第四章

『斉天大聖(一)』

 翌日の夕暮れに銀狼鏢局の一行は玄州最南端の街『嘉晋かしん』に到着し、指定された場所まで荷を運び終えると依頼人から代金が払われ、仕事は完了した。鏢師たちには働きに応じて報酬が配られる。拓飛タクヒもたっぷり報酬をせしめて上機嫌だ。


「さーて、これで当分カネには困らねえな」

「ねえ拓飛、ここ嘉晋は牛料理が有名らしいわ。少し早いけど、晩ご飯にしましょう?」

「牛肉か! よし行こうぜ!」


 凰華オウカの提案に拓飛が賛成の声を上げる。


 さっそく二人は店を物色するが、どの店も行列ができており、待つことが嫌いな拓飛は途端にイライラしてきた。


「いってえなんなんだ? どの店も満杯じゃねえか!」

「おかしいわね。祭りや夜市があるわけじゃなさそうなのに、なんか街の規模に比べて人通りも多いような気もしない?」

「どうでもいいぜ、とにかく空いてる店を探すぞ」


 なんとか大通りから外れた所にあるこじんまりとした店を見つけると、入るなり拓飛は大声で注文する。


「肉料理じゃんじゃん持ってきてくれ!」

「あいよ!」


 給仕のおばさんが元気よく返事をして、ほどなくして料理が運ばれてくる。


「美味しい! あっ、こっちも!」


 凰華は一口料理を口にするたびに頬に手を当てて味の感想を述べるが、拓飛は一心不乱に牛肉を口に運び、黙って咀嚼する。


「お客さんたち、この辺の人じゃないねえ?」


 突然給仕のおばさんに話しかけられ凰華が答えようとするが、余計なことは言うなとばかりに拓飛に目で制される。


「はい、まあ」

「やっぱり、あの噂を聞きつけて来たのかい?」

「あの噂?」


 凰華が聞き返すと、おばさんは話したくてたまらないという表情になった。


「あら! 知らないのかい? 半年くらい前から、黄州中の権力者やお金持ちからお金や財宝を盗み出す盗賊が現れるようになってねえ。あたしも実際見たことは無いけど、その盗賊は必ずさるの仮面を着けてるらしくて、自分のことを斉天大聖セイテンタイセイと名乗ってるらしいよ!」

「その斉天大聖がこの街にも現れるってことですか?」


 凰華は興味津々といった表情で質問する。


「そう! 三日前に、この街で一番の金持ち張豊貴チョウホウキさんの家に盗みに入るって文が届いたらしいのよ。それで斉天大聖を一目見ようと、遠方からも人が押し寄せているってわけ!」

「へえー! でも、どうしてその張さんが狙われたんですかね?」


 すると、おばさんはわざとらしく顔を近づけ小声で話し出した。


「斉天大聖が狙うのは貪官汚吏や悪徳商人だけって話さ。張豊貴さんは金貸しなんだけど、べらぼうな金利を取って無茶な取り立てもするって噂だからねえ。おっと! この話、あたしから聞いたって余所で言わないでおくれよ?」

「そのサル野郎は強えのか?」


 黙って聞いていた拓飛が突然口を挟んだ。


「ああ、えらく強いらしくて、お上から懸賞金もかかってるんだってさ! 張豊貴さんも捕まえるために腕の立つ用心棒を何人も雇ったそうだよ」


 ここまで話を訊くと、拓飛は凶悪な笑みを浮かべた。


「その張って金貸しの家はどこにあるんだ?」

「南方にあるこの街で一番大きなお屋敷さ。でも少し遅かったねえ。もう用心棒の募集は終わっちまったってさ。今頃行ったって追い返されるだけだと思うよ?」


 おばさんは話すだけ話すと、満足したのか厨房に戻って行った。


「……まさか拓飛、行く気なの?」

「おう。礼金もいいが、猴野郎のツラを拝んでみたくなってよ」


 そう言うと拓飛は大急ぎで残った料理を平らげると、口元の油を拭い立ち上がった。


「ここは任すぜ。おめえは後で来な!」

「え? ちょっと拓———」


 凰華が呼び止めた時には、拓飛はすでに窓から出て行った後だった。

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