第9話 桜の匂い







「鈴原さんは、背が低いことを気にされているのですか?」

「……だからなに?」

「あぁいえ……、でもそうですか。…………うん」



 春川さんは何か納得するような表情を浮かべた後、雪音さんに手招きをする。雪音さんは無表情ながらも怪訝な顔をしながら渋々従った。どうやら春川さんが雪音さんの耳元で何かを囁いているようだ。正直少しだけ……ううん、すごい羨ましい。


 すると雪音さんはびくりと肩を震わせる。どうやらそこでこしょこしょ話は終わったみたいだった。


 瞳を僅かに見開いた雪音さんは春川さんへ顔を見上げると、彼女は『自信を持って下さい』とでも言うかのように雪音さんへ頷くと共に微笑んでいた。その姿はまさに迷える子羊を導く『聖女』のよう。


 そうして雪音さんは瞳を僅かに揺らした後、意を決したかのように俺の方へ視線を向ける。艶のある銀髪がはらりと揺れ、小さな顔と横髪から覗く両耳は紅葉のように真っ赤に染まっていた。


 彼女は制服のすそをギュッと掴みながら、何故か緊張気味に声を出した。



「ちっ、千歳……! 聞きたいことが、ある……!」

「え、う、うん。どうしたんだ雪音さん?」

「た、例えばっ、千歳は、自分の恋人の背が低くかったら…………いや?」

「へ…………?」



 え、何その質問。これまで恋人なんていたことないんですが。彼女いない歴=年齢なんですが。いったい春川さんは何を雪音さんに囁いたんだい?


 でも例えばかぁ……。よし、想像してみよう。俺の知っているアニメキャラやラノベヒロインだと現実味が無いから現実で例えて…………うん、ここは俺なんかで申し訳ないけど目の前にいる合法ロリっ娘である雪音さんがいいかな! ホントごめん!


 もし俺の付き合ってる彼女が雪音さんだったら……うん、答えは決まってるね。



「―――全然嫌じゃないよ。だって好きだから」

「んきゅ……っ!」

「恋人になるっていうのは、互いに好き合うってことでしょ? 例え恋人の背が低くても、俺はそれ含めてその恋人が大好きになってるんだろうし……。少なくとも俺は、相手を好きになるのに身長はまったく関係ないよ」

「――――――!」

「本当に大切なのは、相手を想う"気持ち"じゃないかな」



 一目惚れ、運命の出逢い、何気ない日常……。それこそ誰かを好きになるきっかけなんて様々だ。なんせ俺なんて春川さんと一度だけ会話して微笑みかけてくれただけだぞ? 俺チョロっ。


 まぁ人によっては身長差も好意のきっかけになる場合もあるけど、俺は違うとだけ言っておこう。


 ……さて、先程の雪音さんの質問が春川さんの指示のものか、それとも雪音さん自身が本当に聞きたかったことかは分からないけど、こんなものでいかがでしょうか?


 ―――って、雪音さん無表情のままフリーズしてる!? 心なしか負のオーラも消えてふわふわしてるような……?



「お、おーい雪音さん? 返事が無いとさすがに恥ずかしいんだけど……?」

「……ハッ。ごめん千歳。一瞬お花畑が見えてた」

「昇天しかかってた!?」

「うん、ある意味。ありがと千歳。もう低身長なんて気にしない。毎朝牛乳も飲まない。うおー、気力と元気が湧いてきたー」

「よ、よかったね……?」



 無表情でぺたんこな力こぶを見せつけてくる雪音さん。自分で低身長という地雷を踏み抜いたときはどうしようかと思ったけど、元気が出たみたいで良かった。あとさり気なく毎朝涙ぐましい努力をしてたんだね……。


 そして雪音さんは今まで俺らの様子を見守っていた春川さんの方へ振り向くと、ぼそっとした声で呟いた。



「……………………ありがと」

「ふふふっ、どういたしまして。だって、昨日約束した・・・・じゃないですか」

「……ふん。じゃ、またあとで」

「あ、あぁ、うん……?」



 そのように言葉を交わすと、雪音さんは教室真ん中の自分の席へと向かって着席した。


 あれからクラスメイトの喧騒が増えたことに気付き、教室の時計を見る。俺らが話している間にいつの間にか時間が経過していたようで、もう既に朝のホームルームが始まるぐらいの時間になっていた。


 すると頃合いを見計らったのか、俺の席の側で立っていた春川さんが色付きの良い唇を開いた。



「さて、それでは私も自分の席に戻りますね」

「あ、あの春川さん……? 約束って……?」

「うーん、そうですね……」



 約束、というのは十中八九じゅっちゅうはっく昨日の放課後の屋上でのことだろう。春川さんと雪音さん、二人はあのあと何を話して約束したのか気になって俺は最後に春川さんに訊ねるけど……。


 彼女は最初こそ困ったように眉を曲げるも、やがて片目をパチリと閉じてこう答えた。



「―――ふふふっ、乙女おとめ秘密ひみつですっ♪」



 その端正な顔にお茶目な笑みをたたえたのち、ここから離れた廊下側の前方にある自分の席へと向かった春川さん。


 すると、昨日と同じく空気と化していた浩太が小さな声で何かを呟いた。



「……面白くなってきたな」

「ん、なんて?」

「いんや、なんでもねーよ」

「……?」



 変なヤツだな。


 俺は首を傾げるもそこでちょうど良くチャイムが鳴ってしまった。担任の先生が教室に入って来たのを境にぞろぞろと自分の机に座り始めるクラスメイト。それを眺めていた俺は頬杖を突きながら小さく息を吐いた。


 ―――これから本格的な夏が始まる。だけれども一人の少女の姿を想うと、心なしか桜の淡い匂いがした。








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べ、別にこれで完じゃないですからね……?


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