第22話 動揺

「要領としては簡単だ。藤本さん、あんたは自分で庵の掃除をしたんだから解っているだろ。あの日、庵の中には大量の粉が撒かれていた」

「は、はい」

「粉?」

 そんなものと幽霊がどう関係するのか。優介は首を捻る。高橋もきょとんとした顔をしていた。

「粉を庵の中に薄くまんべんなく漂わせることで、幽霊っぽく見せることが可能なんだよ。光りは行灯という頼りないものしかない状態だ。庵の中は知らない間にもやがかかった状態になっている。そこに真っ白な着物に真っ白に白粉をはたいた女がいたらどうだ」

 飛鳥は想像してみろよと優介を見る。

 真っ暗な中、少し靄が掛かった状態の部屋に白い格好の女。確かにその状況ならば現われた女を幽霊だと見間違えそうだ。

「でも、向こう側が透けて見えたっていうのは」

「見間違えやたまたまってこともあるだろうが、部屋中に漂っていた粉によって周囲がぼやけた結果、光りの入り方が普段と変わって背後の障子が見えたのかもしれない。もしくは自分の影が女の着物に映り込んだことによって、まるで向こう側が透けたかのような錯覚をしたか、だな。人間の頭ってのは事実をねじ曲げやすいから、幽霊は透けているものだという思い込みによって、黒い部分は障子だったんだと考えた可能性もある」

「へえ」

 すらすらと可能性を上げる飛鳥に、優介だけでなく高橋と藤本からも感嘆の声が上がった。さすがは江戸で有名な判じ物の先生だ。物の見方が人とは違うと感心していた。

「後は四回繰り返すわけだが、その時に僅かに顔の印象を変えておけばいいってわけだ。証文を書いた数は高橋をよく見ていただろう佐伯ならば知ることが可能だ。好みが偏っていることにも気づいていただろう。四回やれば証文を書いた四人だと誤認させられると、佐伯は確信していただろうね」

 頭の切れる野郎だよと、飛鳥は溜め息を吐く。出来ればその頭は他のところで活用してもらいたいものだ。

「佐伯殿は博学ですからね」

 藤本が何の弁明にもなっていないことを言う。

 この男はこの男で何かとはっきりしないから、イジメられるのだろう。見目も麗しいからやっかみを買いやすい。今後、国元でイジメられないか。心配になってくる。飛鳥はやれやれと首を振った。

「証文を書いた女たちには、詫びの品を届けておきます」

 でもって、高橋も反省しているのかしていないのか解らないことを言う。これからは藤本一本で我慢してもらいたいところだ。

「じゃ、種明かしはこんくらいだな」

 飛鳥はこれ以上この二人に関わっていると頭がおかしくなりそうだ、と立ち上がった。後は当人同士で何とかしてもらいたい。

「今回はありがとうございました」

「お礼は後ほど、必ず」

 そんな飛鳥に、立派な武士二人は深々と頭を下げた。本当に心から助かったと思っているのだろう。その様子に満足して、色んなもやもやは腹の中に収めるしかない。飛鳥はじゃあなとそのまま離れを後にする。

「ま、待ってくれよ」

 しかし、すぐに優介が追い掛けてきた。客人を放り出していいのか、飛鳥は見送りなんていらないぞと手を振る。が、優介はそのまま横に並んだ。

「あの二人もすぐに帰るし、何より恋人二人の前に一人で放っておくなんて酷いじゃないか」

 優介はそう言って門までついてくる。さすがは旗本の家とあって大きな家だ。離れの門も立派である。

「お前が武士だったって、この家を見ていると思い出すな」

「別に思い出さなくてもいいよ。家督を継がない冷や飯食らいさ」

 飛鳥の言葉に優介はぶすっと膨れて不満な顔になる。そして門のところで立ち止まると、もう帰るのかよと恨ましげに見てきた。

「だったな」

 その顔で二人の傍にいたくない理由が解ったと飛鳥は頷く。

 恋人同士の二人である以上に、優介にとって二人は羨ましい存在なのだ。ちゃんと家督を継ぎ、武士として職責を全うできる。それだけで、優介にすれば羨ましくて仕方がないだろう。さらには特別待遇で藩に戻るとなれば、色々と思うことがあっても仕方がない。

 この事件に関わった飛鳥と優介は、互いに妙なもやもやを抱えて終わったわけだ。すっきりと解決したのに、どこか座りの悪い、そんな気分にさせられる。飛鳥の場合は高橋に告白されたり、二人の仲を見せつけられたりのもやもやだが、優介はそれ以上に嫌な気分になったことだろう。

「いいじゃねえか。これで高橋とは二度と会わなくて済む」

「ま、まあねえ」

 そんなことを言い合っている時だった。

「貴様のせいで!」

 そう叫んで飛鳥に突っ込んでくる男の姿があった。考えるまでもない、この事件の犯人の佐伯だ。その手には抜き身の刀が握られている。

「飛鳥さん!」

 咄嗟に庇おうとした優介は丸腰だ。飛鳥は馬鹿と優介の首根っこを引っ張る。おかげで鬼ならば難なく躱せる剣戟に対して反応が遅れる。そして、そんな二人目がけて佐伯が突っ込んできたが――

「ぐわっ」

 声を上げてひっくり返ったのは佐伯だった。飛鳥と優介の前には雨月の姿がある。

「う、雨月さん」

「助かった」

 飛鳥は間一髪だったなと汗を拭ったが、雨月の目は冷たい。そして

「大丈夫ですか、若」

 あえて、そう訊いた。

「・・・・・・」

 飛鳥は今それを言うかと舌打ちしそうになる。優介はどういうことだと二人を見比べている。

「この者、どこへ」

「・・・・・・藩邸の前に転がしておけ」

 雨月の問いに答えつつ、こいつ、この機会を利用しやがったなと蹴飛ばしたい気分になった。

 優介が動揺している今、飛鳥が思っている以上にただの町人じゃないと報せるようなことをするとは。

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