第23話 予言
たとえ今、天地が張り裂けたとしても、これほど驚愕はしなかっただろう。
『確定?』
即座にレナは尋ねた。
『確定だ』
『いつ。どこで。どうやって。どうして。何で、何で何で何で』
『レナ』
『私はどうすればいい? どうしたら未来を変えられる?』
『レナ……確定した未来は変わらない』
『まだあなたが予言を外したことが無いってだけでしょ!!』
レナは左手でカミルの首を絞め上げた。
『死が確定しているなんて嘘だ。絶対に助け出してやる。何があろうと絶対に私が。ねえ、どうすればあの子を守れるの。どうすればいいの。教えて。教えてよ。教えなさいよ!!』
『うぐぐ、苦しい』
レナがパッと手を離すと、カミルは咳き込みながら言った。
『今日中、ヴァソヴィオ市内、銃撃。分かってるのはそれだけだ』
『このっ、役立たず!!』
レナはカミルの胴体をむんずと掴んで、フロントガラスに叩きつけた。
『ギャー!』
「先輩、何してるんですか!?」
部下が仰天した。レナは肩で息をして、燃えるような目でカミルを睨みつけていた。
『あなたはマヤのところに行きなさい』
カミルは後頭部を押さえて起き上がった。
『レナ、もう一度だけ言うけど……未来は』
『うるさい。何のために私が保安局員なんかになったと思っているの。私は既に二度あの子の危機を救った。三度目だって上手くやる。絶対に、絶対に、絶対に』
『でも』
「行って!」
レナは怒鳴りつけた。カミルは顔を歪めて、その場から消えた。
「ええ!? どこに!?」
部下が狼狽している。
「……ああ……」
レナは初めて気が付いたというように部下の方を見た。
「そこの角を曲がって止まれ」
「えっ、そこですか? どうして?」
尋ねつつも、部下は素直に脇道に逸れて車を停めた。
「よし。降りろ」
「あれ、もう交代ですか」
「いいから降りろ」
部下が降り、レナは運転席に移った。助手席に回ろうとした部下を、レナは「待て」と制止した。
「え? 何ですか?」
「これから私はクダンスコに行くつもりだ。上にはそう言っておけ」
「はい?」
「貴様のことはここに置いていく」
「はい?」
「では」
「はい?」
レナは車を発進させた。
「ええーっ!?」
部下の叫び声が遠ざかっていく。
時間が無い。
運命の時が訪れる前に、未来を変えねばならない。ついでに、上から放たれるであろう追手に捕まらないようにしなければならない。
一分ほど北へと車を走らせたレナは、急に方向を変えた。
クダンスコへ行くというのはもちろん誤魔化しだ。一路、ヴァソヴィオ大学へと向かう。
早くも人々が街頭に立ち、戒厳令への抗議の意志を示していた。その中を縫うように車を走らせ、三十分ほどで大学の学生寮の前に着いた。呼び鈴を鳴らして寮母を呼び出す。
「保安局員だ。中へ入れろ」
怯える寮母を背に、目的の部屋のドアへと突進する。乱暴にドアを叩いた。
女子学生が恐る恐る出てきた。
「な、何の用でしょうか」
「マヤ・ステンシルを呼べ」
「いっ、いません」
「何だと?」
レナが目を吊り上げると、女子学生は「ひっ」と震え上がった。
「本当です。朝一番に他の学生に呼び出されて、飛び出して行っちゃったんです。多分、『スズランの会』の部室に……」
「そうか」
レナは部室の場所を聞き出すと、礼も言わずに寮を後にした。走って大学のサークル棟へと向かう。今度はノックもせずに扉をいきなり開けた。
中には十数名の学生が集まっていた。
「あっ、おはよ……キャッ!?」
女子学生が悲鳴を上げ、何人かの学生は顔を引き攣らせ、更に何人かの学生は椅子を蹴立てて後ずさった。
「マヤ・ステンシルはいるか」
学生たちが首を横に振る。
「まだ来ていないのか」
「マヤがどうかしたんですか」
一人の学生が声を絞り出した。レナは冷たい目で彼を見やる。
「貴様らの関知するところではない。今は私が質問しているのだ。マヤ・ステンシルは今からここへ来るのか?」
「言えません」
「ほう……」
レナがピストルを手に取ったので、再び悲鳴が上がった。
「そんなもので脅しても、俺たちは屈しません。仲間は売らない!」
そう言ってのけた勇敢な学生のもとへ、レナは歩み寄った。そのこめかみに銃口を当てる。それから隣にいた学生に話しかけた。
「おい、貴様」
「は、はいっ!?」
「貴様に選択肢をやろう。今、目の前で仲間が死ぬのを見るか、それともマヤ・ステンシルの居場所を吐くか。大人しく吐けば仲間の命は保障しよう」
「そんな……!」
「案ずるな。私はマヤを殺さない」
レナが指名した学生は、真っ白い顔でレナを窺い見た。
「ほ、本当ですか……?」
「おいやめろ、俺のことはいいから何も言うな! お前、これでマヤを売ったら許さねえからな!?」
「人質は黙っていろ。貴様には何も聞いていない。──どうする?」
「……」
学生は長い間黙っていたが、やがて口を開いた。
「……言えません」
レナは溜息をついた。
「そうか」
ブルブルと震える人質から銃口を離して、ピストルを収める。
「え?」
「気が変わった。撃たない代わりに、貴様らに一つ頼みがある」
「何ですか……?」
「マヤを死なせないでくれ」
それだけ言って部室を去った。
ここで待っていても、マヤが遅れて部室に現れることは恐らくない。あの学生があれだけの時間黙っていたのは、単なる時間稼ぎだろうから。マヤは既に、部室を出て行ったのだと思った方がいい。
「……すれ違いか」
厄介なことになった。マヤは一体何をしに行っている? 大学構内にいるのか? 外にいるのか? 何故こんな時に限ってこんなに巡り合わせが悪いのだろう。
辺りを見回しながら走っていると、後ろから何やら大声が聞こえてきた。最初は気にも留めなかった。しかしその声は、こう言っていた。
「お姉さーん! マヤのお姉さん!」
はっとして立ち止まり振り返ると、先ほどレナが選択を迫った男子学生が、息を切らして追ってきていた。
「良かった、合ってた。レナさんですよね?」
「……何故分かった」
「声が似てらしたので」
「……」
レナは困惑して、自分と同じくらいの背丈の赤毛の学生を見つめた。それから「ああ」と言った。
「それで、何故追ってきた」
「これはあなたの私的な理由による単独行動だと思ったので。保安局員としてではなく、マヤのお姉さんとして、マヤに会いに来たんですよね?」
「……」
「あなたはマヤを助けようとしている。違いますか?」
レナは学生を睨みつけた。
「早く用向きを言え」
「ああ、すみません。マヤならもう大学を出て行きました」
「……! どこへ」
「学生たちを率いて抗議デモに参加しに行ったんです。僕たちは部室で待機して、遅れて来た人と合流する役目でしたが、『スズランの会』の残りの会員はもう出払っています」
「分かった」
再び走り出そうとするレナを、学生は引き止めた。
「これだけ教えてください。マヤは死ぬんですか?」
レナは首を振った。
「死なせない。ただし、恐らく今日中に、銃火器によるデモの鎮圧が行われる」
「な……」
「デモに参加するのは危険だ。あの子を止めてくれ。頼む。恋人なんだろう」
「ほぇっ!? しっ、承知しました」
「私は目ぼしい所を車で回ってくる」
レナは言って走り出した。
マヤは、いい仲間と恋人を持ったものだ。私の知らない間に立派になって。
(必ず助ける)
カミルはマヤが何故銃殺されるのかを言わなかったが、デモをするというのなら辻褄が合う。政府は非暴力のデモに対して銃弾をもって答える可能性があるのだ。軍か機動隊かはたまた保安局かは不明だが、ともかく誰かがデモ隊に向けて発砲する。その中にマヤがいる。
(私が安全な場所まで連れて行く)
だから、頼むから無茶はしないでくれ。
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