第2話 奇妙な誘拐事件

「ここ最近、幼子おさなご、それも女の子ばかりに奇妙なことが起こるんだ」

「そりゃあ、俺の領分じゃなくて、奉行所に相談すべきことじゃねえかい?」

 いきなりそんなことを言い出す優介に、相談先を間違っているよと飛鳥は苦笑する。しかし、優介はそのくらいで話を止める男ではない。

「もちろん奉行所も気に掛けているさ。しかし、二日か三日いなくなった後、無事に戻ってくるんだ。それも家の前に戻ってくるんだぞ。奇妙だと思わないか」

 そう言って身を乗り出し、面白そうだろうと笑顔を見せる。飛鳥はその顔を胡散臭そうに見つめ、

「本当に無事だったのかい?」

 と訊ね返す。

「え? 戻って来たんだから、無事に決まっているだろ」

 それに意味が解らないという顔をする優介だ。

 こいつ、本当に戯作者なんてやれているのか。飛鳥は頭痛を覚える呑気さだ。ちょっと考えれば解ることじゃないか。

「世の中には、幼子を抱きたいっていう輩が存在するんだよ。見た目五体満足かもしれないが、その子の大事なものは奪われた後かもしれないぞ」

 しかし、優介にその答えが出てくるとは思えなかったので、すぐに指摘してやる。すると、優介は大いに狼狽えた顔をした。

「なっ、幼子と・・・・・・ええっ、無理だろ」

 そして一度視線を下に落としてからそんなことを言う。顔は薄暗い長屋の中でも解るほど真っ赤だ。

 何が無理か、飛鳥は解るのでにやにや笑うだけだ。

「・・・・・・無事、じゃないのか」

 答えがないので可能なのだという判断に達したらしい優介が、怖ず怖ずと訊いてくる。しかし、それは寝転んでいて解るものじゃない。それに幼子と言っているが、被害者が何才なのかも知らないのだ。

「さあな。もし無事じゃなくても親が言うわけなかろう。娘の嫁入り先がなくなっちまう」

「うっ、そうか。しかし、奇妙な性癖の男がいたとして、どうして二日か三日で戻すんだ。戻したらその、自分のやったことがバレるじゃないか」

「まあ、そうだな。戻ってくるってのは奇妙だ」

 飛鳥はようやく同意を示すと、よっこらせと起き上がった。

 短期間だけ誘拐されて戻ってくる少女か。確かに奇妙な事件だ。それに目的もはっきりしない。猥褻行為が目的としても、生かして帰す意味が解らない。

「殺したところでバレねえだろうにな。川にでも流しておけば、勝手に流されて死んだんだろうってなるのに」

 飛鳥が物騒なことをあっさり言うと

「あのなあ」

 と優介は顔を顰める。これはいつものことだ。優介はそういう血腥いことが大嫌いなのだ。

 よく戯作者なんてやっている。

 飛鳥はそれにも、職業を間違ってねえかと思ってしまうのだが、旗本の次男坊が自立しようと思うと、そういう職業敷かないのだろうと解っているので、面と向って指摘することはない。

「で、戻ってくるから奉行所は調べにくいってことか。殺しじゃないし、子どもも一応は戻って来ている。奇妙ではあるが捜査するほどじゃないってわけか」

 代わりに飛鳥は別の指摘をした。この話が自分に持ち込まれた理由はこれだろう。奉行所は気にしているものの、調べるまでの事件ではないと判断している。

「そうなんだよ。とはいえ、すでに三件、この奇妙な事件が起こっている。女の子のいる家では、夕方から夜にかけて外に出さないように気をつけなきゃと話し合っているほどだよ。被害に遭っているのが商人の娘ばかりっていうことから、用事で外に出たところを狙われているのは間違いなさそうだし」

 優介はようやく飛鳥が真面目に事件について考えてくれると解り、姿勢を正した。このままでは女の子を持つ親はおちおち落ち着いていられないのだ。しかも、子どもとはいえこの時代では貴重な労働力でもあるのだ。外に出さないわけにはいかない。

「商人の娘って、それなりに身なりのいい娘ばかりってことかい?」

 奉公人というわけではないのかと、飛鳥はそこを確認する。

「ああ、どうやらそうみたいだな。しかも近所で可愛いと評判の子が狙われるらしい」

「ほう」

 いよいよ小児性愛者が疑われるなと、飛鳥は顎を擦る。しかし、やはり家に帰す意味が解らない。そういう性癖の持ち主であれば、とことん楽しんで面倒になったら殺すだろうなと考える。

「どうだ? 気になるだろ」

「まあな。で、お前さんはそういう可愛い女の子を持つ家から依頼を受けたってわけだ」

「まあね。どうして飛鳥さんに直接言わないのかなあ。俺に話して、判じ物の先生によろしくって言うんだぜ。あっ、これは前金だよ」

 優介はそう言って懐から巾着を取り出して飛鳥の前に置いた。持ち上げてみるとずっしりと重い。中を確認すると、前金にしては十分すぎる金が入っていた。

「口止め料込みってところか」

「ああ、うん。やってくれるかい?」

 そういう態度だから優介に依頼が来るんだぞ。そう指摘したくなる飛鳥だが、自分が人とは違う鬼ゆえに、化けていても普通の人から忌避されることも解っている。こうしてたんまりお金を払ってくれるのならば文句もない。

「やろうじゃないか。さて、それよりも、金も入ったことだし飯だ。どうせ今から調べるには時間が遅い」

 いつの間にか西日が入るようになった障子を指差し、飛鳥はにやりと笑って立ち上がった。

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