第4話 葛西 雅人編③
先日のゴブリンとオークが獣人の村へ攻めてきた事件。あの時逃げ遅れた獣人の子供が、葛西の武勇伝を広めてくれたおかげで村の獣人達はグフの命令がなくとも葛西に対して友好的であった。
――そう、たった一人を除いては。
「頼む、俺を弟子にしてくれ!」
葛西は、ドグの目の前で土下座までして頼み込むが、ドグは取り合う様子もなく何処かへ去ってしまう。
弟子になると決めたあの日から約半月が経ち、このように毎日頼み込んではみたが、取り付く島もない状態が続いている。
「アイツ、とんでもない頑固者なんだが?」
葛西は土下座をやめて胡坐をかき、ぼやく。
「それは、雅人さんも同じだと思うんですけど……」
付き添いで来ていたライアは、苦笑交じりに答えた。
「あー、どうすれば弟子にしてくれんのかなー」
「ドグさんが誰かに何かを教えているところなんて見たことないですし、長であるグフ様の頼みですら聞いてくれないとなると、もうお手上げですよ……」
「弟子にしてくれるまで我慢比べしても構わないけど、あんまり時間がないんだよなあ」
祭りまであと三カ月を切った、あまりモタモタしていると修行する時間がなくなってしまう、それでは本末転倒だ。
「もうドグさんに修行してもらうのは諦めたらどうですか? 勿論ドグさんには及びませんが、腕の立つ獣人は他にもいらっしゃいますし、雅人さんには喜んで協力してくれると思いますよ」
葛西は頭をくしゃくしゃと掻いて、考え込む。
実のところを言うと、ライアの見ていないところで他の獣人達と一度は手合わせをしている。ドグに修行をしてもらうことを諦めたという訳ではなく、ドグに相手をしてもらえていない間に何もしないというのも何だか勿体ないと思い、他の獣人達に声をかけてみたのだ。ライアの言う通り、確かに強い獣人も多くいた。だが、どうしてもドグと比べてしまう。
「やっぱ、ドグに教わりたいんだよなあ……」
葛西のその言葉で、ライアの堪忍袋の緒が切れた。
「我儘ばっかり言わないでください! 雅人さんには僕達獣人の為、絶ッ対に勝ってもらわないといけないんですから、ほらっ座っている暇があったらさっさと修行しに行きますよ!」
ライアは声を荒げながらそう言うと、葛西が身に着けている制服の襟を引っ張って、引きずってでも連れて行こうとする。
「わ、分かったから、首が絞まって苦しいから! 襟を引っ張るのはやめてほしいんだが!?」
葛西は、ライアに村の修練場のような場所へ無理矢理連れて行かれ、渋々と鍛錬をするが、やはり何処か上の空というか、修行に身が入らない。しかも、お目付け役のライアはもうお昼時だからといって弁当を取りに行ってしまうし、ますますやる気が出ず、葛西は大きくため息をついた。
「どうした雅人、具合でも悪いのか?」
同様に、この場所で鍛錬をしていた獣人の男が、心配した様子で声をかけてくる。
「毎日ドグに俺を弟子にしてくれって頼みに行ってるんだが、全く相手にされないんだよ」
次の瞬間、獣人の男はゲラゲラと爆笑し始めた。
「そんなにおかしいことか?」
「いや悪い、そんなこと言ってる奴を初めて見たもんでな。しかし、悪いことは言わねえから諦めな」
「なんでだ?」
「ドグは元々強いんだよ。獣人にも戦闘が得意な奴と不得意な奴がいるが、アイツは生まれ持って最強の戦闘種だ、実際鍛錬なんてしているところなんて見たこともないしな。つまりよ、ドグは鍛錬の仕方なんて知らねえんだよ」
「……俺にはそんな風に見えなかったんだが?」
ドグがオークを倒した時の構え、あれはセンスとかではなく、相当熟練されたものに葛西は感じたのだ。
「……何か、ドグじゃないと駄目な理由でもあるのか?」
「どうしても、勝ちたい奴らがいるんだよ」
「他の祭りの出場者か?」
葛西は頷いた。
「直感だけど、妥協で修行しているようじゃあいつらに勝てないんだよ。それに、俺も妥協なんてしたくない」
「じゃあ、このままドグに相手にされなかったらどうするんだよ?」
「その時は、潔く負けるんだが?」
獣人の男はそれは困ると呟いた後、懐から風呂敷包みようなものを取り出し、葛西に差し出した。
「なんだこれ?」
「俺の弁当のつもりだったけどやるよ」
「いや、俺の分は多分ライアが持ってくると思うんだが……」
「雅人が食うようじゃねえよ、これはドグの好物でもあるんだ。これを渡せばちょっとは話を聞いてくれるかもしれねえ、何もないよりはマシだろ」
「そんな上手く行くかな?」
「食べ物で釣られるような奴じゃないのは間違いないが、何度頼んでも相手してくれないなら別のアプローチしてみるしかねえだろ」
「…………そうだよな、分かった」
しかし、葛西は差し出された物を獣人の男に返した。
「俺には俺なりの接し方があるのを忘れてた、ありがとな」
「……まっ、なんか分からんが、頑張れよ」
葛西は獣人の男と拳を合わせて、にひひと笑う。
「雅人さーん、修行は捗ってますかー?」
修練場にライアが顔を見せた。葛西は丁度いいところに来たとライアの元に駆け寄る。
「今からドグの所に行くぞ!」
「え、何ですか急に?」
「いいから、今ドグはどこにいるんだよ」
「ええ? 多分今の時間だと散歩でもしてるんじゃないですかね?」
「じゃあその散歩してそうな所まで案内してくれよ!」
葛西の勢いに押され、ライアは状況が呑み込めないまま案内を始める。
遠ざかる二人の後ろ姿を獣人の男は見送り、面白い奴がきたもんだと笑った。
ライアの案内でやってきたのは、村から少し離れた林の中だ。
「いました。ドグさんです」
ライアが指さす方向にドグの後ろ姿が確かにあった。少しして、ドグはこちらへ振り向いてあからさまに嫌悪した表情をみせる。
「わっ、流石です。気配で僕等のこと気付いたみたい、というか滅茶苦茶嫌われてませんか僕等?」
「そりゃあんだけしつこく付け回してたら当然だが?」
「一応自覚はあったんですね……というか、ドグさん見つけたはいいですけど、あの様子じゃ話すら聞いてくれそうにないんですけど……」
「関係ない」
葛西はそう言うと、ドグに向かって駆け出した。
隣にいたライアは驚き、葛西を呼び止めようとする。
「待って下さい雅人さん、どうするつもりですか!?」
「喧嘩だよ」
葛西はそう言い、ドグに近づいた瞬間にハイキックを繰り出した。対してドグは、上半身を少し仰け反らせてそれを避ける。
「なんのつもりだ、人間」
「色々と考えてたけどさ、やっぱ言葉にするよりこっちの方が俺に合ってるというか、馬鹿だから上手く伝えられないんだ」
葛西は、構えて闘う気満々の意思をみせる。それに、ドグはため息をついた。
「やめとけ」
ドグの忠告を葛西は聞く耳持たず、さらに右左とストレートを連打する。が、ドグはそれも紙一重に避ける。それでも構わず葛西は連打を続けた。すると、いきなり葛西の身体が宙に浮いた。知らぬ間に足を払われていたことに葛西が気付いたのは足に激痛が走った時だ。そして、葛西の身体が浮いている間にドグは葛西の腹部に二、三発殴り入れる。
葛西の顔が苦痛で歪んだ、地面に身体がついても動けないでいる。
「人間。私は不思議で仕方がないんだ、お前は強くなろうとしているが、祭りで勝っても得をするのは、私達獣人だというのに何故強くなろうとするんだ?」
「………………損得じゃないんだ。勝ったらとか勝っても得がないとかじゃないんだ、あいつらに俺は絶対に勝ちたいんだ!」
葛西は力を振り絞り、ゆっくり立ち上がる。
「あいつらに勝つ為にはアンタの力が必要なんだよ、頼むから俺を弟子にしてくれよ!」
そう言い切ると、葛西はふらふらな足取りでドグに殴りかかる。だが、こんな状態の葛西を相手にすることなど、ドグにとっては赤子の手をひねるようなものだ。
何故この人間は何の勝算もなく立ち向かってくるのか、ドグには理解が出来なかった。
しかし、何度、何度、何度も倒そうともこの人間は立ち上がってくる。自分の打撃は手加減をしているとはいえ、決して軽いものではない。立つのもやっとのはずなのに、何故か立ち向かってくる。
「村の獣人達も言っていただろ。私は鍛錬なんてしたことがない、クソ弱ェお前に、教えることなんて何もねぇよ!」
我慢の限界からか、ドグは声を荒げて言う。しかし、葛西はふらふらな足を奮い立たせ、臆することなく真剣な表情でドグを見た。
「俺は、何の努力もしてない奴に負ける程、弱いとは思っていない。もし、本当にアンタがただの才能だけで俺に勝ったのなら、俺は自分が許せない」
葛西は拳を握ってドグへ突き出した。
「俺はアンタに勝つまで、俺は挑み続ける」
それを聞いてドグは、またため息をついた。
どっちにしろ面倒臭いだけじゃねェか、しかし――。
誰もがドグのことを勘違いしていた。ドグは初めから強かった訳ではない。小さい頃から父からスパルタとも言える教育を受け、強くなったのだ。それを、手合わせした獣人ときたら、ドグは戦闘種だから最初からは強いのだ、などと言い訳がましく言ってきた。自分の鍛錬の不十分さを棚に上げて。
このように、自分が許せないなどと不甲斐なさを露わにする奴なんて見たこともなかった。その点は、ドグは葛西を認めた。
「人間、名前は?」
「葛西雅人」
「……しょうがねぇな、毎日喧嘩を吹っ掛けられるよりはマシだしな」
「と、いうことは?」
葛西は目を輝かせた。
「勘違いをするなよ。お前があまりにも面倒な天秤をかけてきやがったからマシな方を選んだだけだ」
ドグは気まずそうにそっぽ向く。
「それでもいいよ。よろしくな、師匠!」
「その呼び方はむず痒いからドグと呼べ」
「じゃあ、よろしくなド―ー」
葛西が言いかけると、地面へ力なく倒れ込んだ。
「雅人さん!」
まるで置物のように動かず一部始終を見守っていたライアが、ここで声を出した。
「大丈夫。寝ているだけだよ、タフな奴だ」
ドグの一言でライアは聞き耳を立てると、確かに葛西から寝息が聞こえてきて安堵する。
「流石にこのままにしておくのも可哀相か」
ドグはそう言うと、片手で葛西を持ち上げ、村に向かって歩き始める。
「あの、ドグさん。もうちょっと優しく運んであげませんか?」
「あん? こんなドカスにはこれで十分だろ」
「えっと、ドカスではなく、雅人さんです」
「……少しでも強くなりゃ名前で呼んでやるよ」
気持ちよさそうに寝ている葛西を一瞥し、ドグは言った。
喧嘩途中に異世界へ飛ばされましたので、しょうがねえから異世界《ここ》で頂点《てっぺん》を決めるんだが? エマオトレオ @328san
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