第四章 革命
第26話 罰則
レナには厳罰が下った。
不逮捕特権があるので刑務所にぶちこまれることは無いが、今回の単独行動は常軌を逸していた。
簡単な聞き取り調査が行われた。しかるのちにレナは、懲罰房に入って反省するように言われた。一等保安士への降格と、大幅な減俸も告げられた。
何とも思わなかった。
途中、懲罰房を一時的に出ることを許された。家族の弔事の際には特例が認められるのだ。レナは監視をつけられて教会に向かった。
葬式は盛大だった。多くの人々が訪れていた。誰もが、民主化のために戦った英雄を敬い、その死を悼んでいた。会場の中で唯一保安局員の制服に身を包んでいるレナたちを、弔問客は冷たい目で見ていた。
レナはマヤの唯一の肉親だったけれど、代表挨拶に立つことは許されていなかったし、レナ自身そんな資格は自分に無いと思っていた。だから、葬式の間じゅう、会場の最後尾でただ佇んでいた。
最後のお別れの際、レナは花を捧げて、長いこと棺の前にひざまずいていた。
「守れなくてごめんなさい」
そう呟いた。
そして、興味深そうに質問を投げかけて来る新聞記者や報道官たちを一切合切無視して、教会を去った。
二週間後、罰を終えたレナに、再び聞き取りが行なわれた。
「職務怠慢とは貴様らしくもない。ご自慢の忠誠心はどこへやった? レナ・ステンシル」
「……」
尋問室で、レナはひたすらに俯いていた。
「なぜ任務を放棄した。答えろ!」
「……妹が」
「は?」
「妹が死ぬと思ったので」
上司は怪訝な顔をした。
「何故、勤務中にそのようなことが分かる?」
「ドモヴォーイが予言してくれたから……」
レナは呟くように言った。上司は珍妙なものを見るような目でレナを見た。
「ドモヴォーイ? 何を言っている?」
「場所と時間と死因を教えてくれたのよ。あの子、カミル、結局何一つ守ってはくれなかったけれど、でもカミルがいなければ私はマヤの死に目にも会えなかった……それどころか二人してもっと早くに死んでたわ」
俯いたままのレナの瞳には虚無の闇が広がっていた。
「分かってる。分かってはいるのよ。カミルは最善を尽くしてくれたって」
「誰だ、そのカミルとかいう男は」
「うちのドモヴォーイ」
「さっきからドモヴォーイと言っているが、何なんだそれは?」
「家に憑く小人の妖精。知らないの? ドモヴォーイは未来を予言するから、その力を借りて私は動いていたのよ……。うちのはカミルっていうの。そういう名前よ。カミル。もう私にはカミルしか残されていない」
レナは顔を覆った。尋問官の上司は混乱した様子で言った。
「待て、ドモヴォーイとは本当にドモヴォーイなのか? あのおとぎ話の?」
「ドモヴォーイだって言っているでしょう。父さんには秘密にしろって言われていたけれど、もういいわ……もうなんだっていいの」
レナは重ね合わせた指の合間から上司を見上げた。
「私のこと、頭がおかしいと思ったでしょう?」
「全くだ。気でも狂ったか? 私はそんな作り話を聞きたいのではない」
「本当に狂ってしまえれば楽なのにね」
レナの声は沈鬱だった。
「でもドモヴォーイのことは本当よ。カミルは色んなことに協力してくれたわ。予言の他にも、書類を盗んで証拠を隠滅したりとか。それはもう献身的に」
「書類……?」
「もう一つ、話をしてあげましょうか」
「何だ」
「私が保安局に入ったのもドモヴォーイの予言が原因なのよ」
「は?」
「ドモヴォーイが、父さんを犠牲にすればマヤが助かる道はあると言ったから、だからそうしたのよ」
尋問官は慌てて資料をめくった。
「確か貴様は、父親を密告したのをきっかけに、保安局に入ったのだったか」
「ええ。ドモヴォーイはね、このままでは三人とも死ぬと言ったの。少なくとも父さんは助からないって。父さんが大学で反政府活動をしている証拠を、ご近所さんに確実に掴まれるって。だから私が先に掴みに行ったの……そうしろって、父さんが言ったのよ」
「はあ……?」
「カミルは一度も予言を外したことはなかったんですって。カミルが確定だと言ったらそれは本当に起こることなのよ。母さんが病気で死ぬことも私は教えてもらったわ」
尋問官は完全に困惑していた。一旦、取り調べは打ち切られた。次に入ってきたのは、精神科医だった。
「あなたはドモヴォーイが見えるのですか?」
「あなたの言いたいことは分かるわ」
レナは興味がなさそうに言った。
「私が家族を喪ったせいで気が狂って、幻覚を見るようになったと思っているのでしょう」
「その可能性はありますね」
「あながち間違いじゃないわ。これまでの私だったらカミルのことを他人に言うなんて馬鹿な真似はしなかったはずだもの。本当に私、どうしちゃったんでしょうね」
「疲れているんでしょう」
「疲れたわ。もう生きることに疲れたの……。これだけ多くの人を殺して傷つけて、守りたいものを一つも守れなくて。……どうして私、まだ死んでいないのかしら」
レナはさめざめと泣きだした。
「もう嫌なんです。生きていたくないんです。早く地獄に行きたい」
「……」
医者は深刻な顔で何か紙に書きつけた。それからいくつかの質問をレナにした。その後レナは病院に連れて行かれ、血液や諸々の検査を受けた。
数日後、診断が下った。
先日の医者がまた来て、レナに色々と説明を始める。
「ということで、精神病院への入院が決定しました。仕事はお休みできるように、診断書をお書きしますね」
「……」
「このところ、食事も睡眠もろくに取られていないということですが。食欲がありませんか」
「……死にたいので」
「ふむふむ。そうですね、あとは、眠くなったりはしませんか。夜でなくても、日中ですとか」
「さあ……? どうでもいいいです」
「そうですか。幻覚の方はどうですか? あれからも見えますか」
「カミルは幻覚じゃないので……」
「なるほど」
医者は特に驚いた様子もなく、カルテに何事かを書きつけていく。
その日のうちにレナは病室に入れられた。
そこは真っ白な壁に囲まれた個室だったが、環境はあまり良いとは言えなかった。病院というよりは監獄のようで、他の部屋からは昼夜を問わず叫び声が聞こえてくる。出される食事も粗末だった。近くには看護師が常駐していて、患者が急に逃げ出したり自殺を図ったりしないよう見張っていた。
『カミル』
レナは呼んだ。
『ここが新しい住み処らしいわよ』
『なんで引っ越すたびにひどくなってるんだ?』
カミルはピョコンと現れて、不満そうに布団を踏みつけた。
『さあ』
『病院なんだろ? なんでこんなに息苦しいんだよ。まるで悪いことをしたみたいじゃないか』
『精神病患者には偏見があるのよ。隔離しないといけないっていうね。それに私は悪人なのだから、これくらいでちょうどいいの』
『レナが悪いかどうかおいらには分からないし、興味もないけどさ。ここは病気を治すための施設なんだろ。本当にこれでいいのかよ』
『仕方ないじゃない。お国が運営しているのだもの』
『国ってやつは嫌いだ』
カミルはストンとその場に腰を下ろした。
『おいらから家族を奪うのは、だいたいそいつらだ』
『仕方がないわ』
レナは鉄格子の窓から、病棟の群れを眺めた。ここからは白い壁と灰色の空しか見えない。
『私たちはここに生まれてしまったのだもの。環境は選べないし、変えられないのよ』
『どうかな』
カミルは腰に手を当てた。
『きっとこれからはいいことあるぜ』
ふん、とレナは言った。
『いいことなんてもうこの世界には起こり得ないのよ』
バサッと布団をかぶる。
『だってマヤはもういないんだもの』
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