第27話 奇妙な殺人事件
数日後、優介の離れに高橋がお礼を届けてくれたので、それを受け取りに赴いた。さすがに高額な金額を長屋でやり取りするのは危ないとの配慮からだ。飛鳥はそれでいい酒でも買うかと算段しながら向ったのだが――
「おや、お客さんか」
離れには優介だけでなく、もう一人いた。しかも高橋や藤本ではなく、さらには女性だ。墨染めの衣を纏い頭巾を被っているが、美人だと解る。年齢は四十くらいだろうか。
「こちらは俺の父の知り合いの、
優介は申し訳なさそうな顔をしつつ、その女性を紹介する。どうやら今日やって来るのは予想していなかったらしい。
「飛鳥だ。ええっと、依頼でもあるのか?」
優介の表情から元々自分を紹介するつもりだったのだろうことを読み取った飛鳥は、何か相談かと自分から話題を振った。ここ数日、優介に不快な思いをさせたのは間違いないから、このくらいは率先してやるべきだろう。優介の横に座ると話せよと促した。
それに優介はあからさまにほっとした顔をすると
「そうなんだ。是非とも話を聞いてもらいたいと、そう仰られていて」
と妙観院を見る。
妙観院はそれに大きく頷くと
「とても奇妙なことでして、ぜひとも先生のお力をお借りしたいんです」
手を合せた。
「それは構わないが、何があったんだ?」
鬼なので信心なんて持ち合わせていない飛鳥は、手を合せるなよと苦笑しつつ訊ねる。
「それが、半年前、娘が殺されたのです」
しかし、妙観院が語った内容は、飛鳥の予想を上回るものだった。
「殺されただって」
それは奉行所に相談すべきじゃねえかと、飛鳥は腕を組む。まさか犯人を捜せとでも言うつもりか。別に出来ない事はないが、面倒である。
「はい。私が普段住まうのは江戸ではなく、
飛鳥の難しそうな顔にも物怖じせず、妙観院はそう言って事件について語り始めた。
妙観院はとある藩士の妻だった。しかし、夫が病で早くになくなり、残された娘と二人で慎ましく暮らしていたのだという。娘が婿を取ることで家を繋ぐことは可能だが、貧乏には違いない状態だったという。日々百姓と変わりない生活をしていた。
それでも娘は健やかに育ち、婿を迎えるにも調度いい年頃になった。美しいとの評判もあり、婿入りしてくれるよい男性もすぐに見つかるだろう、そんな話も囁かれるようになっていたという。
しかし、半年前、突然の激しい雨が降った日のことだった。
「すみません」
家に旅僧がやって来て、雨宿りを頼んだという。もうすぐ日も暮れようという頃。妙観院は粗末な家だが泊まっていってはどうかと持ち掛けたという。
僧は軒先だけでもお借りできればいいと言ったが、そういうわけにもいかず、家に上げて歓待した。旅僧であるが身なりはよく、品のある人物だった。娘がもうすぐ婿を取ると知ると
「それならば、気が早いかもしれぬがこれを差し上げましょう」
と言って、荷物から
「これは
そう言って娘に帯をくれたのだという。それは立派なもので、娘は大層喜んだという。妙観院もありがたいことだと、僧に何度も礼を述べたほどだ。
「これがその帯です」
妙観院は横に置いてあった風呂敷から、金糸の帯を取り出した。飛鳥はそれを受け取ると、確かに良さそうなものだなと頷いた。だが、話は娘が殺されたことが肝だったはずだ。わざわざこの腹帯を出してきたということは、犯人はその僧だということになる。
「いつ娘は殺されたんだ?」
「その日の夜のことです」
こんなもので安心するのではなかったと、妙観院は悔しそうに唇を噛む。
僧は長旅で疲れていたようで、すぐに眠りに就いたという。娘は婿を取る前であり、妙な噂が立ってはいけないと、奥の部屋で眠っていた。
さらに、妙観院も間違いが起こってはならないと、寝ずの番をしていたという。囲炉裏の前で縫い物をしながら一夜を過ごした。
しかも、僧は朝早くに起きてくると、何食わぬ顔でもう出立すると妙観院に挨拶までしたのだという。妙観院も修行中ということがあって、朝早く出立するのは当然だろうと、普通に見送ったという。
どこにも怪しい様子はなかった。僧の衣服に血が付いているということもなかった。それなのに、娘は奥の部屋で刺し殺されていたのだった。
「それは妙ですね」
「確かにな」
優介の呟きに飛鳥も頷いた。妙観院はずっと起きていたという。それでもうつらうつらとすることはあっただろうが、気づかれることなく刺し殺すなんて可能だろうか。
「しかも妙なのはそれだけではございません。娘が死んでいることに気づいた私は、すぐに近くの家に駆け込み、多くの人が僧の行方を捜してくれました。しかし、どこにも姿はなく、さらには東へ向けて駕籠が通ったという話が出てくる始末。普段から駕籠なんて使う人もいない山間の村でございますのに。さらには」
「ま、まだあるんですか」
優介は十分に奇妙なのにと驚いていたが
「娘の死体から、肝が消えていたのでございます」
妙観院が語った内容は、さらにビックリさせられるものだった。
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