第37話 難しく考えすぎか

 下手人のいる藩についてはすでに優之助が特定してくれているわけだが、どうにも難しくないかと思ってしまう。

 計画的な犯行だから、下準備に時間を掛けられるのは解る。

 さらにそれに必要なだけの人数を簡単に集められることも解る。

 しかし、手が掛かりすぎている。

 それで誰にも気づかれずに犯行を成し遂げることは可能なのだろうか。

「ううん。どうにも矛盾を感じるな」

 多くの人員を使えば簡単に解決できるように見える。しかし、それではこの事件は解決しないのだ。

 そもそも、それならばこっそり夜に犯行を行う意味がないのだ。同じ屋根の下に妙観院がいる状態で殺す必要はない。大勢で押しかけて娘を攫い、殿の待つ城で密かに殺してしまえばいい。

 ただし、その場合は自分たちの犯行を喧伝しているようなものだし、殿様が病気であることも、また娘の生き肝を食ったこともバレてしまう。

 世間的には一切バレたくないからこそ、今回のような不可解な犯行に打って出たのだ。その点を忘れてはいけない。

「こっそりとやったんだ。山の中に目印を置いたとしても、それだって目立たないようにしたはず」

「しかし、それではどうやって夜道を駆けるのだ」

「それなんだよなあ」

 生き肝なんてものは腐りやすい。腐ってしまっては意味がない。ということは、犯行と同時に運び始めなければならない。つまり、夜道の移動は避けられないのだ。

「難しい」

「おおい。どうしたんだい?」

 いつの間にか二人がいなくなってビックリしたのか、優介がバタバタと畑の方へと降りてくる。

 その様を見ていると、物音を立てずに犯行をすることがいかに難しいかが解ろうというものだ。

「丁度良かった。優介、お前ならばここから逃げるとして、どちらの方向に逃げる。もちろん、村人に見つからないようにだぞ」

 飛鳥は優介の、体力に自信のない奴が考えた場合の方法を知りたいと、そう問い掛ける。すると、優介は困ったように周囲を見渡した。

「あっちもこっちも山だもんなあ。村の中を突っ切りたいところだけど」

 優介はそう言って玄関の方向を向き、あっちに進んで街道まで抜ける以外に方法ってあるのかと困惑顔だ。

 それは自分たちが村に来る時に通った道だ。この村と山を越えた先の村とを繋ぐ道が整備されている。

「それじゃあ、すぐに村人にバレちまうだろ」

 夜だとしても、誰が起きているか解らないぞと飛鳥は言う。

「まあ、そうだけど。こういう村だと灯りはそう簡単に手に入らないから、夜はどう頑張っても早々に寝てしまうよ」

 それに対して、意外にもまともな回答があった。

 確かにそうだ。江戸でも油代が勿体ないと早寝する者は多い。こんな山間ならば尚更だろう。その分、日の出とともに起き出して作業をしているに違いない。

「とはいえ、妙観院様は寝ずの番をしていたわけだからな。囲炉裏があっただろ。あそこにいれば、火はあるから起きていることも可能なんだよな」

 しかし、妙観院が徹夜したという事例があるだけに、全員がぐっすりと寝ていると考えるのは早計のように思う。

 ここは冬になると雪が積もるとあって、囲炉裏は必ずどの家にもあるそうだ。その火の番をしている者がいたら、がさごそと動く音を聞き咎められる。

「難しいんだな。殿を救うための執念としか言いようがないよ」

 優介は山を見つめて、何を思ったのか藪をかき分けようとした。しかし、すぐに何かに足を取られてごろんっと転がってしまう。

「いたたっ」

「大丈夫か」

 すぐに雨月が助けてやる。優介は着物についた泥を払うと

「整備されていない山を登るなんて、山伏でもないと無理だよ」

 へへっと笑う。

「山伏ねえ」

 僧を使って妙観院の警戒を解いたように、山に慣れた者を使ったのだろうか。だが、生き肝を抜くなんて所業、そう簡単に承知させられるとは思えない。

「予め何往復かして道を覚えたというのはどうだ?」

 困っている飛鳥に向け、それならば山伏を使う必要はないだろうと雨月が助け船を出す。

「それはそう、何度も訪れているのだと思う。そもそも、ここにいる娘に目を付けたという時点で、そいつはあちこち行脚していたと思うのが妥当だ」

 しかし、それは僧、おそらく僧の格好をした侍がやっていたのだろう。だが、こいつを下手人と考えるのは難しい。

「駕籠が傍まで来ていたという。となると、下手人を運んでくることも可能だった」

 難しく考えすぎなのだろうか。飛鳥はもう一度家の中に戻った。

 そう、たまたま降ったという雨を利用したのだ。それ以前からこの近くに控えていたとすればどうだろうか。

「妙観院様」

「はい」

「この辺りの山の中に寺なり小屋なりはありますか?」

 飛鳥の質問に妙観院は少し考えて

「寺ならばそちらの山の中ほどにございます。ここの村の菩提寺ですね。木樵がおりますし、他にも猟師もおりますから、いくつか山小屋のようなものはあると思います。そうですね。村長に確認すれば解るかと」

 と答えた。

「解りました」

 取り敢えず、中継地点に出来そうな場所はあるようだ。そこに潜むことによって、少なくとも夜中の移動距離は短く出来るだろう。

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