第38話 怪しい小屋
目撃者を減らすために、この家までやって来たのは一人だった。しかし、他の場所に協力者がいたとすればどうだろうか。
例えば点在する山小屋を利用して、生き肝を待っている共犯者に渡すという形で、山越えを分割して行えばどうか。
この場合、途中で目撃されるのは一人で済む。誰かに見られるかもしれないという危険を最小限に出来そうだ。
「そう、ここに忍び込んだのは一人。見張りとして僧がいた」
これが一番素直な考え方だ。生き肝を運ぶことまで一緒に考えるから難しくなる。
雨月が指摘したとおり、多くの人数を救うことは可能だったのだ。ならば、それを使わない手はない。しかし、下手人は一人だ。
「何か解ったか?」
雨月と優介が心配そうにこちらを見てくる。敵襲があったほどだ。ここで真相を解明できなければ、とんだ間抜けになってしまう。
「大丈夫だ。ともかく一度、村長の家に戻ろう。そこで山小屋がどのくらいあるのか確認しよう」
飛鳥はもう悩まなくてもよさそうだと、にやりと笑っていた。
「そう言えば、勝手に小屋を建ててる奴がおるって、ぼやいてましたな。炭売りが勝手に自分のところで商売されては困ると、そう言ってました」
飛鳥の確認に、村長はそんな重要な手掛かりを教えてくれた。やはり考え方は運搬を分割したというもので合っているらしい。
「しかし、他に炭売りや木樵が現われたわけではないんですね」
だから、飛鳥はそう確認する。
「ええ。小屋も基本的にほったらかしみたいですし、誰の悪戯だろうかという話になっていたんですよ。もう半年以上も前の話でしたから忘れてました。そんな時にあの事件でしょ。小屋の問題なんて吹っ飛びますよ」
村長はそうでしたそうでしたと、大きく頷いている。
「その小屋、どの辺りにあったか覚えていますか」
後はそこに証拠があれば完璧なのだがと、飛鳥は訊ねる。
「ううん。どうでしょうな。炭売りやったら覚えているでしょうけど」
しかし、今の今まで小屋の問題を忘れていた村長は、それの場所までは知らないと首を横に振る。まあ、それは当然であろう。
「炭売りか木樵、もしくは猟師の人を紹介してもらえますか」
というわけで、知っていそうな人を紹介してもらうことにする。村長はそれならばと、同じ村に住む男を紹介してくれた。この男は春と夏は畑仕事をしているが、冬場はイノシシや熊などを狩っているのだという。
「この辺は山ばかりで魚がなかなか手に入らないですから、山の恵みは貴重なんですよ。うちにも干し肉があります」
村長はそう言って、男の家に着くまでに猟師が必要な理由を教えてくれる。おかげでこの辺りでは肉を食うことに抵抗がない、つまり生き肝を手に入れて食うことに抵抗がなさそうだということも理解出来た。
なるほど、所変われば食も変わるものだ。江戸は海に面していて魚が豊富に捕れるものだから、山に住む動物の肉を食おうなんて思わない。
もちろん江戸にも全くないわけではなく、例えばイノシシならば牡丹、鹿ならば紅葉という名称で売られている。しかし、それほど人気のあるものではなかった。臭みがあると専らの噂である。
「臭みがあるのは日が経っているからでしょうね。魚と一緒ですよ」
村長がそう言って笑ったところで、妙観院の住んでいるのとは逆側の山の近くに建つ家に着いた。ここが問題の猟師の家らしい。家は質素なもので、土間と囲炉裏のある部屋、奥は物置で完結していた。
「
村長が声を掛けると、その奥の物置らしき部屋から、おうという野太い声で返事があった。それからしばらくして、まるで熊のような大きな体格の、髭の濃い男がのそりと現われた。しかし、村長以外に三人も見知らぬ男がいて驚いたようだ。
「呉作さん。こちら、江戸から来た判じ物の先生なんだが、変な小屋があったって言ってただろ。あれってどの辺だったかってお訊ねなんだよ」
村長はそう言って飛鳥たちを紹介してくれる。
「この反対側であった娘さんが殺された事件について調べていたところ、その妙な小屋に犯人が潜んでいたのではと考えています」
飛鳥はそう言って、どこにあったか教えてほしいと頭を下げる。呉作はへえっと感心しているのかしていないのか解らない声を出すと
「いいけど、今からだったら山から戻る前に日が暮れちまう。明日の朝でいいかい?」
案内してもいいが今からは無理だと言った。
「それはもちろん。その小屋はどの辺りに?」
「こっから山の中に入って、寺の向こう側だな。俺が知っているやつ以外にも、他にもあるって炭売りが言ってたんだ。それで村長に報告したんだよ」
呉作の答えで、いくつか勝手に小屋が作られていることが解った。これでますます、飛鳥の考えが正しいことが解った。しかし、殿様の命を救うために動いたような奴らが、傍証だけで納得するとは思えない。やはり、小屋で確たる証拠が欲しいところだ。
「では、明日、案内をお願いします」
「おうよ。朝早くに来てくれ」
こうして捜査は一歩前進したのだった。
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