第19話 高橋の好みは?

 高橋がずっとこの藤本にご執心であることも、幽霊騒動を起こしてやろうと犯人が考えた要因か。とすれば、犯人は高橋の心が本当は男の藤本にしか向いていないと、好きだなんていう証文を書いた女に耳打ちしたのだろうか。

 ところで、ずっと言っている幽霊になった証文を書いたという女たちは何者なのか。ここを知らないままだった。

「その証文を書いたという女の顔の特徴を教えてくれ」

 飛鳥は高橋の前に座ると、四人の女の名前と顔の特徴を書き出すように指示した。すぐに藤本が経机にあった紙と筆を持ってくる。

 どうやら藤本は犯人に協力したものの、この事件の真相を明らかにしてほしいと願っているらしい。それはおそらく、高橋のためになると思ってのことだろう。

「ふうむ」

「どうしたんだい?」

 呑気な優介は、藤本を見ている飛鳥を不思議そうに見ている。こいつは何も気づかないのかと、飛鳥はそっちがびっくりだ。本当に、なぜ戯作者なんてやれているのだろう。今度、この男の書いている本を改める必要があるな。

「いや、出来たか?」

 今は優介ではなく高橋だ。この男も相当周囲に色んな感情を抱かせているようだし、何よりそのせいであれこれ被害を受けている藤本がいる。ここは早めにすっきりさせた方がいいだろう。

「こ、こんな感じでいいですか」

 高橋は書き上げた紙を飛鳥の方へと向ける。そこには四人の女の名前と顔の特徴が書かれていた。

「ほう。共通して丸顔でふくよかな体型ということか」

 飛鳥はその紙を見て、四人とも似たような感じなのかと気づく。これならば、最初の一人さえ何とかすれば、あと三人は誤魔化せそうだ。黒子や目つき等に差はあるようだが、幽霊というぼんやりしたものなのだ。見分けがどこまで付くかという問題になる。

「そうですね。言われてみれば」

 そして当事者の高橋は、書き出すまで気づいていなかったらしい。この男は本当に見たらすぐに口説く性質で、深く相手のことを考えていないようだ。

「男は線が細いのが好きなのに」

 でもって、優介から余計な指摘を受けている。確かに藤本にしても口説かれた飛鳥にしても線が細い。一方、女はふくよかか。

「それはその、ええっと」

 高橋は藤本と飛鳥を見比べて、困ったように眉尻を下げている。

 要するに男女の体格の差か。抱き心地として似たような感じになるには、女性は少し太め、男は細めの方がいいということだろう。飛鳥はこの男はどうしようもないなと本気で思った。

「さて、見間違いは可能なようだが、あんたはどうして四人だと思ったんだ」

「ええっと」

「そこをはっきり思い出してもらわないと、合っているかどうか判断できない。足はあるって話だったな」

「は、はい。それで、ああ、そうだ、証文を持っていました」

 高橋はぽんと手を叩く。めちゃくちゃ肝心な部分を今まで忘れていたらしい。

「はっきり見たのか」

 それに飛鳥は、本当に証文だったのかと確認する。

「ど、どうでしょう。確かにこう、文の形をした紙を大事にそうに抱き締めていて」

 高橋は必死に当時のことを思い出し、幽霊がこうやっていたと、その姿を真似して見せた。

 布団の上に正座し、文を握り締め、こちらを涙目で見ていた。

 それが目撃した幽霊の姿だという。

「ふむ。それは四人とも共通か」

 飛鳥は次に藤本と高橋を見比べながら訊く。そろそろ真相に近づいてきているが、藤本はどういうはんのうをするのだろう。それが気になったのだが、藤本は真剣な顔をしているだけだ。

 ひょっとして、どう脅かすかは聞いていなかったのか。

 飛鳥は部屋に粉を撒くということだけを事前に知らされていたのかと気づく。

「四人ともほぼ同じでしたね。それで、証文を持って涙を浮かべているんだから、この四人しかいないと思って」

 高橋も、本当に四人だったのかなと疑い始めた。

 幽霊が四度も出てくるという異常現象。さらに証文を書いた相手が四人だったこと。この二つが頭の中で勝手に結びつけられていたのかもしれない。

 しかし、顔が違うと感じた。これはどうしてだろうと首を捻っている。

「黒子は付け黒子で何とかなるし、印象の差は化粧である程度誤魔化せるぞ」

 それに、飛鳥はそこを疑う必要はないと断言する。

「ということは、ここに現われた幽霊は一人?」

 そこで優介も気づいて、そんなことってあるのかと驚いている。

「可能性としてそれが一番高いだろう。この四人の中で八王子に一番近いのは誰だい?」

 飛鳥はぽんぽんと紙を叩いた。

「ええっと、このお船さんです。住まいは確か立川です」

 それに高橋は船と書かれた女の名前を指差した。立川ならば確かにまだ八王子に近い。それに同じ甲州街道沿いだ。

「一応だが、その他は」

「ええっと、この二人は女郎なので外していいかと。あっ、もちろん女郎と言っても吉原の女郎ではないですよ。小さなところで茶屋で働く娘でして・・・・・・ええっと、もう一人は品川です」

 高橋が汗をだらだらと流しながら告白する。

 この男、行動範囲が広すぎるな。小さな茶屋というのも、朱引きの外にあるものだろう。その場にいた誰もがそう思って呆れていた。しかし、そうでなければ、昔の恋人がいるとはいえ、八王子までいそいそと出掛けないだろう。

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