第5話 ますます奇妙
「まあ、優介さん、どうしたの?」
「いや、ははっ、寝惚けていて」
昼、神田明神で落ち合った菫は、目の周りを赤く腫らした優介に驚いた。しかし、優介は詳しい事情を語るわけにはいかなかった。
もう一発、殴られる。
よほど雨月との関係を疑われるのが嫌だったのか、飛鳥は容赦なく殴り倒してくれた。目覚めた時
「二度と言うなよ」
とドスの利いた声で脅されたほどだ。冗談でも口にしてはならない内容らしい。
じゃあ、雨月とは何者なのか。それを教えてくれてもよさそうなものなのに、飛鳥はいつも答えをはぐらかす。尤も、それは飛鳥の出自に関して質問した時も同じ対応なので、飛鳥の過去に関わっているのだろうとは思っている。
「恩人なのかなあ」
結局、そのくらいの推測しか出来なかった。
「寝惚けてどうやって目の周りなんて腫れるんですか。ねえ、先生」
腫れた原因が飛鳥にあるなんて知らない菫は、飛鳥に同意を求めようとした。しかし、さっきまで傍にいた飛鳥がいない。
「あれ」
「あっちだ」
優介が境内の隅に座っている飛鳥を見つけた。その飛鳥の前には猫がいる。
「意外。先生って猫が好きなの?」
菫はその姿に目を丸くしている。しかし、しょっちゅう飛鳥と連れ立って歩いている優介には珍しくない光景だった。
「飛鳥さん、動物に好かれる体質をしているようだよ。猫や犬は必ず寄ってくるし、この間なんてカラスが肩に止まってたんだから。それがまあ大人しいカラスでね。襲いかかってくることもなく、飛鳥さんの肩で休んでいるんだよ」
というわけで、この間あったことを話したら、ますます菫は目を丸くした。
「カラス。まあ、へえ」
そして反応に困っているようだった。
まあ、カラスを肩に乗せている人なんて、江戸中探したって飛鳥以外に見つからないだろう。
その飛鳥は猫の頭を撫でている。
「でも、なんか似合うなあ。先生と猫」
菫はその光景にほのぼのし、しばらくは邪魔しないでおこうと笑っていた。
しかし、実際は可愛がっているわけではない。
「どうだ? 奇妙な誘拐事件なんだがね。目撃情報はないかい?」
飛鳥は猫に大真面目にそう問い掛けた。すると猫は顔を洗いつつ
「ないねえ。というか、あっしには人間の誘拐ってのが解りませんよ。難しいじゃありませんか、人間。それより旦那、まだ江戸にいたんですねえ。そろそろ里に帰ってどっしり構えているべきじゃないんですかい? まあ、あっしら妖怪にとって、旦那が江戸にいてくれると頼りになりやすが」
そう人語で答えた。
そう、この猫、普通の猫の素振りをしているが化け猫なのだ。飛鳥はそれを知っていて話し掛けている。
「そうかい。じゃあ、ちょっと力を貸してくれ。この先の小間物屋、知ってるか?」
「ええ」
「そこの娘が拐かされた後、無事に戻って来ている。様子を見張ってくれ。報酬は、ほら」
飛鳥はそこで懐から煮干しを取り出した。すると猫はにやりと笑い
「解りやした。見張ればいいんですね」
と煮干しを銜えて走って行った。
「よしっと」
そこで立ち上がって飛鳥は菫の方を見たが、妙に微笑ましそうな視線とぶつかることになる。猫と戯れていたと思われているせいだろう。
「待たせてしまったようだね」
飛鳥は苦笑しつつ二人に合流した。
「いえいえ」
「飛鳥さん、煮干しなんて持ち歩いているのかい?」
二人は猫と飛鳥という組み合わせが気に入ったようで、優介に至ってはそんな質問までしてきた。
「たまたまだよ。それより、小間物屋だったね」
「はい。こっちです」
こうしてようやく、被害者の家へと向うことになった。
「この辺りはいつ来ても活気があるよね。こんなところで事件が遭ったってのが不思議だね」
その道中、優介がそう言って不思議がった。それは飛鳥も思っていたので大きく頷く。
「ああ。日本橋もそうだが、簡単に犯行が行える場所ではない。子どもに騒がれては一巻の終わりだ。ということは、何か口実を使って子どもを別の場所までおびき寄せたことになるな」
飛鳥がそう推測すると
「ええ、そうです。花ちゃん、その誘拐された子ですけど、最初は道を聞かれたって言ってました。それからお礼をするって言われて、ええ、その後は楽しくて三日間もいちゃったと」
菫が先に聞き出していたことを教えてくれた。
しかし、おかげでますます事件は奇妙さを帯びた。
道を尋ねるのは誘拐の常套手段だ。だが、その後で三日間も時が過ぎるのを忘れたというのが繋がらない。しかも、十歳とはいえ子どもの興味は移ろいやすいし、親のことを思い出すだろう。それをどう阻止したのだろうか。
「楽しかった、としか言わないんだよな」
飛鳥は思わずそう確認してしまう。
「ええ、怖かったことなんて一度もなかったって。もしも可能ならばもう一度行きたいとも言っていました。でも、一回きりだよって言われたって」
「ううむ」
聞けば聞くほど奇妙な話だ。一体、誘拐犯は子どもと何をしていたのだろう。そして本当に実害のないことしかやっていなかったのだろうか。
「解らんな」
飛鳥がそう首を捻ったところで、問題の小間物屋に到着したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます