第32話 体裁が大事
飛鳥の確認に、優之助は頷く代わりに微笑んだ。
やはり最初から解った上で俺を利用しようとしたわけか。食えない奴だなと飛鳥は腹の中で思う。
「えっ。ど、どういうことだ?」
一方、純朴な優介は優之助が解った上で飛鳥に依頼を出したということを、まったく想像していなかったので、目をパチパチとさせている。
「つまり、俺が弁天屋で懸念したことを、松永様も考えたってことだよ。かなり身分の高い方が絡んでいることが間違いない事件に、旗本が簡単に首を突っ込んでいいのかとね」
飛鳥が教えてやると、優介はなるほどと膝を打つ。
「ということは、父上はある程度知っていながら飛鳥さんに依頼した」
「そう。そもそもこの事件は肝が無くなっていたという時点で、生き肝が狙いだったことが容易に想像出来る。そして、その手際の鮮やかさから、武士が絡んでいるだろうこともな。しかし、そうなるとますます旗本が絡みにくい事件だ。大事になるし、何より生き肝を食らってまで生き延びた殿様、もしくは跡継ぎがいることが公になってしまう。それは避けたいと考えた」
飛鳥はそうですねと優之助を見る。
「さすがは一を聞いて十を知ると言われる男だな」
優之助は感心したように大きく何度も頷いている。
「それはどうでしょう。さて、しかしそれでは妙観院様の心の傷を癒やしてあげることができない。何とか決着をつけるためには、自分以外の誰か、さらに武士ではない誰かに解かせ、犯人に謝罪させるのがいいだろうと考えたんだ。そこで白羽の矢が立ったのが、巷で判じ物の先生なんて言われている俺だったってことさ」
飛鳥がこうやって優之助と話した。この事実が必要なのだ。この屋敷に仕えている人たちは、飛鳥がこの事件の真相を解き明かしたのだと吹聴するだろう。そうすることで、円滑に事件を終わらせようとしている。
優之助は飛鳥の言葉にふっと微笑むと
「お家のためと働いた者たちを咎めるわけにはいかんからな。しかし、ご息女を亡くされた妙観院様には納得出来ぬことだ。双方を立てつつ、何とか妙観院様に真相を知らせてやるのが、私に出来る唯一のことだと思ったのだよ」
そう白状した。
「父上」
優介はそんな優之助の配慮に感動しているようだ。しかし、飛鳥はそうですかと終わらせるわけにはいかない。
「真相を知らせるのは良いですが、下手人に関して特定しているのですか?」
まずはそこを確認する。
「お家存続のためにここまでのことをやるのは、東北のとある藩だ。詳しくは言えぬが、下手人には其方から文を出してもらいたい」
優之助はあくまで飛鳥が動くのが肝心だと言い張る。飛鳥は面倒だなと思ったが
「素直に来いと言われて来る方ですか?」
自分の身に厄介事が降りかからないだろうなと、そこを訊かずにはいられなかった。
「それは大丈夫だろう。いや、妙観院様とご息女が住まれていた家に呼び出せば、大丈夫だ」
江戸に呼ぶのは危険だと、優之助はそう助言した。
人気の多い江戸ならば、真相を知る飛鳥を殺してトンズラすることが可能になる。しかし、実際の犯行現場を前にすれば、言い逃れは難しくなるだろう。さらに妙観院がいれば、申し開きはし難くなる。飛鳥はなるほどねと大きく頷いた。
「じゃ、じゃあ、陸奥まで行くのか?」
優介は遠出になるなと呑気なことを言う。飛鳥はその呑気さが羨ましくなりながらも
「言い逃れ出来ないように、真相は詳らかにしておいた方がいいでしょう。文を出す前に、まずは現場を見てみたいのですが」
優之助に向けて、下準備をしたいと申し出た。
「承知しておる。旅に掛かる費用はもちろんこちらで持たせてもらおう。それと、関所もすぐに通過出来るよう、働きかけておく」
厄介事を押しつけているのは理解している優之助は、面倒なことはこっちが引き受けようと、大きく頷いたのだった。
「陸奥に行くそうだな」
「ああ」
その日の夜。当然のように雨月がやって来た。そして苦々しいという顔をしている。
ただでさえ江戸にいることさえ気に食わない雨月のことだ。さらに東の陸奥に行くなど、本来ならば許しがたい行動なのだ。
「鬼にとっては縁の深い土地だな」
飛鳥はだから話題を逸らすようにそう言っていた。
陸奥はその昔、都を追われた鬼たちが逃れた場所であった。しかし、そこにも朝廷の手が伸び、散り散りになった場所でもある。
「我らの一族とは別だ」
「まあね」
しかし、その追われた一族と桜鬼を頂点とする一族は別だった。鬼にもいくつかの部族があり、その一つが戦うために陸奥に逃れたというのが真相だ。だが、同じ鬼が戦った場所。無視できるものでもない。
「どんな場所か、見てみたかった」
「山ばかりだ」
「それはこの日の本の国では当たり前だろう」
「デカい山ばかりだ」
陸奥に興味を持つ飛鳥に対し、雨月はどこまでも淡々としている。
この男は陸奥で戦った一族を嫌っているようだ。まあ、鬼が悪だという印象を強めたという点でいえば、争いを選ばなかった一族にとっては迷惑な話である。
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