第6話 両親から聞き取り

 飛鳥は先に両親から話を聞くことにした。

 その間に菫には花のところに行ってもらい、警戒心を解いておいてもらうことにした。

 小間物屋は至って普通の日用品や雑貨を扱う店であり、被害に遭う要素は見出せなかった。居間に入ってもその印象は変わらず、可愛い娘がいたせいで狙われた。これで間違いないようだった。

「今日はお時間を頂きありがとうございます」

 飛鳥が頭を下げると、花の両親、茂吉と藤はいえいえと畏まる。

「判じ物の先生の噂はかねがね聞き及んでおります。この事件を解いてくださるのならば、協力は惜しみません」

 茂吉はそう言って、深々と頭を下げる。

「いくら花が大丈夫だと言っても、やはり不気味なんです。しかも花ったら、もう一度その犯人と会いたいなんて言うでしょ。お願いします。そいつを捕まえてください」

 さらに藤もそう言って頭を下げた。

 二人とも、ただでさえ誘拐事件で心が疲弊しているというのに、その誘拐が意味不明とあって困惑しているのがよく解る。

「出来る限りのことはいたします。さあ、どうか、顔を上げてください」

 飛鳥がとびきりの笑顔を浮かべて二人に言った。それに茂吉も藤も見惚れてしまっている。

「ずるいよなあ」

 それを飛鳥の横で見ている優介は、思わず呟いてしまう。

 いつも、この中性的な飛鳥の笑顔に依頼人は心をあっさりと開くのだ。まさに判じ物をするためにその顔で生まれてきたのでは。そう疑ってしまう。

「あ、ありがとうございます。それにしても、噂の先生がこんな美人だったなんて」

「あんた!」

 思わず正直に言ってしまう茂吉を、藤が膝を叩いて制した。

 何にせよ、場が和むことには成功した。後は詳しく聞き出すだけだ。

「それで、事件当日のことですが、花ちゃんに仕事を頼んだんでしたね」

 飛鳥の確認に、茂吉も藤も大きく頷いた。

「いつも、すぐ近所に小さな物を配達することがあると、花に頼むんですよ。あの年頃の子どもって家の手伝いに興味津々でしょ。それに櫛や鏡っていう小さい物ばかりだから、大丈夫だろうって任せているんですよ」

 茂吉はまさかそこを狙われるなんてと悔しそうだ。

「この辺は職人さんが多いものだから、配達を頼まれるのはしょっちゅうなんです。でも、遠くに行く場合は私はこの人がやります」

 藤も悔しそうだが、隣近所ならば顔なじみばかりだし、問題ないと思っていたという。

「ええ。普通に考えれば問題ないでしょう。ということは、この辺りで花ちゃんが配達を手伝っているのは有名だったんですね」

 飛鳥の確認に、茂吉も藤もそうだと頷く。手伝っているのはほぼ毎日だったという。

「いずれこの店を一緒にやっていくんだから、仕事を知るのはいいことだと思っていましたし」

 茂吉は頭を掻きながら言う。子どもはまだ花しかいないのだそうだ。となれば、いずれ婿をもらって店を継いでほしいと考えているのだろう。

「自然なことですよ。今回のことは不幸でしたが、花ちゃんもちゃんと戻って来ましたし、落ち着いたら手伝わせてあげてください」

 飛鳥はそう言って二人の気持ちを落ち着かせる。しかし、今の話で解ったことがあった。

 近所に配達に行っていることを近所の人が知っていたとなれば、連れ去りが可能だと犯人が知ることも簡単だったことになる。問題は犯人はいつそれを知り、どうやって実行したかだ

「一体どこにいたか、ですね。花ちゃんはそれに関して何も言わないんですよね」

「ええ。楽しかった、後は秘密なんだとしか言いません。とはいえ、ここらにいなかったのは確かです。花がいなくなって近所一帯は探しましたし、馴染みの職人さんたちにも聞き込みをしてもらいました。だから余計、どこにいたんだろうって」

 茂吉はなあと藤に同意を求める。藤も大きく頷いた。

「さっぱり解らないから、三日の間は遠くにいたんだと思います」

 そしてそう付け加えた。

 飛鳥もそれは同意出来る。そもそも犯行はここだけでなく、日本橋や深川でもあったのだ。犯人の行動範囲は広く、また、この三つの犯行現場付近に子どもを隠す場所がないのは確かだった。

「あと一つ、花ちゃんが戻って来てから妙なことはありませんか? 例えば、花ちゃんが男を異様に怖がるなんてことは?」

 ともかく色々と情報が必要だと飛鳥は、最初の疑惑――犯人が小児性愛者だったのでは――から導かれる疑いを口にする。

「そんなことはないですね」

 藤はどうなのと茂吉を見る。茂吉も首をふるふると首を横に振ったが、ぽんっと手を叩いた。

「そうだ」

「何かあったんですね」

「いや、怖がったってことはありませんがね。戻って来てからしばらく経って、花に訊かれたことがあるんですよ」

「ほう」

「それが、男の人でも女の格好をすることがあるの? ってもんだったんです」

「!」

 飛鳥はそれって答えを訊ねられているも同然ではないかと思ったが、茂吉はそう思っていないようだ。そして

「ですんで、歌舞伎役者ならばするぞって教えたんですよ。今度観に行こうとも約束しましたよ」

 と、何でもないように笑っている。

 飛鳥はなるほどと茂吉に相槌を打ちつつ、なるほど、女装ねと大きな手掛かりを掴んでいた。

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