第21話 嫉妬は面倒

 ここまで明らかになれば、事件はずいぶんとすっきりしたことになる。

「じゃ、じゃあ、幽霊が出たのは」

 優介が高橋と藤本を見比べて、どうしてなんだと訊ねる。

「簡単さ。高橋がここにやって来ないようにするためさ。女が恨みがましく生き霊になって出てきたとなれば、高橋は一先ず女たちの元に行くしかない。その間に藤本は出家させられちまうって寸法だ。知らない間に庵から藤本がいなくなっていれば、高橋は自分の行動のせいで愛想を尽かして、説得も虚しく出家しちまったんだなって思うだけだからな。犯人の存在なんて考える隙もない」

 計画としては素晴らしいぜと飛鳥は苦笑する。ところが、高橋は優介を頼り、この幽霊は何なんだと飛鳥に相談を持ち掛けてしまった。おかげで計画が頓挫し、今、こうして幽霊事件の背後が明らかになろうとしている。

「な、なるほど。総ては高橋さんと藤本さんの恋路を邪魔するためにあったと。ああ、犯人は男だから、幽霊が出るのも男と寝る時だったということだね」

 ここまで来れば優介にだって解る話だ。なぜ藤本といた時にだけ幽霊が出たのか。それは計画したのが嫉妬している男だったからだ。

「ここまで来れば高橋さん。あんたにもこの狂言の犯人が解るだろ」

 飛鳥はどうだいと高橋を見る。高橋は驚いた顔のまま固まっていたが

「考えられるのは、同僚の佐伯殿かと」

 と一人の名前を挙げる。

「そいつとは」

「俺との関係でいえば、何もありません。ただ、祐一郎のことを嫌っていました。何でかなって思っていたら、それは」

「お前に密かに恋心を抱いていたから、か。佐伯って野郎からすれば、せっかくあれこれ工作して藤本を追放できたのに、未練たらたらなのが悔しかったんだろうなあ」

 飛鳥は色恋ってのは面倒だねえと顔を顰める。しかし、少し気になる点があった。

「そう言えばあんた、男に関してはそれほど口説いていなかったのかい?」

 一度でも佐伯の気持ちを確認していれば、ちょっとは違ったのではないか。そう思って訊ねると

「同僚となれば、そうほいほいと口説けませんよ。それに兄弟の契りは公に認められていますが、それ以降の衆道はその、まあ、特殊、ですから。そんなにおおっぴろげには、ねえ」

 もごもごと高橋は口の中で言い訳する。

 確かに衆道とは基本、少年との関係を指す。藤本との関係が続いているのもかなり特殊な方だ。本気で男を好きにならなければ続かないだろう。もちろん、その佐伯某も特殊な方で、本気で高橋を好きに違いない。

「面倒だな」

 おかげで飛鳥はそれだけしか言えなかった。



 日を改め、場所も優介の起居する松永邸の離れに移されて、事件の結果報告と幽霊がどうやって現われたかを話すこととなった。現われた藤本は髷を結い、凜々しい姿でやって来た。

「その姿ってことは、全部が丸く収まったのかい」

 飛鳥はその武士らしい姿の藤本に、その格好でも十分に色気があるもんだなと感心してしまう。

「丸く、かどうかは解りませんが、私と高橋の二人が江戸詰から本国詰めに変わることで決着いたしました」

 藤本は恥ずかしそうに首の後ろを掻きながら報告する。横にいる高橋は満足そうな表情だ。

「ってことは、佐伯某は江戸に残るのか」

「ええ。藩内でのごたごた、それも色恋の末ですので、処分をするのも妙だとなりまして。それに、殿としても藤本が傍にいてくれるのは助かると、その決着が一番だろうとなりました」

 高橋の説明に、藤本は自分の場合は特例でしたからと恥ずかしそうだ。

 それはそうだろう。結局のところ、身を隠している間も藩士として扱われていたのだ。そして殿自身が庵を与えて住まわせていた。ある意味で特別待遇だったのだ。

「いやあ、飛鳥さんに相談してよかったよ。まさかまた、こうして祐一郎の立派な姿を見れるなんて」

 高橋はそう言うと、ありがとうと飛鳥に頭を下げる。飛鳥としては、何とも妙な気分にしかならない事件だ。

「払うものを払ってくれれば俺は文句なしだ」

 だからそれだけ言って、金は弾めよと言っておく。いい酒でも飲まなきゃ割に合わない事件だ。

「それはもう、当然です。殿も感謝しておりますから、期待してください」

「ほう。そいつはいい」

 それはよかったと、飛鳥はようやく納得する。

「それで飛鳥さん。結局、幽霊ってのはどうやって見せていたんだい?」

 色恋よりもこっちが気になる優介が、興味津々に訊ねてくる。この男だけはまだ幽霊の真相に気づいていないのだ。

「高橋さんは藤本さんから聞いたかい?」

「いえ。幽霊が生身の人間だったことは解りましたが」

 あのぼやけた、しかも障子が透けて見えた幽霊はなんだったのか。高橋もまだ解っていなかった。そして

「実は恥ずかしながら、私も解っていません。あれはどうやったんですか。人がやっていることは解っていましたが、本当に幽霊かと思いましたよ」

 と藤本までそんなことを言う。

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