第20話 目的はあんただな

「まあいい。怪しいのは船で間違いなしということだな」

 飛鳥は何とか話を元に戻す。度の過ぎた好色男というのは、相手にするだけで何かが疲労してくるから困ったものだ。

「そうです」

 高橋は頷くと、乗り込んで話を聞きますかと、すでに膝を立てていた。全く以て、行動力が有り余っている。

「まだだ。その女を問い詰めても、誤魔化されたらどうしようもない。問題はその女と組んでいる藩の誰かだ。高橋、あんた、恨まれている自覚はあるんだろ。具体的に誰だというのは思い浮かばないのかい?」

 こっちが肝心だぞと飛鳥が訊ねると、高橋は誰でしょうと腕を組み、さらに首まで捻った。自分が人より好色であることも自覚しているし、それで迷惑を掛けていることも解っているが、具体的には思いつかないらしい。

「こう言っては何ですが、高橋様は誰でも好きになり関係を結んでしまいますが、恨まれる方ではございません。藩の人間ならば特に、誰もが高橋ならば仕方なしと考えると思います」

 藤本が弁護とは言えないものの、そんなことを言ってくる。飛鳥はふうんと、考え込んでいる高橋を見た。

 確かにこの男は裏表が少なそうだ。思っていることがすぐ口に出て、あっさり誰でも口説ける人間である。となると、ケンカも正面切ってのものが多いだろうし、後腐れを残すようなものはしないだろう。

「そうなると、藤本さん。あんたが恨まれていることになっちまうぜ」

 飛鳥はそこは考えているのかと藤本を見る。

「祐一郎を恨んでいる奴がいるだって!? すでにこれほど不憫なことになっているのに何故だ」

 それに思い切り噛みついてくるのが高橋だ。やはりケンカは正面切ってやるらしい。

「可能性の話だ。例えば、そうやって誰にでも好かれる高橋の気持ちを常に独占できているのが藤本だけだ。そう考えて恨んでいる奴がいるんじゃないか?」

 飛鳥がそう指摘すると、藤本は苦しそうな顔になり、高橋は目と口をあんぐりと開けている。

 どうやら当たりを引いたようだ。飛鳥はにやっと笑ってしまう。

「どうにも藤本さんの方が怪しいな。幽霊騒動にも唯々諾々と従ったようだし、出家も急に決まったようだな。どうだい? あんたは脅されて出家を決意し、さらに幽霊騒動にも付き合っていたんじゃないのかい?」

 そして一気にそう詰め寄っていた。

「あ、飛鳥さん」

 優介がそんなことあるのかと袖を引っ張ってくるが、今は無視だ。藤本は接近した飛鳥の顔に、赤くなったり青くなったりしている。

「ゆ、祐一郎。本当なのか。そんな、そんな奴がいるのか?」

 高橋はおろおろと藤本の袖を引っ張っている。その姿は本気で気づいていなかったことを示していた。

「そもそも、殿の不興を買ったということだが、本当にあんたの夜伽が拙かったせいなのか」

「そ、それは」

「本当は高橋ではなく殿様を選ぶように迫られたんじゃないのかい? ところが、あんたはそれは無理だと断った。よって、藩にいることが出来なくなった」

「それは違います」

 これに関してはきっぱり否定する藤本だ。しかし、それは翻って他の部分は合っていると認めていることになる。

「確かに殿にはお褒め頂きました。これから何度か呼ぶが良いかと訊かれ、私は断れるはずもなく頷きました。しかし、それを知った同僚が」

「嫌がらせをしてきたってことか。さらにあんたが高橋と恋仲であることも認められないってか」

 徐々に見えてきたなと、飛鳥は今度は高橋に目を向ける。その高橋は予想外な事実が出てきたことで、物の見事に狼狽えていた。

「そんな、では、祐一郎がこんな生活をすることになったのは、俺のせい」

 高橋は飛鳥と藤本を見比べて泣きそうな顔になる。

「あんたは原因だが、理由じゃねえよ。藤本さんはあんたに迷惑が掛からないように、それと、イジメてくる奴から逃げるためにここに越して来たんだ。この庵、かなりいいものだろ。ひょっとして殿様が用意してくれたんじゃないかい?」

「あっ」

 優介は言われて、そう言えばこの庵は築年数も少なそうだし立派だと気づく。どこも綺麗なのは、殿様がわざわざ用意したものだったからか。

「確かに殿が手配なさった。あいつにはここが丁度いいだろうなんて仰られて、それはすなわち、江戸が相応しくないと仰られたのかと思っていたが」

 高橋はそういうことだったのかと驚いている。

「対外的には殿様が追放したとする方がいいからだろうな。そうすれば、藩の中でも藤本が殿を満足させられなかったからだという評価で落ち着く。しかし、放逐するならば庵をわざわざ建ててやる必要はないんだ。それこそ着の身着のまま、当てもなく出て行く羽目になるはずだ。この庵は丸く収めるために殿様が折れた結果というわけだな」

「なんと。悪役を一手に担ってくださっていたのか。俺は勘違いし、殿を恨んでしまっていたのに」

 高橋はおろおろと、これにも狼狽える。忙しい男だ。感情がそのまますぐに外に出てしまうのは、なにも好色に関してだけではないらしい。

「となれば、藤本は特別待遇だ。さらに高橋、あんたは頻繁にここに出入りしていたんだろ? 幽霊が出た日は出家すると聞いて慌てて来たが、それ以外にも来てたんだよな。で、途中で宿を借りて、そこで船とも懇ろになっていた」

 飛鳥の指摘に、高橋はそうですと観念して認めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る