第31話 家を継ぐのは大変なもの
考えれば考えるほど、どこぞの世継ぎ問題が絡んでいそうだ。
そこで飛鳥はともかく優介の父から話を聞けないかと考えた。
「妙観院様の相談を先に受けたのは父だし、その上で飛鳥さんを頼ったらどうかと持ち掛けているからね。会ってくれると思うよ」
翌日、長屋に来た優介に相談したところ、それは問題ないと大きく頷いた。
「でも、やっぱり世継ぎが絡んでいるんだ」
しかし、事件が事件なだけに優介は複雑な心境になる。
優介の立場はまさに兄に何かあった場合を考えている存在だ。それだけ、世継ぎ問題とはどこでも発生しうるし、軋轢を生むものでもある。
「絡んでいなきゃ、人間の肝を取って食おうなんて思わないだろ」
「だよね。そのくらい話が大きくないとあり得ないか」
「ああ」
納得しろよと、飛鳥は優介を睨む。依頼を受けた以上は私情を挟んでいる場合ではない。
「しかし、世継ぎが問題となると、当主が十七より下か、それとも継ぐ人が十を越えていて丈夫届を出した後、って感じなのかな」
優介はようやく真剣に考える姿勢になると、条件はかなり絞り込まれると思うよと言った。
「ほう、そういうものなのか。俺は武家の世継ぎに関して詳しくないからな」
飛鳥は昨日からどう考えればいいのか解らなかったと、そこは正直に告げる。
「俺も全部を知っているわけじゃないよ。特に大名家となると、あれこれあるみたいだからね。でも、当主が若すぎる場合、参勤交代は十七才を待つのが慣例だから、何かと十七才が基準なんだ。末期養子を貰う場合も、当主が十七才を越えている必要があるんだよ」
「ほう」
「しかも養子を貰う場合に提出する書類も多くて手続きが煩雑だって話だったな。まあ、末期養子というのも、若すぎると大変ってことだね。あと、跡取りが若すぎて病気になった場合だけど、大名や旗本は男子が十才くらいになった時に丈夫届を出すんだよ。跡取りは病弱ではなく健康ですって証明みたいなもので、これで次に継ぐ人が誰かを幕府が把握出来るってわけだな。これを出してしまった後だと、世継ぎの変更が難しくなる。替え玉を立てられない場合は特に困ると思うね」
「ふうん」
思っている以上にややこしい話だったんだなと、飛鳥は顎を擦った。そして、だからどこの家でも、次男や三男はややこしいにも関わらず必ず作るものなのかと納得する。
もしも長男が病弱だった場合、次男や三男を長男と偽ることが出来るという寸法だ。となれば、年の近い兄弟の方がより困った時に対処しやすいということだろう。
「その家には他に兄弟がいないのか」
「かもね。傍系から出すって場合もあるだろうけど、これも色々とややこしいみたいだし、下手すれば次の当主を巡って藩の中で意見が割れることになるだろうし」
家を継ぐっていうのは大変だよねと、優介は溜め息だ。こういうことを考えていくと、優介は自分が次男で戯作者になって正解だったのではと思う。あれこれ気を配って跡継ぎを考えるなんて、自分には出来ないことだ。
「まあ、何にせよ、そういうややこしい事情を抱えている家の者が犯人である可能性が一番高いんだ。旗本となれば、その辺りの情報を集めることは可能だろう。昨日は巻き込まない方がいいかと思ったが、考えてみると原因はお前のところの親父だし、内密に調べてもらうしかないな」
一方、飛鳥はすでに頭が痛い話だと、優介の父に丸投げすることにした。それと同時に、人間はどうして何かと複雑になる手続きを考え出すのだろうと、そこに嫌気が差していたのだった。
三日後。飛鳥は初めて松永家の母屋に足を踏み入れていた。
「はあ、立派なもんだな」
「俺も入るのは久々だよ」
家を継ぐことのない厄介者扱いの優介は、同じ敷地内に建てられた離れで暮らしている。そして、よほどのことがない限り、こちらを訪れることはないのだという。
ここはすでに兄が継ぐ場所。そういう明確な線引きがあるせいだ。
「殿のおなりでございます」
ぼそぼそと喋っていたら、家来の一人がそう知らせに来た。二人は口を噤むと、しっかりと頭を下げる。それと同時に、すすっと優介の父、松永優之助が入ってきた。
「堅苦しい挨拶はよい。面を上げよ」
そして優之助は上座に座るなりそう言った。飛鳥と優介は頭を下げたままちらっと互いを確認し、優介が頷いて顔を上げる。
「ほう。噂に違わぬ美丈夫だな」
飛鳥が顔を上げるなり、優介をそのまま老けさせた面持ちの優之助が、そう言って笑った。
一体どんな伝聞が広まっているのやら。飛鳥は顔を顰めそうになったが、必死で我慢する。
「この度はお目通り頂き、ありがとうございます」
そしてそれだけ言葉にした。
「よいよい。堅苦しい挨拶はよいのだ。それで、妙観院を悩ませる事件の核が見えたそうだな」
優之助は本当に挨拶などはいいと、手を大きく横に振って本題を促した。
「はい。大方世継ぎ問題に絡むことかと思います。失礼ながら、その点は松永様もすぐにお気づきだったのではありませんか」
あまりに砕けた調子といい、事件の真相に近づいたとしても落ち着いた態度といい、何か知っているなと飛鳥は踏んだ。
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