第28話 生き肝が狙い
「き、肝が消えていた」
優介はどういうことですかと、大きく目を見開いている。
「なるほど。その僧の狙いは生き肝か」
しかし、飛鳥はすぐに理解した。妙観院も顔色が悪くなっていたが
「そうだと思います」
と頷いた。
「生き肝?」
それはどういうことだと、優介は解らないので訊ねる。
「そのまんまさ。生きている奴の肝を抜くんだよ。本来は動物の肝が万病に効くと言われているんだがな。どういうわけか、そいつは人間の肝に拘ったようだ」
「へ、へえ。万病に」
納得したように頷いた優介だったが、そんなものは食いたくないと顔に書いてあった。飛鳥も人間のはお断りだなと苦笑いをする。と、そこで妙観院の悲しそうな顔に気づいて咳払いをした。
「しかし、そうなるとますます奇妙だな」
そして話を元に戻す。
「ますます? どうしてだ?」
優介も神妙な顔に戻って訊ねる。
「それはそうだろう。生き肝を抜いたのだとすれば、まあ死んだ直後のものでもいいから娘を刺し殺した後だったとしてもだ、その僧がまったく返り血を浴びていなかったのはおかしいだろう」
「あっ」
「それに抜いた肝はどこに行ったんだ? 僧が持っていればさすがに血腥さで妙観院さんが気づいたはずだ。しかし、彼女は普通に僧を送り出している。つまり」
「つまり」
「僧は単純に妙観院さんの視線を引きつける役だったということだろう。その僧が殺人を犯したのではない」
「ああ」
そういうことかと、優介はぽんと手を叩いた。確かにそれならば、妙観院が娘が殺されたことに気づかなかったのも仕方がないのかもしれない。
「ただ、ここで妙なのは実行犯は誰かという問題だ。それに僧はなんでこんなことに協力したのか。駕籠が通ったということは、犯人と僧はそいつに乗って逃げたわけだが、そこまでの手筈を二人だけで整えたのかも謎だ。そして、生き肝を誰に渡したのか、これも謎だろう」
飛鳥は考えるべき点は山ほどあるぞと、謎に思う部分を列挙していった。それに妙観院も大きく頷く。
「そうなのです。娘が殺されたことは口惜しく、犯人を憎く思っております。しかし、それ以上に解らないことが多すぎるのです。このままでは、娘の死を静かに悼むことも出来ず、先生のお知恵を拝借しようと思い立ったのでございます」
妙観院はそう言って縋るように飛鳥を見た。
飛鳥も確かに放置するには気持ち悪すぎるなと頷いた。
「解った。出来る限り調べてみよう。この腹帯は預かってもいいかい?」
「もちろんでございます。どうか、娘を殺してまで奪った肝をどうしたのか。その真相を明らかにしてください」
妙観院は妙なことに使われていないか心配なのです、と深々と頭を下げたのだった。
その夜。せっかく懐が温かいというのに、妙な依頼のせいで気分が乗らなかった飛鳥と優介は、いつもどおり弁天屋に落ち着いていた。
「生き肝騒動なんて知らなければ、吉原でも冷やかしたんだがな」
くくっと飛鳥はそう言って笑うが
「飛鳥さんが吉原に行くのは想像出来ないなあ。しかも、遊女の方が飛鳥さんに入れ込みそうで怖いよ」
優介は行くのは止めておいたほうがいいんじゃないかいと忠告してしまう。
そんじょそこらにいない美形の飛鳥だ。花魁よりも綺麗かもしれないなと優介はぼんやりとそんな想像までしてしまう。
「これでも男なんでね」
飛鳥はどんな忠告だよと肩を竦める。それに人間との深い付き合いは避けるべきだが、商売女ならば子どもが出来ても育てられることはないのでいいのでは、なんて考えることはある。いつも優介と雨月という男ばかりを相手しているのもつまらないものだ。
「男だと主張するのならば嫁を貰えば・・・・・・って、そう簡単な話じゃないか」
優介は女遊びをする飛鳥なんて想像したくないと首を振ったが、嫁を貰えば万事解決という身分じゃなかったと気づく。
「あ、あれ。でもさ、本来の身分的にもヤバいんじゃないの」
しかし、公家だというのならば、ますます吉原なんて行っている場合ではないだろう。優介はダメダメとますます首を横に振った。
「馬鹿だな。男であることに身分なんて関係あるか。それに今は『源氏物語』のような麗しい世界があるわけじゃないからな。金を払ってお願いするのは当然だろう」
飛鳥は何を堅く考えているんだと、面白いので引き続きからかう。奥手の優介からすれば、遊女と遊ぶなんてあり得ない話なのだろう。ある意味で乙女のような考えの持ち主だ。
「ううっ。っていうか『源氏物語』も滅茶苦茶だよね。高橋があの時代にいて、しかも源氏と同じような立場ならば、似たようなことをやっていそうだけどさ」
倫理観ガタガタじゃないかと、優介は酒以外の理由で顔を赤くしている。しかも身近に実例がいるものだから、嫌だよと頭を抱えていた。
ふむ、優介の奥手の理由は高橋が原因かもしれないな。そんなことを思う飛鳥だ。あれだけ男も女も引きつけ、さらには関係を持ってしまうような奴がいると、そういう行為に対して嫌悪感が勝るのかもしれない。
「まあ、冗談はさておき、生き肝は問題だな。あそこまで手の込んだことをやったことから考えると、娘は相当前から目を付けられていたんだろうな」
飛鳥はからかうのを止めて、依頼をどう考えるべきかと頭を捻り始めた。
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