スヌゞヌQ

赀星士茔

🍣

 回らない寿叞があるずいうのは、知識でのみ知っおいる。


 日本人でありながら回転寿叞以倖のお寿叞屋さんに僕は足を螏み入れた経隓がない。螏み入れた経隓がないから、神聖なる象殺しモケヌレムベンベみたいな未知なる物の蚀い方になっおしたう。


 毎日ゞムに通う途䞭にも炯々けいけいずした看板があり、数え切れないほどその偎を通り過ぎおいる。それにも関わらず、回らない寿叞屋に入る自分の姿がどうしおも想像できないでいた。

 小さい頃からスヌパヌにあるパックの握り寿叞を食べお満足しおいたし、付き合いで寿叞を食べに行く知人が皆無だったのもあるだろう。その為か知らず知らずの内に敷居が高く聳そびえ、赀坂離宮での晩逐䌚ぐらいに分䞍盞応な堎所だず感じるようになっおしたった。


 回らないお寿叞屋さんに入る際の瀌儀䜜法や盞堎の倀段。

 そういったルヌルが䞀切合切刀らない。薔薇の花束を抱えお跪き、奜きな子から亀際を承諟しょうだくされるかのように、及第点をクリアしおいないず入店を蚱可されないのではないだろうか。


 みすがらしい䞇幎ゞャヌゞ姿の身嗜みだしなみで赎けば、それだけで「䞀芋さんお断り」ずいう倧倉䟿宜べんぎな蚀葉を济びせられ、薄汚れた野良犬の劂く远い払われ、぀いでずばかりに軒先ぞ盛倧に塩を撒かれおしたう犍殃かおうな運呜が埅ち受けおいるに違いあるたい。このたただず勝負の舞台に立぀チャンスにすら恵たれない。


 私芋だが、高玚レストランず同じ様にドレスコヌドがあるのだ。

 仕立お屋テヌラヌでオヌダヌメむドした玺色のスヌツ。糊付けされ、アむロンが掛かったタヌンブル&アッサヌのワむシャツ。りィンザヌノットに結ばれたシルクのネクタむ。スむス補の腕時蚈を手銖に巻いお、ベルトの色合いに䜵せた革靎ブヌツを履いおいく。ブランドロゎが入った長財垃を内ポケットに忍ばせ、䞍枬の事態に備え、ファむトマネヌも十二分に甚意しおおかなければならない。胞ポケットをハンカチで食るのも勿論怠っおはいけないし、袖そでに付ける癜金のカフスにも泚意を払う。


 入念に戊う準備ず枛量を枈たせ、意を決しお回らない寿叞屋の匕き戞を開け攟ち、鉄壁に立ちはだかる暖簟のれんをかい朜くぐる。茝かしい店内に入った瞬間、調理堎にいる寿叞職人の鋭い県光が党身をくたなく貫いおいく。

 魚垂堎うおいちばを長幎芋おきた目利めききの厳しい県が、客人ずしお店の敷居を跚ぐのに倀する人物か吊いなかを芋極めようずしおくる。

 緊匵が僕の背筋を走り抜け、さっきたで有った気抂が阻喪しおいく。萎瞮いしゅくする内心をひた隠すように、店の匕き戞を閉じた。


 もう戊いは始たっおいる。

 奥のお座敷に䞊がるかで迷ったが、閑散かんさんずしたカりンタヌぞ突き進むず、背もたれのない怅子に腰を萜ち着けた。これで配膳はいぜんする手間がひず぀省けるだろう。

 時折、そんな䜙蚈な気遣いで倱態を挔じ、最悪困難な事態ぞ陥るこずがたたある。

 その郜床恐れ、謝眪し、反省し、悔やみ、倜も眠れずに倱敗を延々反芻する。

 次は気を぀ければいいずいう楜芳的な芋通しが慰めにもならない。蓄積されたダメヌゞで将来ぞの䞍安が増すばかりだ。ふずした善意や垌望が空回りしだす。己の図々しい欲求に気付かず、O・ヘンリヌが曞いた魔女のパンの劂く䞊手くいかない。


 思いのたた生きおいくのが難しく、䜕もしないで生きおいく日々さえ叶わない。そんな曖昧な存圚意矩レゟンデヌトルを自分で決めなければならない。


 それほどに、これから出される寿叞はお箞か。それずも玠手で取るべきか。

 そんな些现な刀断で逡巡するも玙袋に入った割り箞は、店偎が甚意した陥穜フェむントである可胜性が高い。お吞い物や裏メニュヌの賄たかない料理にしか䜿甚を蚱されない暗黙の了解マナヌがあるのだ。昔ながらの寿叞屋にメニュヌ衚なんお莅沢な物は存圚しない。壁䞀面に魚蟺の挢字ばかり曞かれた朚の立お札がビッシリず䞊んでいるのに、倀札が䜕凊にも芋圓たらない。食べた皿の圢ず枚数でおおよその倀段を知るこれたでの垞識は通甚しない。

 解らない、知らない事柄ばかり増え萜ち着かない。


 芋習いさんが脇からお茶ずおしがりを出しおくれたので、お瀌を蚀い軜く䌚釈した。

 高玚レストランで出されるミネラルりォヌタヌず同じくお茶代が䌚蚈に加算されるのだろう。チャヌゞ料も取られおいるはずだ。お茶も寿叞甚に特化された茶葉が䜿われ、回転寿叞の様に備え付けの配管からお湯を汲むセルフサヌビスではないから、氎分補絊がどの皋床可胜かむンタヌバルを蚈算する必芁がある。

 二杯目のお茶は飲み終わっおから頌むべきか。それずも客人がご飯をおかわりする時の䜜法みたく、䞀口分だけの量を残すのが瀌儀なのか。綺麗に磚き抜かれ、ぬらぬらず光沢を攟぀湯呑みから䌝わる枩床が掌に染み枡る。鉄は熱いうちに打おずいうから、熱いお茶も熱いうちに飲み切るのが最善ベタヌ。

 ここはオヌ゜ドックスに攻めおいこう。ベスビオ火山のように熱い煎茶せんちゃに口を぀け䞀気に飲み干し、すかさず二杯目を芋習いさんに頌んだ。


 ここでようやく「ラッシャむ。䜕を握りやしょう」ず、職人の嚁勢のいい声を聞く。

「䞀人前。適圓に握っおください」ず倧鏡の前で緎習した蚀葉で僕は答えた。

 逅は逅屋ず昔の人は䞊手い事を蚀った。困ったら盞手に䞞投げし、任せおしたえばいいのである。

 仕事を䞎えられた職人は䞀人前ですねず埩唱し、僕はお願いしたすず応えた。


 远い出される懞念が払拭され、若干安堵する。出来䞊がるのを埅っおいる間、僕はおしがりに包たれたビニヌルを砎いた。そこで现く癜い垃が幟重にも、僕の䞡拳に巻き付いおいるのに気が付いた。


 はお 䜕故自分はスヌツに䌌぀かわしくない、こんなけったいな代物を拳に巻いおいるのかず、垃地を眺めながら思案する。怪我をした蚘憶はない。しかし、ここたで来お今曎めくり取るのも面倒な話だ。寿叞を食べるのに䜿うのは、垃が巻かれおいない指先だけ。邪魔にはならないだろう。


 そう考えを切り替え店内を芋枡す。

 挔歌や歌謡曲ずいったBGMはなく、テレビも眮いおいない。お酢のすっぱい芳銙が埮かにする。お酢の匂いで家族ず手巻き寿叞をした思い出が蘇る。母から、お櫃ひ぀に入った酢飯を冷たすのに毎回団扇を手枡されるのだ。酢ず混ざったご飯を団扇で扇いで冷たしおいく。扇颚機での代甚を䌁むものの、手巻き寿叞の日は毎回忘れおしたう。無我倢䞭で腕を振り、限界を感じおから自分の理想を脳裏に思い描く。


 寿叞。江戞時代の握り寿叞は拳倧のおにぎりよりも倧きかった。それが掗緎されおいき、珟圚の食べやすいサむズになり、その分皮類を倚く楜しめるようになった。

 栌闘技で䟋えるなら柔術が柔道になった際、ルヌルが瞛られおいった。ルヌルずいう新たな枷かせが技術を特化、革新させおいく。打撃が犁止され、垯より䞋ぞのタックルが反則ずなっおしたっおも、投げ技はより耇雑に高床になっおいく。


 職人さんの無駄のないフットワヌク。高䞋駄のステップが床を鳎らす。仕事の反埩、効率化、そしお飜くなき探求。寿叞がアメリカでカリフォルニアロヌルを産んだように、料理ずはバリ゚ヌションが増え続ける文化だ。終わりなく倉容し続ける。分量や調理方法に正解はない。ただのファヌストフヌドだった寿叞が、時代の倉化や堎所によっおは高玚料理に倉わっおしたう。

 そもそも寿叞は回転しなかった。ドロヌンで空から運ばれもしなかった。遺䌝子組み換えでサバがマグロの味に倉わりもしなかった。


 昭和の時代、かがんだ状態で前に跳び続ける兎跳びずいうトレヌニングがあった。いたでは䞋半身を痛めるだけで効果がなく、根性論の悪しき颚習ずしお知られおいる。根性自䜓は悪くない䟡倀芳なのだが、疲匊ひぞいするだけの無駄な努力が倚く、怪我をしお再起䞍胜リタむアずなる人間が昔は埌を経たなかった。近幎の超回埩やバヌンアりトの抂念もただ比范的新しいのかもしれない。


 少ない回数で最倧限の負荷をかけ、瞬発力を鍛え䞊げる。䜎酞玠マスクで培った血液によるドヌピング。タむ料理によるスタミナ増匷。動画サむトによる詳现なレクチャヌ。より具䜓的に。的確に。怪我をせず。軟骚を擊り枛らさず。絹ごし豆腐より匱いメンタルも厩さず。

 実戊で最倧限のパフォヌマンスを匕き出すにはどうすればいいか。鏡やカメラを䜿いフォヌムの調敎を䜕千回も費やし、考え続ける。料理ずスポヌツは科孊の領域に達し、人類の限界を匕き延ばしおきた。いたたで垞識だったものが、明日には進化しおしたう。僕に出来るのは盎前たで察策を緎り、必死に虚勢を匵るだけ。珟圚も昔もそれは倉わらない。

 たずえ倱敗しおも、䜕床だっおやり盎せばいいのだ。


 寿叞䞋駄に乗った赀身の握りが二぀出おきた。

 ふた぀で䞀貫だったり、ひず぀で䞀貫だったりず店によっお数え方が異なるず聞いたこずがある。䞀本でも人参。そんな曖昧な䌝統は今埌も統䞀されはしないだろう。小皿に醀油を差し、おしがりで䞹念に指を拭う。これで食べる準備は敎った。ここたで手抜かりはない。いただきたすず䞀声かけるず、職人は黙っお頷いた。


 研鑜けんさんが成功を育んでいく。

 成功は栄光ず同じ茝きを攟぀。僕はその栄光を指先で掎み取る。

 ネタに醀油を付け、ゆっくりず頬匵る。口の䞭に勝利の味が広がっおいく。


 勝利の味が広がる  。そのはずだった。



 酷い味がした。

 思わず手で口を芆い無理矢理嚥䞋しようず詊みるが、歯に酢飯がぞばり぀いおうたく飲み蟌めない。

 ずおもじゃぁないが食べ物ずは思えない味だった。圢容し難いストレスで喉のヒステリヌ球が悲鳎をあげる。醀油や山葵わさびの味すらせず、鉄ずぬるい枩床の唟液が口の䞭でねっずりずしおいる。生呜の営みを凝瞮した名状し難い䞀品を味わされおいる。回らない寿叞屋で出されるマグロず銀シャリは、こういった味付けなのだろうか。カツオのタタキを食べたずきに焊げた郚分が苊く感じたこずがある。しかしこれは、この味はダメだ。危険だ。臎死量を感じるヘモグロビンだ。これがセオリヌなのか。それずもアりェヌによる掗瀌なのか。芋䞊げるず寿叞職人の顔が偉倧なヘノィヌ玚王者ロッキヌ・マルシアノに芋えおくる。遠くで歓声が聞こえおくる。どうしお寿叞屋にギャラリヌの歓声が䞊がるのか。どうしお僕は赀いボクシンググロヌブを䞡手に嵌はめおいるのか。店内の照明が随分ず眩たぶしい。


 振り返るず入っおきた堎所が応然ず消えおおり、巚倧な信楜焌しがらきやきのタヌキが鎮座しおいた。未だに良さが理解出来ない民芞品が、僕をを斜めに銖を傟げお芋぀めおいる。぀い自分も連られお銖を傟けおしたったが、ここから急いで逃げ出し口の䞭の物を吐き出したい。呌吞がしにくい。酞玠が薄い。二杯目の頌んだお茶がただ来ない。


 倖食をしお思うのは、店䞻を怒らせお远い出されるのず、食い逃げずでは意味合いがだいぶ違うずいうこずだ。だからわざず怒らせお远い出されたら食い逃げには圓たらないのだろうかずいう道埳的に問題がある疑問がよく浮かぶ。

 しかし、いたはそんな倫理よりも、急いでお勘定を枈たしたいのにレゞが䜕凊にも芋圓たらない。グロヌブが邪魔しおスヌツの内ポケットから財垃をうたく取り出せられない。回らない寿叞屋にはレゞがないずいう新たな知芋を埗るが、いや、そんなバカな話はないず考えを吊定する。あっおたたるものか。


 怅子から立ち䞊がるず、お座敷から僕ず同じグロヌブを装備した芋習いの男たちが接波のように溢れ出お、殎りかかっおきた。

 本胜的に䞡腕を構え、䞀人ず぀正確に電光石火の拳で顎を打ち抜き薙ぎ倒しおいく。倒しおも倒しおも珟れる。次第に店内は倒れた芋習いさんで床が埋たっおいく。修矅煉獄ず化した寿叞屋に救いを芋出せそうにない。誰の助けも借りられない。だから自分の力を粟䞀杯出し尜くすしかない。力尜きるその瞬間たで虚勢を匵り続けるほかない。根性なんおたるでないたた。孀独を抱えルヌティンを繰り返す。もっず䜙裕が欲しい。酞玠が欲しい。息が詰たる思いをするのは昔からだったが、しっかり深呌吞できるだけの時間ず䌑めるだけの䜙裕が欲しい。お茶は。次のむンタヌバルはただか。


 無我倢䞭で五癟人は殎り倒しただろうか。

 芋習いず蚀えど所詮は玠人。僕ずはトレヌニングの量ず戊っお来た経隓が違う。最埌の芋習いを枟身の巊ストレヌトで仕留めるず、チャンピオンベルトを腰に巻いたヘノィヌ玚王者ロッキヌ・マルシアノが幜鬌の劂く立っおいた。

 いくら努力しおもブルックリンの高性胜爆匟ブルックリン・ブロックバスタヌ、生涯無敗49戊49勝の偉業には到底敵わない。そのうえチャンピオンベルトたで装備されおは、ボディを攻撃しおもダメヌゞにならないではないか。それなら僕だっおヘッドギアのひず぀でもしおから戊いに挑みたかった。

 勝぀ために研鑚を積んでいく。だずいうのに、頭を悩たす䜙蚈な物が日垞には倚過ぎる。日々の生掻や金銭や健康や人間関係や自分の将来すら投げ打っお、県前の匷敵に拳を振るっおいく。


 床は倒れた芋習いさんで足の螏み堎もなく、暪たわる肢䜓の䞊に立぀しかなかった。ロッキヌずの階玚がだいぶ違ううえ、ヘロヘロなこの身䜓では小突かれただけで吹き飛んでしたうだろう。盞手の出方を探る。倒すのに必芁なパワヌをスピヌドず手数で補うにも、スタミナがもうない。ロッキヌの腕は䞞倪のように倪くリヌチは短いかもしれないが、ヘノィヌ玚の拳だ。圓たったら死んでしたうかもしれない。攻撃を躊躇しおいるず、ロッキヌは遠慮なく距離を詰めおきた。

 慌おお埌退する。するず、そのたた息を吹き返した芋習いたちに手足を掎たれおしたった。䞇事䌑すである。


 ロッキヌは「スピリットが足りないな」ず蚀うず剛腕を振るった。

 匷烈な右フックスヌゞヌQだった。


 枯れ葉のように吹き飛ばされ、タヌキの眮物がなぎ倒されお壊れおいく。

 粉々になっおいくタヌキ。3幎前に閉店しおしたった叔父さんの店の蕎麊屋を思い出す。

 いたは曎地にされ、駐車堎になっおしたった。売られるこずなくショベルカヌによっお砎壊された信楜焌きのタヌキ。県に映る壊れた砎片が日々の努力の脆もろさを際立たせる。

 隣に回転寿叞のチェヌン店が出来お半幎だった。蕎麊では寿叞に勝おないのか。蕎麊では。


 叔父さんが䜜る倩䞌は矎味しかった。

 蕎麊アレルギヌになっおしたい、新しい人生を歩んだ叔父さん。

 蕎麊の宅配に䜿っおいたスヌパヌカブをくれた叔父さん。

 高校で通孊に䜿い、おかちもちにお匁圓入れお教宀に持っおいったら凄くりケたけど。先生に怒られたけれど。クラスの奜きな子がケラケラず笑っおくれたから、ただもうそれだけで、孊園生掻ずしおは充分䞊等な想い出じゃないか。

 そんな些现で幞犏な思い出ず䞀緒に、寿叞屋ぞ挑んで死んでいくのだ。


 芖界が眩しい。汗ず涙でがやけおいく。

 歓声が聞こえる。寿叞屋にギャラリヌがこんなに  っお、いいや違う。

 ここは寿叞屋でも、デヌトスポットでもない。四角いリングの䞊だッ

 尻逅を぀いお、ようやく我に返った。蝶ネクタむをした恰幅のいいレフェリヌが、倧声でカりントを数え始めおいる。


 僕が食らったのはマグロでもたしおや右フックスヌゞヌQでもない。

 䞋からの鮮烈なアッパヌだった。構えた䞡腕の僅かな間隙を瞫っお顎先を打ち抜かれ、5ラりンド開始早々意識が吹き飛ばされおいた。シナプス䞭枢ちゅうすうから朜んだ欲望が、焌き付けるようにリングを照らす照明に圓おられ癜昌倢を芋せたのだ。蝶のように浮぀いた意識が舞いあがり、理䞍尜かず芋玛うほどに蟛いトレヌニングの日々が蜂のよう胞を突き刺しおいく。


 魑魅魍魎めいた重力が僕をマットぞず匕き摺り蟌む。

 党力で抗あらがい、ふら぀きながらもロヌプに右腕を匕っ掛けお立ち䞊がる。口の䞭で柱よどんだ唟液ず血の混ざった味がする。ファむティングポヌズを取るずレフェリヌの䞡県を芋据えお二回頷いた。ポむントは盞手の優勢。この手痛いダりンから巻き返したい。慌おず基本に忠実に。そしお冷静に。

 故意にせよ偶然にせよ、前のラりンドで偎頭郚に゚ルボヌされた恚みは氎に流そう。


 䜙蚈な考えず鈍痛を振り払い、詊合に集䞭しなければならない。

 オヌダヌメむドのスヌツを仕立おお貰わなければならない。

 チャンピオンのゞャブを巊にかわす。

 糊付けされたタヌンブル&ワッサヌのワむシャツも必芁だ。

 右フックからショヌトアッパヌ、巊ストレヌトのコンビネヌションを繰り出す。

 シルクのネクタむなんお我が家のタンスにはなかったはずだ。

 懐に入られ、すかさず打ち䞋ろし右チョッピングラむトを攟぀。

 革靎はどうしよう。そうだ、高校の時履いおたロヌファヌを凊分しなければ。

 巊腕で軌道を反らされ、ダッキングからボディブロヌを易々ず貰う。

 衝撃で身䜓が宙に浮く。䞖界党䜓を憎悪で染めたくなる。


 寿叞を食べる芋積もりが嵩んでいく。

 ファむトマネヌがもっず必芁だ。゚ンゲル係数が深刻だ。

 ダメヌゞを懞念するべきなのに、詊算するので頭が混沌ずしおいる。

 王者猛攻に心底うんざりしながらも身䜓は緎習通り過敏に反応し、拳が圓たるむンパクトの瞬間、腹筋に党身党霊の力を持っお耐え忍んでいる。それなのに、どうでもいい思考が付き纏うようにフル回転する。雑念が倚い。煩悩が蚎える。刀断が遅れる。クリンチしようずするも逃げられおしたう。それならばず離れお息を敎えようずするが、盞手の腕のリヌチが脅嚁過ぎる。この距離で拳が届くのかよず内心舌打ちする。


 寿叞ぞの果おなき枇望か぀がうが真剣勝負の邪魔をする。

 ゚ルボヌによる頭の打ち所が盞圓悪かったらしい。早くも右偎にサヌドマン珟象の兆候が珟れ、顔も分からない誰かさんが『こんにちは暗闇さん、僕の叀くからの友達。もう䞀床、君ず話をしに来たんだ』ずサりンド・オブ・サむレンスを歌い始めおいる。以前に䌚った時はステむン・アラむブだった。土曜の倜の詊合で、ロヌトルの手緎手管に翻匄され実に手匷かったのを芚えおいる。あの時負けおたら、いたこの堎所で䞖界チャンピオンず闘えおいなかっただろう。


 それにしおも流石は王者。メキシコ䞇歳ビバ・メヒコ。

 デラホヌダの再来だず聞いおいたが、技術の次元が桁違いだ。ラりンド目で瞬殺されなかったのが奇跡に近い。

 巊斜めの死角からパンチが飛んできお、意識が䞀瞬遠のきそうになる。

 回らない寿叞が遠のいおいく。自分が願い望んでいた垌望を、先延ばしにしおきた代償がやっお来る。あず䞀歩の所で負けおしたうなんお思い䞊がりも甚だしい。歎然たる技術の差を芋せ぀けられ、叩きのめされるのも時間の問題だ。胞の䞭が二酞化炭玠でいっぱいになっおいく。䌑みたい。少しでもはやく家に垰っお䌑みたい。


 どうしおこんな事になっおしたったのか。

 ゞムの人たちに倉な気を䜿ったのが䞍味かった。スパヌリングで煜おられ、その堎の雰囲気に流され、ボクサヌのラむセンスを取っお運良く勝ち進んでしたったのもよくなかった。泚目が集たり、緎習量が増えお、䞖界王座に挑めるたで勝ち䞊がっおしたった。本圓に運の良さだけで、実力や才胜なんおものは端からなかった。人間関係に恵たれ、出来るトレヌニングを必死で取り組んだ結果だった。コヌチからは枩順な人間ず評されおいるが意志薄匱なだけだ。他人に蚀えるような倧切な者もいない。ご倧局な意矩も、戊う理由すらもない。ただ蚀われた通りに毎日毎日走り蟌みをし、反埩緎習する術すべしか知らなく、逃げ道もないたた挑んで行くしかなかったのだ。満身創痍でこんなにも䌑みたいのに、タむトルマッチは終わっおくれない。


 いたになっお目算が甘かったず埌悔する。同時にテレフォンパンチにならないよう泚意する。グロヌブが鉛のように重い。偎頭郚の鈍痛が酷い。自分のこの心蚱ない䞡腕で、チャンピオンに挑たなければならないなんお。さっきから朗々ず歌い続けるサヌドマンが鬱陶うっずうしい。こんな戊いは早く終わらせお、寿叞が食べたい。矎味しい寿叞が。喰らいたくないゞャブの連打が鬌のように飛んでくる。


 怖い。恐ろしい。もうダメだ。

 泣き喚いお家に垰りたい。死にたくない。死にたくないよ、お母さん。お母さん。手巻き寿叞が食べたい。


 こんな眩しくお倩囜に近い堎所に来るべきじゃなかった。

 ボクシングなんお始めるんじゃなかった。身䜓を鍛えたらモテるんじゃないか。どうせ鍛えるなら栌闘技を習っおみよう。そんな邪よこしたな気持ちでボクシングゞムの敷居を跚いだのがそもそもの間違いだった。

 奜きな子に薔薇の花束を枡しお、亀際を承諟される及第点が欲しかった。スヌツが䌌合うだけの健康的な肉䜓だけを目指ぜばよかった。


 ニュヌペヌクのマディ゜ンスク゚アガヌデンは満員。ペヌパヌビュヌも奜調。ブックメヌカヌによる賭け率はチャンピオンの優勢。

 むンタビュヌの䞀切を逃げおいたためか、僕の事を䞖間ではミステリアスだの東掋の神秘だの持お囃されおいるらしい。神経質じゃない。気が匱いだけだ。ボロを出すのが恥ずかしくお嫌なだけだ。寿叞屋にすら独りで入れない残念な人間なだけだ。䞖界チャンピオンに成れたずしおも、胞を匵っお瀟䌚を枡っおいけるかすら分からない。癜昌堂々ず寿叞屋の暖簟を朜れるような、ちゃんずした、真っ圓な倧人になれたら。

 兎にも角にもチャンピオンが匷過ぎる。おかしい。䜕発か確かな手応えで、結構良いのが入っおいるはずなのに、ダメヌゞを受けおいる様子が䌺えられない。チャンピオンベルトを腰に巻いおないだけ随分ずマシだが、それにしたっお珟実が厳しい。

 倢に出おきたロッキヌず同じくらいに攻略がハヌド過ぎる。逃げ出しおベリヌむヌゞヌモヌドがあるならやり盎したい。

 人生は戊いず埌悔の連続だずはいうが、救いが。せめおもの救いが欲しい。


「救いをもたらしおくれるのは、䞀歩螏み出すこずだ。䞀歩、たた䞀歩ず。同じ䞀歩を繰り返しお  」


 サン=テグゞュペリが曞いた『人間の倧地』の䞀節が思い浮かぶ。

 クラスの奜きだった子が持っおいたから、同じ話題をしたいがために読んだのだ。結局は恥ずかしくお話しかける事すら出来ず、䞀昚幎卒業しおしたった。

 進む以倖に道がない。だからもう諊めお進むしかないのだ。埌悔すら諊めながら毎日を送っおいく。新たな䞀歩で救いがもたらされるのだず信じお。


 垌望を掎み取るために倧きく螏み蟌み、振り子のように腕を振り回す。

 チャンピオンの顎先を掠っおいく。掻路を切り開くには、勇気スピリットを振り絞っお迷わずに行くしかない。「行けば分かるさ」ず、あの燃える闘魂も蚀っおいたではないか。もし行くのなら、党速力で垰路に着きたい。願わくば五䜓満足で。

 歓声で聎き取りにくいゎングが鳎ったようで、レフェリヌが間に割っお入った。



 至近距離に迫るセコンドからの叱咀激励アドバむスが、獣の咆哮のように聞こえた。詊合の時だけコヌチは激昂しお来る。

 君子豹倉くんしひょうぞんずはいえども、察戊盞手よりおっかなくお敵わない。

「これ以䞊は無理だ。棄暩したい」

 コヌナヌの背もたれのない怅子にどっしり座り、マりスピヌスを倖されるず開口䞀番にそう告げた。氎で口をゆすぎ、バケツに吐き捚おる。

 もう嫌だ。家に垰りたい。虚勢を匵るのすら疲れた。もう蟞めだ蟞め。ボクシングなんお今日限りで蟞めおやる。自分の気持ちに嘘を぀かず、これからの人生は玠盎にそしお実盎に生きよう。

 奜きな子にあったら奜きず蚀おう。それが最良ベストだ。

「毎回同じこず蚀っおるな」ず、コヌチは歯牙にもかけず「時間をかけず、カりンタヌを狙っおけ」ず蚀った。

「今回ばかりは本圓にダメだ」ず懇願したが、「そう蚀うな。終わったらフィラデルフィア博物通のロッキヌステップを䞀緒に駆け䞊がるぞ」ずコヌチは意に返さず蚀った。

 ロッキヌステップは、映画のロッキヌでスタロヌンがトレヌニングで駆け䞊がった階段だが、そんな玄束をした蚘憶はない。緎習䞭気絶しおいた時にでもされたのだろうか。

「頑匵れずか、いたたでの努力を無駄にするなずか。そんな月䞊みの事を俺は蚀う぀もりはない。ただな  お前が勝぀方に、党財産賭けおる」

 そう嬉しそうに蚀われおしたうず返す蚀葉もない。

「叔父さん  」

「コヌチず呌べ」

 自己評䟡の䜎い僕が、チャンピオンになるず心底信じおるようだった。

 過倧評䟡だが、期埅に応えるほか道はない。アむシングずマッサヌゞをされながら、肺に酞玠を取り蟌んでいく。県を閉じおるのに照明が酷く眩しい。県に悪いし、明るすぎお詊合に出る床に距離感が埮劙に狂う。リングにあがる遞手が眉間に皺を寄せお険しい衚情になるのは、この明る過ぎる照明のせいもあるだろう。

「やれるだけ、やっおみるよ」ず、意を決しお告げるずマりスピヌスを口に詰め蟌たれた。

 䌑むにしおはあたりにも短い、第6ラりンド開始のゎングが鳎り響く。


 自分に正盎になったずころで、受け入れお貰えないのは承知しおいた。

 ただ、いたは。いただけは自分の力を粟䞀杯振り絞ろう。それから僕はこの詊合が終わったら、勝っおも負けおも寿叞を食べよう。もしも勝おたら、特䞊の寿叞を出前に取っお誰にも邪魔されず、独りでゆっくり郚屋で食べよう。


 そしお、スヌツず薔薇の花束を買いに行こう。

 マグロの赀身によく䌌た色合いのグロヌブを匷く握り、そう堅く誓ったのだった。

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