いうなれば『メジャーリーガー養成ギプス』

 私に抑うつ状態(うつの時に起こる、心身の症状)が出始めたのは、思えば中学1年生の頃だった。


 体が重く、思考が出来ず、不眠に悩み、朝の頭痛や怠さに足掻き。毎日遅刻して、学校に行けばずっと寝たまま。あれでよく成績上位にいられたものだと思う。


 うつ病と診断されて仕事をクビになるまで、ずっと辛さと戦っていた。疲れの欠片も見せない周囲を見て、『ああやって耐えられる人間がまともなんだ、耐えられない私が駄目なんだ』と自分を責めていた。私は本気で信じていたのだ、全人類は辛さを隠して生きているのだと。


 それが全くの勘違いだと分かったのは、私が位置情報ゲームにハマった頃。戦いの中で仲間ができ、没頭しすぎて山にまで登り、そんな馬鹿をやっているうちに体が変わった。

 とにかく、まず体が軽くなった。ヒールのパンプスで階段を建物3階分ダッシュできた。自転車で坂道に挑むのが好きになった。昼間しっかり目が覚めて、虚ろだった時間感覚がはっきりした。

 おそらく人や自然と接したり、体を動かしたりという『精神を回復させる行為』が自然にできていたんだと思う。本当に当時の行動範囲はシャレにならなかったし(宮城県から福岡県まで、イベントがあると飛んでってたもんなー)


 その時になって、私は今まで思っていた自分が『逆だ』と気づいたのだ。

 私は、周囲よりも体力と筋力があった。

 私が同僚より必死だっただけ、業務を理解できていた。

 私を優れていると思っている人が、思った以上に多かった。


 私は、病気だと分かる前から相当に努力していた。

 仕事の遅れを取り戻すための残業、眠気に勝つための工夫、疲れやすさを克服するための運動。おそらくそれは、多くの精神疾患を持つ人々が真面目に取り組んでいる内容と同じだ。誰だって、劣っている自分を否定しようと必死に努力する。今まで出会ってきた同志たちも、やっぱりがむしゃらに努力して、結果が出なくて泣いていた。


 私は思う。抑うつ状態だけに限って言えば、これは『メジャーリーガー養成ギプス』と同じだ。倦怠感、脱力感は錯覚。体には頑張った分だけ筋肉がつき、回らない頭脳を必死で回して理解したことは、きちんと記憶に刻まれている。

 倦怠感も脱力感も消えてしまえば、それまでの努力は血肉となり残る。


 だから必死で頑張った後は、ストレスを軽減し、時には逃げて、心の回復に努めればいい。医師やカウンセラー、心理療法士さん等を利用して、失った自信を取り戻せばいい。

 私達はもともと普通だったのだ。普通の人間が『養成ギプス』を背負って生きているだけなのだ。


 回復した先には、驚くほど軽やかで明るい世界が待っている。だから、今うつで苦しんでいるなら悲観はしないで欲しい。その『今』が予想以上の成果を実らせる、私はそう信じている、強く願っている。

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