『猪豚蛇(三)』
茶屋の裏手の山は傾斜も標高もそれほど高くなく、確かにこれなら街道を大きく迂回するより早く麓の町に辿り着けそうだ。しかし木々が密集して生えており、昼過ぎだというのに陽が遮られて薄暗い。
「優しいところもあるじゃない」
「何がだよ。俺はただ近道してるだけだ」
笑顔で話しかける
少し足を踏み入れると、旅人が踏みしめて出来た山道があった。だが、道にはまばらに雑草が生えており、数カ月は人の往来が無いことが窺い知れた。
「そういえば妖怪って明るい内は出てこないんでしょ? 襲われた旅人ってみんな陽が落ちてから山を登ったのかな?」
「んなわけねえだろ。こんだけ樹が生えてりゃ、昼だろうが陽が遮られるってもんだ。ボケッとしてっと、そこらの暗がりからバクっといかれるかもな」
これを聞いた凰華は、急に押し黙りキョロキョロと辺りを警戒しだす。拓飛は周囲に妖怪の気配は感じていなかったが、これ幸いと黙っておくことにした。
一刻も登ると何事もなく頂上が見えてきた。
「妖怪どころか獣一匹見なかったわね」
「いーや。やっぱ妖怪はいるみてえだぜ」
見ると、拓飛の左腕が小刻みに震えている。
「拓飛!」
「大丈夫だ。どうやらここの妖怪はお気に召さねえらしい」
震えは止まらないが、その左腕は人のままである。
「その腕、妖怪が近くにいても常に変化するわけじゃないんだ?」
「ああ、けど俺の意思とは関係なく急に変わっちまう時はあるし、厄介なモンだぜ。ま、んなことより、このままずっと山の天辺にいるわけにもいかねえし、そろそろ行くぞ」
下りは登りよりも足腰に負担が掛かり、しかもどこからか妖怪が飛び出して来るか分からない状況である。凰華の息は登る時より上がっていた。さらに回りをキョロキョロしながら歩くので、足元が滑り危うく何度も転びかけた。前を歩く拓飛は平地と変わらない様子でズンズンと進み、その距離は離れていくばかりだった。
(やっぱり凄いな。足元を全く見てないのに重心が全然ぶれてない。そういえば父さんも武術には足腰の鍛錬が一番重要だって言ってたっけ)
不意に
「おい、どうした? 俺に着いて来るんじゃなかったのかよ?」
「ごめん。すぐに追いつくから待っててくれなくていいよ。ありがとね」
「ふん、別に待ってねえよ」
踵を返し拓飛は再び歩き出す。凰華はその背中を見ながら思案する。
(拓飛なら軽功を使ってこんな山すぐに降りられるはず。でもそれをしないってことは……)
突如、凰華は頬を両手で力強く叩いた。
「よおーし! 気合注入完了!」
「急になにやってんだ、おめえ?」
「なんでもないわ。気にしないで」
その時、凰華の背後の藪の中からガサガサと大きな物音が聞こえてきた。
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