第二章

『猪豚蛇(一)』

 陽は高く昇り、街道を行く人々の影を真下に伸ばす。その中を白髪赤眼の青年が不機嫌そうな顔で歩いていた。


拓飛タクヒ! 待ってよ拓飛! 歩くの速いってば!」


 後ろから声を掛けられ、空腹時の虎のような形相の青年───拓飛がピタリと足を止め振り返る。


「……うるっせえ! 馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶんじゃねえ!」

「じゃあ、あたしのことも凰華オウカって呼び捨てでいいよ!」


 後ろから追いついた少女───凰華はニコリと笑って、拓飛の横に並んで歩きだす。


「ついて来んなって何回言やあ分かんだ、コラ」

「だから言ってるでしょ、内功を教えてほしいって。その見返りってわけじゃないけど、あたしも拓飛の腕を治すのを手伝うわ。それに女の子と一緒に旅してたら、拓飛の女嫌いも治るかもよ? まさに一石二鳥じゃない!」

「ああ?」

「あっ、変な意味じゃないからね!」


 何を想像したのか、凰華は顔を少し赤らめ両手を振って否定する。その様子を見ながら、拓飛は心の中で毒づいた。


(このアマ、調子に乗りやがって……!)


「そんなに妖怪退治がしてえんなら、どっかの皇下門派こうかもんぱにでも弟子入りしてこいや。多分おめえみてえな命知らずは歓迎してくれんぞ?」

「皇下門派って皇帝に妖怪退治の認可を受けた門派でしょ? ダメよ、確か入門するには師父の紹介状と内功の心得がいるって聞いたことがあるわ」

「チッ、あーそうかよ」


 この面倒くさい女を皇下門派に丸投げしようとした拓飛だったが、この目論見は失敗に終わり、歩きながら次の手を考えることにした。


 拓飛は横目でチラリと凰華を窺う。


(軽功を使ってコイツを撒くのは簡単だが、それじゃ俺がコイツから逃げてるみてえで気に入らねえ。それにコイツのことだ。例え撒かれても……)


『あのー、人を探してるんです。名前は拓飛って言って、姓は分かりません。特徴は髪が白くて眼が赤くて、目つきと口と態度が悪い十八、九ぐらいの青年なんですけど知りませんか? あっ、あと女の子が苦手で触られると蕁麻疹が出るみたいです!』


 鮮明にその様子が浮かび、想像するだけで拓飛は気が滅入ってきた。


(クソッ、人に追い掛けられるってのが、こんなに胸クソ悪いモンだとは知らなかったぜ。悪意がある奴ならブチのめしゃ済むが、コイツは悪意がねえ分、余計にタチが悪い。ただ撒くだけじゃいけねえ。コイツに自分から諦めさせねえと、俺はメシ食ってる時もクソしてる時も寝てる時も安心できねえ)


「ねえ、拓飛っていつからそうなっちゃったの?」

「あ?」

「それ。その左腕。今は普通の腕に見えるけど」


 凰華に指摘され、拓飛は自らの左腕を見つめる。


「……おめえ、俺が怖くねえのか? 腕が妖怪みてえになってんだぜ? それに昨日、虎野郎が言ってただろ」

「悪さばっかりしてたら人虎になっちゃったってヤツ? んー……、怖くないことはないかな。でもね、あたし拓飛は目つきと口と態度と目つきは悪いけど、そんなに悪い人じゃないと思うんだ。父さんの仇も討ってくれたしね」


 凰華のまっすぐな瞳に見つめられ、拓飛は思わず眼をそらしてしまう。


「なんだ、そりゃ。目つきが悪いって二回言ってんぞ」

「あっ、ちょっと待ってよ拓飛!」


 再び早足で歩き出した拓飛の後を凰華が追い掛ける。


(クッソ、コイツといると調子が狂っちまう。なんとか諦めさせねえと)


「ねえ、拓飛。あれ見てよ!」

「うるせえなあ。今度はなんだよ?」


 凰華が指差す方を見ると、街道から少し外れたところに小さな茶屋が見える。窓から煮炊きの煙が上っており、どうやら営業しているようだ。


「お腹空かない? あそこで休んでいこうよ!」


 言われてみれば昼飯時である。拓飛は飯を食いながら次の策を考える事にした。

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