第10話 『聖女』の衝撃な事実




 "キーンコーンカーンコーン"


 そしてお昼休み。休み時間になって間もないというのにもかかわらず、廊下には既に生徒の話し声が僅かに響いていた。きっと先生の誰かが早めに授業を切り上げてくれたのだろう。正直とても羨ましい。


 俺はゆっくりと深呼吸をしながら凝り固まった体をほぐすように両手をぐーんと宙へと伸ばした。



「んー、やっと昼休みだぁ……!」

「千歳、早く弁当食おうぜ」



 前の席に座る浩太に軽く返事をして弁当を取り出す。


 ふと周りを見てみると、教室にいるクラスメイト達はやっと一日の前半が終わった開放感からか喧騒けんそうに包まれていた。席をくっつけて元気に駄弁りながら弁当を食べようとしている女子や昼食替わりの携帯食をサッと食べて体育館で行うバスケの人数を募る男子、昼食も食べずに黙々と食事を続ける生徒など様々だ。


 さて、と息を吐いて視線を戻した俺は弁当包みの結び目をほどいていると、視界の端にこちらへとやってくる二人の女子の姿が見えた。



「おまたー」

「ふふふっ、お邪魔します」



 抑揚のない声と弾んだ声が降りかかる。その声の主は一人はいつも一緒に食べている雪音さん。そしてなんと、もう一人は柔かな笑みを浮かべる春川さんだった。彼女らは空いていた俺らの隣の席に座ると、机の上に大きい弁当包みをゆっくり置いた。


 斜め前の席に座った春川さんの姿に、思わず胸が高鳴る。



(うわ、朝はあまり実感なかったけどあの『聖女』と呼ばれている春川さんがこんなにも近くにいる……! 大丈夫かな俺、いくら彼女のことが好きでも中学生みたいに顔真っ赤になってないかな? あぁだんだん緊張してきた、上手く噛まないで話せればいいんだけど……。っていうか好きな人とはどう会話すればいいんだっけ!?)



 正直に言うと、まだあまり現実味が無い。今までただひっそりと眺めるだけだった春川さんが何の取り柄も無い陰キャな俺なんかと友達になって、こうして一緒に昼食を食べるようになるなんて。


 "事実は小説より奇なり"ってことかな?



「いやー、こうして同学年でも美少女二人が並んでいる姿を見ると新鮮だわなぁ。さしずめ『凸凹コンビ』ってところか?」

「ダッサ」

「死ね」

「あはは……、だいぶ個性的なネーミングセンス、ですね……?」

「その優しさが辛い……っ。もういっそのこと埋めてくれぇ……!」



 某漫画ボクサーのようにサラサラと白い灰になる浩太。美少女二人から冷たい視線と生暖かい目を向けられている現状に同情しつつ、俺はポンと優しく肩に手を置いた。


 うわやめろ野郎がそんな情熱的な眼差しをしてこっち見んじゃない。



「大丈夫だよ、浩太」

「千歳……!」

「例え埋めても生まれ持ったセンスだけはどうしようもない。もうここは来世に望みを託そう?」

「お前から誠意の籠った慰めを期待した俺が馬鹿だったよッ!!」



 涙を流しながら咆哮した浩太は菓子パンの袋を思いきり開けると、勢いよく噛み付き咀嚼する。続いて紙パックのコーヒー牛乳にストローをぶっ指すと、ズゾゾ……ッ!!と咽喉を潤していた。えぇ、そんな荒ぶらないでよ軽い冗談じゃん。


 ……まぁ話を戻すと、やっぱり薄々前から思ってたけど浩太のネーミングセンスって致命的だよね。こんな可愛い二人のことを"凸凹コンビ"とかお前関西人か昭和かよ(偏見)。


 俺は気を取り直して弁当を開けようとすると、ふと視線を感じる。顔を向けて教室中を見渡してみると、クラスメイト達がちらちらとこちらを見ていた。ひえっ。


 俺、雪音さん、浩太のいつもの面子の他に一人女子が加わっている、しかもそれが『聖女』だったというクラスメイトの好奇的な視線に硬直した俺はそっと視線を戻す。

 陰キャゆえ若干注目されていることに内心ビクビクとしながら知らんふりをした俺は頑張って『聖女』に声を掛けた。



「…………そ、そういえば春川さん」

「はい、なんでしょうか?」

「今日はいつも一緒に昼食を食べてる友達と食べなくて大丈夫? 後で何か言われない?」

「あぁ、そのことでしたか。なっしーさん達にはちゃんと断ってきたので問題無いですよ。今後ずっと一緒に食べないという訳ではありませんので、お気に為さらないで下さい」

「そ、そっか……!」

 


 因みになっしーさんというのは高校入学時から既に春川さんと仲良くなっていた女生徒で、本名は"梨川なしかわ すみれ"。あの春川さんと話すきっかけにもなった一年の頃の文化祭の出し物を決めるグループの中にいた女子である。


 あれから軽いお悩み相談を受けたり、二年に進級した現在では残念ながら隣のクラスになってしまったけど、きっと彼女の陽キャな明るさは健在だろう。


 なお、春川さんがだいだいいつも梨川さんとその他女子と一緒に昼食を食べに隣のクラスに行くと、サッカーの試合のような大歓声が聞こえるのは余談。


 春川さんは気を取り直すように両手をパン!と叩くとにこやかにその綺麗な唇を開いた。



「ではさっそくお弁当を食べましょうか。私、昨日から皆さんと一緒に昼食を食べるのを楽しみにしてたんです!」

「昨日からってことは、雪音さんと放課後に屋上で話したときに決めたの?」

「はい、私が是非にと鈴原さんにお願いしたんです。そしたら鈴原さん、快く了承して頂けて」

「いっとくけどもぐもぐ仕方なくだからもぐもぐじゃなきゃ誰がアンタなんかともぐもぐ食うかばーかもぐもぐ」

「ってなんだかんだ言って雪音さんもう口いっぱいに頬張ってた!?」



 もきゅもきゅと素知らぬ顔で咀嚼する雪音さん。見慣れた巨大お弁当箱に入っている美味しそうなおかずとご飯が次々と雪音さんの胃袋に吸い込まれていく様子を見ながら、俺は思わず頬を緩めた。


 ほら、たくさん食べる女の子って良いよね。見ててすごい気持ち良い。あと可愛いし眼福。



「むぅ、私も負けていられませんね……。さて、私もお弁当を頂くとしましょうか」

「「おぉーー」」



 ようやく春川さんのお弁当が満を持して登場。俺と浩太は改めて見るその大きさに感嘆の声を洩らした。そして何故か違和感。


 風呂敷らしき包みから出してきたのはお正月とかでよく見る二段重ねの重箱。黒い漆器に金色であしらわれた花柄の紋様はとても煌びやかで綺麗だ。……え、普通の高校生ってこんな豪華さが伺えるお弁当持ってくるっけ?


 四角の蓋をパカリと開けると、そこにあったのは雪音さんの弁当に負けず劣らずの内容のおかずがあった。肉団子、唐揚げ、鶏肉の照り焼き、焼き鮭、きんぴらごぼう、ブロッコリー、ほうれん草の胡麻和え、プチトマトなど結構な種類のおかずバリエーション。

 焼き鮭の横なんかには鮮やかな紅色をした枝状の素材なんかがある。え、何その料亭味のある食材。


 春川さんは変わらぬ笑みで箸を持ち両手を合わせるも、俺の内心ではその違和感が言葉になりつつあった。



「ではいただきま―――」

「ちょ、ちょっと待って春川さん!? お弁当を見た上でいくつか聞きたい事があるんですがよろしいでせうか……?」

「? はい、なんでしょうか……?」



 俺の突然の質問にこてんと首を傾げる春川さん。耳に掛かる長い黒髪がさらりと揺れた。



「えっと、春川さんってもしかして超お金持ち…………?」

「いえいえそんなそんな、いつも忙しい両親に替わって料理していたら徐々に上達しただけですよ。ま、まぁ今日は秋村くん達と一緒に食べるので張り切っちゃいましたが……」

「うぇ!? あ、そ、そっか……! う、嬉しいなぁ……!」



 やばい、にやけが止まらない。あの『聖女』と呼ばれる春川さんが俺!(強調)らの為にお弁当作り張りきっちゃうとかとんでもなく可愛いでしょ。うぇへへ、うぇへへへへ。


 ……いや俺気持ち悪ぅッ!?



「…………あのさぁ千歳。春川さんの言うことを額面通りに受け止めんなよ?」

「ん、どゆこと?」

「お前が質問した時からまさかと思っていたが、やっぱり知らなかったか……。お前それでも好―――」

「あー、あー!? それでいったいどういうことなんだ浩太ァ!?」



 春川さんの前で彼女のことが好きなことを浩太にバラされる直前に、俺は何とか言葉を遮り続きを促す。


 すると、ご飯を口へ運びもきゅもきゅと咀嚼してごくんと飲み込んだ雪音さんがこう言葉を続けた。



「―――SエスRアールコーポレーション」

「……え?」

「スプリング・リバー。千歳、日本語に直すと?」

「春、川…………。え」



 その名を聞いた俺は思わず茫然とする。


 え、え、嘘……!? だってSRコーポレーションといえば、日本でも広くから愛されている世界的有名香水メーカーの名前じゃ……!?


 俺は恐る恐る春川さんを見つめる。そして浩太と雪音さんから言われた内容が本当がどうか、彼女に静かに訊ねた。



「春川さん、それホント……?」

「えへへ、はい。実はそうなんです……!」



 はにかむ春川さんから告げられた衝撃の真実。どうやら俺の初恋の人は超お金持ちのお嬢様だったみたいです。


 なんてこったい(白目)。




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『聖女』と呼ばれるクラスメイトの真面目清楚系美少女が陰キャな俺に恋愛相談してきた件。 惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】 @potesara55

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