第8話
私の生活で大きく変わったことがある。
まずはこれまでの校長先生が退き、外部から新しい校長先生が赴任してきたことだ。
一つ目は、新しい校長先生がこれまでの
二つ目は、その恩恵ともいえるが、私に対する苛めが無くなったことだ。
これまで見て見ぬふりをされてきた陰湿な行為が校長先生の耳に入るや否や、首謀者と関係者をつきとめては面談をし、その悪質性から加害者を全て退学処分としたのだ。
もちろん資産家である彼女らの両親は反発したものの、自分等の娘がやってきた行いを知ると、不祥不祥といった感じで引き下がったみたいだと、後になって知った。
ともかく私は人生の大半を苦しめられてきた苛めから解放されたのだ。
きっと私があの日に屋上から飛び降りたとしても、他の誰かが次の犠牲者になっていたはず――
そう考えると安易に死を選ばなくて良かったのだと改めて思えた。
それも、黒澤さんがいてくれたからこそのことだけど。
私の想いは日増しに強くなっていく。
最初はよくわからない人だと思っていたけど、彼女の近くにいると本来同性に抱くはずのない想いが募っていくのだ。
真夏の容赦なく照りつける真っ赤な太陽は、私の内に抱いていた小さな灯に、さあ燃えろと嘲笑うように燃料を次から次へと投下し、自分で制御できないほどの大火事となっていた。
まるで小さな太陽を抱えているような、のたうち回るようなほど熱い気持ちが私の内側を焦がす。
悩んで悩んで、考え抜いて、それでもやはりこの気持ちはそうなんだと結論付けた。
そう――私は彼女に恋をしているんだ。
「み、みちこちゃん」
「ん?なにかしら」
軽く振り向くだけで、まるで美術館に飾られた美人画のような、まさに絵になる美人が先を歩いている。
「あの、あのね、もし夏休み時間があったら、花火大会に、一緒に行かない?」
私は勇気を振り絞って生まれて初めて好きな人に自分から誘った。他人はこうも難易度が高いことを平然とこなしているのかと、あまりの緊張に心臓が裂けるかと錯覚するほどだった。
私の必死な誘いに目をキョトンとさせている。
そんな仕草も可愛かったけど、もしかして断られるのでは……と一抹の不安を感じた。
「花火大会?私も行きたかったの!一緒に行きましょう」
「良かった……。断られたらどうしようかと思った」
人生でこんなにも緊張することはなかったし、もし「予定があるから」なんて断られたりでもしてら、きっと一番酷い夏休みになっていたに違いない。
「断るわけないじゃない。だって大好きなとみえの誘いなんだから」
『大好き』
その言葉に体が敏感に反応してしまう。
かたや何の意図も無さそうに満面の笑みを浮かべる彼女に、こう問いたかった。
――その意味は、友達として?女として?
きっと聞いたらこの関係は終わってしまいそうな気がしてすんでのところで想いを吐かずに済んだけれど、一緒にいたいだけと想っていたはずのもう一人の自分が、いつの間にか<離したくない>という気持ちの悪い化け物の姿をして、私を苦しめるようになっていた。
そして待ちに待った花火大会当日、私は数年ぶりに袖を通した浴衣姿で待ち合わせ場所に先に到着した。
いつも家で大人しく過ごしていた私が、浴衣をひっぱりだして着付けているものだから、両親も目を丸くし何事かとそわそわしていた。
夜に一人で出掛けるなんて止められるかと心配したけど、止める母とは対照的に、父は気を付けろよの一言だけだった。
私は、家族のこともよくわかっていなかったのかもしれない。
そろそろ時間かなと辺りを見回すと、彼女がキョロキョロと私を探しているのが見えた。
私が着てきた白地の子供っぽい浴衣とは対照的に、黒地の艶やかな浴衣で、黒が似合う彼女にはとても似合っていて、すれ違う男性達も振り向いてはだらしない顔をさせている。
いつもは下ろしている真っ黒な髪はかんざしで粋にまとめられ、あらわになる首筋から隠しきれない色気を放たれていた。
その危うい香りは、少女から大人へと羽化する途中の、気軽に触れてはいけない――そんな雰囲気を漂わせていた。
私を見つけた彼女は、浴衣が着崩れるのも
「お待たせ。こんなに大勢くるんだね」
少し上気した首筋が妙に艶かしく、私は目をそらしてしまった。夏の熱気が私を息苦しくさせているのだろうか。
「どうしたの?」
「ううん。あっちに行こう」
少しでも二人きりでいたい。そう思って人気の少ないところへと誘った。
なんて
「そろそろかしら。打ち上がるの」
「うん。もうすぐだと思うよ」
運良く誰もいない高台のベンチを見つけ、花火が打ち上がるのを待っていた。
なんとなく会話が続かなかった数分間、人生で一番長い数分間だったけれど、今ここは二人だけの世界と考えるととても幸せな時間であることは間違いなかった。
時間になり、一発二発空砲が鳴らされると、色とりどりの花達がそれまで真っ暗だった私の世界を明るく染め始める。
「わぁ。花火ってこんなに綺麗なのね」
「え?花火見たことないの?」
そういえば海も見たことないって言っていたけど、花火も見たことがないとなると、外に出れない理由――よっぽど具合が悪かった時期があったのだろうか。
ベッドから外を眺める彼女の姿を想像すると――考えたくない光景だった。
「ええ。でもそれはしょうがないの。それに小さい頃の私がこんな大きな音を聴いたら、それこそ倒れかねないわ」
少し寂しそうに言う彼女を見ていると、胸が張り裂けそうになる。この花火が終わって真っ暗な世界にもどってしまったら、すぅっと闇に溶けていってしまいそうで――儚い花火のように消えてしまいそうだった。
バン、バン、と連続で打ち上がる花火の一瞬の叫びが、私の体に響いて浸透する。重く響くそれは、抑えよう抑えようとしていた心の底の
『わたしはみちこが大好きだよ』
告げてしまったら、もう後戻りは出来ない。
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