第29話 考えられる犯人像は

 どう考えても、これは突発的な犯行ではない。前々から入念に計画し、そして実行された犯行だ。

 僧は囮だったため、娘の死を知っていたはずだ。それなのに腹帯を渡したのは、腹に気をつけろという警告のつもりだったのだろうか。腹帯の手触りはよく、金糸もふんだんに使われている。迷惑料の意味合いもあっただろう。

 それはさておき、犯行には二人以上の人員が必要だろう。いくら寝ている隙を狙うとはいえ、娘に気づかれた時に口を押える必要がある。しかも刺した時に悲鳴が上がるのは間違いない。

 一人が娘を押さえつけ、もう一人が腹を掻っ捌いて肝を抜く。

 こう考えるのが自然だ。

「うっ。食事中にする話じゃないな」

 具体的に想像してしまった優介が、うえっと顔を顰め、慌てて酒を飲んでいる。

 確かに考えていて気持ちのいい話ではないが、素面だと考えたくない内容だ。

「動物じゃなく人間を狙ったって事は、相当な重病人でも抱えているんだろうか。しかも無法を働いてまで手に入れるとなると、かなり重要な御仁ってことだな」

 飛鳥は面倒な話だなと頬杖を突く。

「あらあら。また難しい事件ですか」

 そこに追加で頼んだ焼き魚を持ってきた菫が、今度は何に悩んでいるのかと興味を示す。が、今度の事件は優介も率先して話せる内容ではなかった。どうしようと飛鳥を見てくる。

「血腥せえ事件だ」

 というわけで、飛鳥は聞いても気分が悪くなるだけさと菫を追い払う。しかし、そう簡単にこの看板娘が引き下がるはずもなかった。

「血腥いって、その腹帯と関係あるんですか?」

 飛鳥が手に持っている帯を指差して訊く。店の中での会話だ。通りがかった時に部分的に聞こえていたのだろう。

「まあな。娘が生き肝を盗まれたんだ」

 仕方ないと、飛鳥は事件の核心部分を教えてやる。すると、菫も顔を青くして

「その帯の持ち主が、ですか。まあ」

 と、それ以上の追及は止めた。しかし、腹帯には興味あるようで、飛鳥の手にある帯をしげしげと眺めている。

「欲しいのか?」

「嫌だわ、先生。まだ必要ありませんよ。でも、綺麗ですね。腹帯に使うのはもったいない気分になっちゃいます」

「そうか?」

「ええ。それを持っていた人、それなりの身分の方なんですね。私のような町人じゃあ、手ぬぐいに毛が生えたようなもので十分ですよ」

 菫はそう言うと、ごゆっくりと去って行った。しかし、もったいないという言葉は男二人には意外なものだった。

「これ、もったいないのか」

「みたいだね。まあ、確かに普通の帯とは違って、腹帯は大きくなったお腹を支えるためのものだから、使い勝手がいいものがいいんだろうね」

 優介は兄嫁が巻いているのを見たことがあると、そう説明した。

 なるほど、確かに腹帯はそういう役割のものだ。金糸を贅沢に使う必要はないと思うものかもしれない。

「となると、ますます肝を欲しがったのは身分のある御方ってことになるな」

 飛鳥は武士の情報が必要だぜと苦笑する。それに優介は嫌そうな顔をしたが

「元は父が持ってきた話だ。手掛かりさえ見つかれば、父か兄に頼んで特定出来ると思う」

 と、身内を利用しようと頷いた。しかし、飛鳥は

「旗本が動いたとなれば、大事にならないか。他に知り合いはいねえかい?」

 別の奴がいいだろうなと渋った。

 事が露見すれば、その重病人が一番困ることになるだろう。その時、旗本が暴いたとなると、誤魔化しが利かなくなる。

「ああ、そうか。それを考えておかなきゃ・・・・・・でも、将来ある娘さんを殺して手に入れた肝だぞ。それで治ったとしてもさあ」

 いいのかなと優介は腕を組む。ここは総てを明らかにして、ちゃんと裁きを受けさせるのがいいのではと思っていた。

「意外と勧善懲悪な考え方なんだな。どう解決しても娘は生き返らねえんだ。なら、なるべく穏便に解決するのが一番だろうよ。あの妙観院さんだって、娘の肝が悪用されていないかどうか。これを一番知りたがっているんだぜ。もしも病人に使われたのだとしたら、ちょっとは心が晴れるだろう」

 飛鳥は事を荒立てても不幸になる奴が増えるだけだと苦笑いをする。それに優介は納得出来ない顔だったが

「相手次第だよなあ」

 と、少し折れた。

 何にせよ、考える方向は決まった。

 それなりに身分のある武家の者で重病人を抱えていること。

 陸奥の山間の村の娘に目を付けたこと、生き肝を持ち帰らなければならないことから考えて、江戸よりも東側だろうということだ。

「新鮮じゃなきゃ、病人に食わせる意味がないからな」

 効くかどうかは別としてと、飛鳥は酒を飲む。

「効くから盗んだんだろう」

 しかし、優介はそれじゃあ盗まれた方はどうなるんだよと顔を顰める。

「やけに突っかかるな。この事件がお武家さんが起こしたってのが気に食わないのかい?」

 飛鳥は焼き魚をほぐしながらにやりと笑う。

「うっ、まあ、ねえ」

 そこを突かれると、優介は困ってしまう。確かにこの事件のあれこれが納得出来ないのは、犯行がどこぞの殿様が命じたからと思うからだろう。

「武士の仕事ってのは、主を守ることが第一だろ。となれば、盗んだ連中は武士道に則って行動しただけだ」

「まあね」

 飛鳥の言うことは解るのだが、何とも嫌な事件だな。優介はその後しばらく、難しい顔をして酒を飲み続けたのだった。

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