『猪豚蛇(二)』

 茶屋は卓が三つだけ置いてあるこじんまりとした作りで、昼飯時だというのに他に客はいなかった。


「肉くれ!」


 席に着くなり拓飛タクヒは大声で注文した。


「お肉だけじゃ身体に悪いわよ。野菜も食べなきゃ。あ、すいませーん!」


 凰華オウカも向かいの席に着き、注文を始める。ほどなくして料理が運ばれてきた。

 拓飛は飯を食いながら次の策を考えるつもりだったが、食事中というのは考えを巡らすのに向いていない。おしゃべり好きな若い娘と同席なら尚更である。

 席に着くなりの質問地獄から始まり、運ばれてきた料理の感想まで凰華のおしゃべりは止まらない。これまで一人で飯を食べることが多かった拓飛は、全く集中が出来ず、黙々と飯を口に運ぶだけだった。


「ねえ、聞いてるの、拓飛!」

「あ? 悪いな、さっぱり聞いてなかった」

「もう、これからどうするのって聞いてるんだけど」

「別に何も決めてねえよ。とりあえず次の町に行って──」

「お前さんたち、この先の町に行くつもりかい?」


 その時、店の親父が食後の茶を持って話し掛けてきた。


「ああ」

「だったら悪いことは言わねえ。街道をそのまま行った方がいいぞ」

「おじさん、どういうこと? 悪いことは言わないって」


 店の親父の妙な言い回しに凰華が口を挟む。


「実はこの店の裏手の山を越えて行けば、街道を進むより早く町に行けるんだ」

「じゃあ山を越えて行く方がいいじゃない」

「それが三ヶ月くらい前から妖怪が棲みついちまって、何人もの旅人が餌食になっちまったのさ。おかげでお客が減っちまってウチはいい迷惑だよ」

「妖怪?」


 黙って茶をすすっていた拓飛の眼光が鋭くなる。


「そいつはどんな妖怪だ? おっさん」

「ああ、逃げ延びた旅人が言うには、どうやら猪に似た妖怪らしい」

「猪……そいつは人間の言葉を話したりすんのか?」

「人間の言葉? いや、そんなことは言ってなかったな」


 再び茶をすすり何やら考え込む拓飛に代わって、凰華が質問する。


「その妖怪の退治の届けは出したの?」

「とっくに文を出したさ、皇下門派こうかもんぱってやつに。だがこんな田舎の、しかも街道から沿れた裏道にたった一匹の妖怪だ。どうやらすぐに仙士を寄越してはくれないらしい。かと言って、金を出して民間の仙士せんしを雇う余裕なんてウチにはねえ。とにかく日にちは掛かるが、あんたたちも素直に街道を行きな」


 そう言うと親父は店の奥に引っ込んで行った。


「拓飛、どうするの?」


 凰華は何かを期待するような眼差しを拓飛に向ける。拓飛は空になった湯呑と小銭を卓に置いて立ち上がった。


「決まってんだろ。山越えだ」


 拓飛の言葉を聞いた凰華はニコリと笑って、うなずいた。

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