの森を突っ切った方が近道ですぞ?』
近道という言葉に反応した拓飛は振り返った。確かに老人の後ろには樹海が広がっているが、霧が立ち込めており、普段旅人が通行しているようには見えない。
『近道だあ? とても人が通ってるようには見えねえな』
『いつの頃からか、ご覧のように霧が立ち込めておりましてな。めっきりこの裏道を抜ける者はいなくなりました。まあ、お急ぎでなければ、安全に、街道を行かれるがよろしかろう』
老人は故意にか『安全』という言葉を強調したように話した。凰華は拓飛の服の裾を引っ張り小声で話しかける。
『ねえ拓飛、なんかこのお爺さん怪しくない? このまま街道を進もう?』
『いや、森を突っ切る』
食い気味で答えた拓飛は樹海に向かって歩き出した。
『ちょっ、どうしてよ!』
『こっちの道のが面白そうだ』
『もう! 待ってよ!』
慌てて拓飛を追いかける凰華の後ろから老人のしゃがれ声が聞こえてくる。
『お気を付けて———』
「ねえ、やっぱり引き返さない? あたしなんだか方向感覚がおかしくなってて、今どっちに進んでるのか分かんないのよ」
不安そうに凰華が話しかける。
「安心しろ、俺もだ。戻ろうにも、来た方向が分かんねえ」
この開き直った無責任発言を聞いた凰華は、怒りよりもむしろ力が抜けてしまった。
「そうだ! 軽功で高い樹に登って周囲を見渡して見たらいいんじゃない?」
世紀の大発見をしたかのように凰華が手を叩いて飛び跳ねる。
「そいつぁ名案だぜ。こんなに霧が出てなけりゃあな」
数丈先も霧で視界が霞んでいる状況である。樹上から周囲を見渡して見たところで同じだろう。凰華の表情は一瞬にして沈んでしまった。しかし、拓飛は全くこの状況に不安を感じていないようだ。
「はあ………、何でそんなに落ち着いてるのよ。あたしたち絶体絶命なのよ?」
「そうか? 昔おっさんに妖怪がウジャウジャいる山ん中に一週間置き去りにされた時のがヤバかったぜ? 飯も現地調達だったしよ」
拓飛はサラリと言って退けたが、この虐待にも近い修行を課す拓飛の師父とは何者かと、凰華は俄然興味が湧いた。
「
「おい見ろ! なんか開けたとこに出るぜ!」
急に走り出した拓飛が指差す先には確かに開けた土地があり、霧も薄くなっているように見える。
「何これ……?」
拓飛の後を追いかけた凰華は我が眼を疑った。
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