第3話 葛西 雅人編②
オークが拳を地面に殴り付けると、轟音と共に地割れが起こった。
……危なかった。
あんなものを喰らったらひとたまりもないのは明らかだ。
なんとかオークの攻撃を避けた葛西とライアだったが、たったの一撃でとてつもない力量の差を見せつけられてしまった。ライアに至っては戦意など既に失ってしまっている。しかし、それも無理のない話だ。葛西だってこんな巨体の相手などしたことがない為、どう攻略すればいいのか分からず困り果てていた。
しかし、そんな事などお構いなしにオークは更に攻撃を続ける。一発一発が当たれば死に直結する攻撃だ。葛西は、腰を抜かしているライアを背負いながらオークの攻撃を何とか避け続ける。
逃げながら気づいた事は、このオークもあのゴブリン同様に自分を狙っているのではないかということだ。それならば、なるべく距離を取ってオークの攻撃をライアから遠ざける。このままライアを背負いながら避け続けるのは正直なところしんどい。
次のオーク攻撃を避けた後でライアとは離れるようにし、平坦な場所へ移動して逃げ場を確保しつつ、オークを倒す方法を考える。オークの攻撃は遅いので、自分一人ならばなんとかオークの攻撃を避け続けれるはずだ。今取れる最善な行動はそれだと葛西は考える。
だが、そんな葛西の思惑とは裏腹にオークの攻撃が少しだけ早まった気がした。マズイ、今のままでもギリギリなのに――ふと、葛西はオークの顔を一瞥した。
ああ、そうか。そういうことか。
オークの表情は楽しそうにニヤついていた。そう、オークは逃げ惑う葛西達で遊んでいたのだ。その事実に気付いた葛西は自分の無力さに苛立ってしまう。
「クソッ、クソッ、クソォ‼」
疲労からか、葛西の足が絡まって転倒してしまった。しくじったなと葛西は思う。
「ライア、お前だけでも早く逃げろ。アイツの狙いって多分俺だろ……」
「無茶を言わないでくださいよ、足が竦んで動けませんて……」
そうかと葛西は返事をしながらオークの様子を確認する。絶望的だ、今まさに拳を振り下ろされようとしているところだった。
「巻き込んでごめんな。お前の言う通りさっさと逃げておくべきだった」
「いえいえ、雅人さんかっこよかったです……」
まるで死ぬ間際のような会話に、葛西は笑った。
――そうか、死ぬのか俺は。
最後を悟り、葛西は目を閉じた。
…………しかし、妙だ。いつまで経っても自分は生きている。
葛西は目を開け、再びオークの方を確認した。
葛西の視界に入ったのはオークの拳を片手で受け止めている獣人の姿だった。それも若い女だ、まるで虎のような黄色と黒の縞々な色をした長い髪に、同じ色をした尻尾と耳。なにより、何故その華奢な身体でオークの攻撃を受け止められていられるのか、葛西は驚きを隠せなかった。
オークは、女の獣人を押しつぶそうと更に力を入れている様子だが、ピクリとも動かない。
「ドグさん……」
ライアが女の獣人にそう呼ぶが、返事はない。
ドグと呼ばれた女の獣人がオークの拳を軽く押し返すと、オークは大きく仰け反った。何がなんだか分からない、オークもそんな表情だ。
ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼
オークはこの異端の者ドグに対しての恐怖心を拭うかのように、雄叫びをあげた。
「うるせェな……」
ドグはそう呟くと、ごく僅かな動作で拳を振りかぶった。コイツは何をやっているんだと葛西は思う。そして、ドグが拳を突き出すと、周りに突風が吹くと同時に衝撃音が響いた。
「ガァッッッ」
その後すぐにオークの苦しそうな声が聞こえた。
……そんなことがありえるのか?
葛西は何かの見間違えではないかと目をこすってもう一度確認するが、見間違えではない。
――オークの腹部に空洞ができていた。この獣人は拳を振り抜いた風圧だけで、オークの土手っ腹に風穴を空けたのだ。
「凄すぎるんだが……?」
有り得ない出来事に、葛西は思わず声が漏れてしまった。
ドグは何も言わないまま、用が済んだのか何処かへ歩いて行ってしまう。
葛西はドグを呼び止めようとするが、何を喋ればいいのか言葉が見つからず、見送ることしか出来なかった。
「あれはドグさんって人で、何考えてるか分からないんですけど、こんな風に仲間がピンチな時はいつも駆けつけてくれるんです。間違いなく、獣人の中で一番の実力者ですよ!」
さっきまで腰を抜かしていたのが嘘のようにライアは得意気に言う。
「おーい‼ 大丈夫かー‼」
大勢の獣人達が集まってくる。その中には獣人の長のグフもいた、葛西は思わず安堵の表情を浮かべる。
「無事か雅人」
グフが、葛西に歩み寄る。
「まあ何とか、ドグって奴が助けてくれたからな。それよりこいつらは一体なんなんだ? 俺を狙っているようだったんだが?」
「きっと、祭りの邪魔をしようとしていた輩だろう。だから我々の代表である雅人が狙われたのだ」
「なんで祭りを邪魔しようとする?」
「他が幸せになることを喜べない一定数がいるということだ。もし、雅人が勝てば我々獣人は百年の繁栄を約束される。それが面白くないのだろう」
「しょうもない奴らだな」
「そうだな。それはそうと、宿を用意しておいた。とりあえず今日はもう休め、ボロボロだ」
「お言葉に甘えてそうさせてもらうんだが?」
葛西はグフの厚意に感謝しつつ、もう一度倒れているオークの方を見る。
……こんなデカい奴を、あのドグって奴はたった一撃で倒したんだ。
その事実に高揚する気持ちが抑えきれずにいる。自分もあんな風になりたいという憧れと尊敬の気持ち、こんな気持ちは初めてだった。
「俺決めた!」
「何がだ?」
「ドグって奴の弟子になる! そしていつか、ドグって奴より強くなってやる!」
葛西の言葉にグフは目を丸くし、少ししてフフッと笑った。
「それは、難儀なことだぞ?」
「望むところなんだが?」
葛西は満面の笑みで答えた。
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