第伍話 天城田、動きます

 優勝からもう三日の月日が経った。

 光陰矢の如し、楽しい時ほどあっという間である。


 あの後、地区の集会場では人口は少ないながらも、飲めや食えや、踊れや歌えやで勝利を酒の肴に盛り上がった。


 もちろん、子供はお茶かジュースである。



「あーークッソ! 全然終わんねぇねっか!! どんだけたくさんあるんだてば!!」



「にゃはは~、それは弥夜癒ちゃんのせいでしょ~? でも、私はこういう作業好きだよ」



「おらは嫌いら!」



「流石部長さん! 愚痴は言っても作業は速~い」



 今日は奉仕部の活動である。


 部員は問題児五人しかいない。


 いや、五人しかいないというよりも、姉貴のせいで出来た部活なのだ。


 高校に入りたての頃から、重役出勤という名の遅刻はするわ、馬が合わない教師の授業は断固参加を拒否するわ、グリーンカーテンのゴーヤを腐食実験と称して普段使わない掃除ロッカーの上のバケツの中に入れて教室内に悪臭を充満させるわで、ろくな事をしない。


 その度に指導や反省文を提出させても効果が無いという事で、奉仕活動を強要されていくうちに出来上がった部活がこの奉仕部なのだ。



「なっぽー? これホッチキスで留めるの順番逆なんけどー」



「え? マジで?? ホントだ、昼愛倫サンキューな!」



「シシシぃ、ひめに感謝してー」



「暁葉さん、一年生の分終わりましたので、配って来ますね」



「透璃君も速いね~! じゃあお願いしま~す」



「くぅーッ! 守山め! 覚えとけや!」



 今回の奉仕作業の原因は、この前の釣り大会の時の姉貴の発言にある。


 あの二人に『経歴にガキに敗北ってキズつけてやる』と言ったことが新聞に取り上げられたのだ。


 記事の内容は『経歴にキズをつけると言われた時はそんなの無理無理と思ってなめていた。けども、実際に俺は高校生に負けてしまってる。これは相手が誰であれなめてかからないという教訓にしたいからあえて経歴に高校生に敗北と書かせてもらうことにした。負けは負け潔さも敬意の一つだろ? だから、俺と粟崎は書いたぞ! 次は負けねぇからな! 弥夜癒! ナッパ!』と書かれていたらしい。


 俺に至ってはもうあだ名ですら無い。


 その程度で奉仕作業なのかと思うかもしれないが、この二人、実は日本を代表する釣り師だったのだ。


 故に、迷惑をかけたということでプリントの印刷とホッチキス留めの刑に処されている。


 姉貴以外はおまけと思うかもしれないがそれは違う。


 全員が問題児だからこそチーム問題児なのだ。


 俺ならカンニングの常習犯。


 暁葉は家事スキルが高過ぎる故に、本人の自覚無く生半可な家庭科教師のプライドを引き裂いてしまう。


 透璃は効率の悪い教師へのダメだし。


 握っている弱みが多過ぎて瞬撮のツインテールの異名を持つ昼愛倫。


 実にみんな個性的なメンバーである。



「やーっと終わったねっかや」



 一学年大体百五十人前後を、三学年分やったのだからそれはヘトヘトだ。



「おッ! 流石は問題児諸君だ、速い速い」



 手にビニール袋を引っさげ拍手をしながら入室するは、姉貴の担任にして奉仕部の顧問、#渡坂__わたりざか__#先生だ。



「ご褒美にアイス買って来たから食っていいよ」



「ありがとうございます」



 俺は先生から袋を受け取ると、中に入っていた棒付きバニラをみんなに配った。



「えー、わたちゃん。おらMOOのカップアイスが良かったんだろも……」



「そうかぁ、お前はホントに可愛い生徒だなぁ」



「可愛い生徒の頭を鷲掴みにして、髪の毛ボサボサになるまでヨシヨシしながら言われたって説得力ねーて。それに今回のなん別に悪い事なんしてねーし、職権乱用られ」



「だから、こうして報酬くれてんでしょ」



 先生はそう言うと空いている席へと腰掛け、自身もアイスを食べながら姉貴に尋ねた。



「そういえば、今年の岩姫はお前がやるのか?」



 姉貴は窓の向こうに目を向けると、少し笑いながら答えた。



「アハハ……やらねーれ? おら髪の毛短ぇしな、それに興味もねぇしいつも通り抽選制で決めるれ」



「それは残念。小悪娘の晴れ姿見たかったなぁ」



 先生は分かりやすくシュンとして見せた。


 大滝地区は毎年五月二十五日に岩姫祭をしている。


 この祭りの見所は、その年に十八になる髪が肩よりも長い女の子が申込抽選制で岩姫役になって、五穀豊穣、水難除けを祈りながら岩姫神社から嵐川までの一本道を、神輿に乗って練り歩く何百年も続く由緒ある祭りだ。



「ねーちゃんマジでしねーの? ウィッグでも被ればいいのに。ひめだったらやるのに目立つの好きでしょー?」



「それはそうらろも……別に良いんだて! そんげに巫女とか好きじゃねえすけな」



「まぁ、気が変わったら教えてくれよ。先生、絶対見に行くからね」



 先生はアイスを食べ終わると席を立った。



「先生は帰るから、お前らも暗くならんうちに早く帰れよ」



「はーい」



 それだけ残して先生は立ち去った。

 俺達はその後すぐに帰り支度を済ませ、それぞれ帰路に着く。



 帰宅して風呂に入り、飯を済ませていつものようにゲームに勤しんでいた時に問題児のグループRINEが鳴った。


 俺はゲームのお誘いかなくらいの軽い気持ちでそれを開く。



透『すぐにテレビを見て下さい!!』

透『天城田が』

暁『透璃君どうしたの??』

昼『なんだよダメガネ』

弥『今度は祭りにイチャモンらか?』

透『ダムを作るって』

翔『どこに?』

透『大滝地区にです!!』



 俺はすぐにゲームを中断するとテレビをつけた。


 天城田は大滝地区の半分をダムに沈めると、微塵も悪びれる事無く淡々と、それはもうロボットのように感情など一切無縁のスピーチだ。


 新たな観光の目玉、発電事業などを免罪符に画面の中からの一方的な攻撃に誰も為す術は無い。


 誰もがこのやり場の無い怒りに苛まれただろう。


 あっという間の出来事だったそれが終わると、俺の手は震えていた。


 怒り、それとも恐怖からなのか鼓動の早まりを感じる。


 それをみんなのRINEにぶつけ、感情が少しだけ落ち着いたところでゲームを再開したが、既に画面の中の俺は息絶えていたのだった。




 翌日の学校はこの話題で持ち切りだ。


 クラスの友人や担任、それぞれの教科担任までもが憂いの眼差しを向け声をかけてくる。



 それもそのはず。



 問題児達の家は誰一人取りこぼし無くダム化計画の水没予定地だからだ。


 心配無いと気丈には振る舞ってはみる。


 しかし、家が無くなったらどうなるのか、まだみんなと居れるのか、神社は、祭りは、遊び場は、思い出は、と、想像したくもない未来が頭の中で見え隠れする現実が受け入れられなかった。



 そして時は過ぎる。



 桜は散り、殺風景だった田畑に新たな緑が芽吹き、空には山から吹き降ろす風に乗って大小様々な鯉が泳ぐ頃。


 俺達は親父さんに呼び出され、本殿へと集まっていた。


 あれから地区の大人が一丸となって毎日市役所へ抗議をしに行った。


 天城田は弁護士まで付けて拒否の一点張りであったが、交渉を重ねて二週間目にして、ついに話が動き出した。


 しかし、その内容も馬鹿げている。


 『岩姫というのは魚であって神でも仏でも何でもないのだから信仰の必要は無く、それだけ大きな魚がいるのであれば、それこそ観光の目玉になるから生死を問わず骨でも何でもいいから、その個体の証拠の提出があったらダム化計画は白紙にする』とのことだ。


 しかも、捜索までに設けられた期間は八月三十一日までと、約四ヶ月しかない。


 現実的では無かったとしても、選択肢はもうそれ以外に無かった。



 無論、姉貴の親父さんは大反対だ。



 大滝は嵐川の上流、岩姫神社から直線にして3キロ程遡ったところに位置し、その辺一帯は聖地として禁猟区に指定されている。


 長年にわたって守り続けた禁を解き、釣り糸を垂らすだけで罰当たりも甚だしいというのに、それを捕獲しようとは不敬極まりない狼藉なのだ。



 しかし、禁というのは時として人を惑わす。



 ダメだと言われるほどやってみたくなる己の甘えた精神に勝つには、それを凌駕する道徳心が必要だからだ。


 神ということを考慮しないで考えるのであれば、そこにいるかもしれない魚は体長約二メートルの大イワナだ。


 間違いなくそれは観測史上サケ科最大のサイズであり、現実的では無い。


 そもそも一メートルを超える大型のサケ科の種となるとイトウが候補に上がるが生息域の問題でその線は薄い。


 つまりは、新種或いは嵐川だけの突然変異種の可能性が高いのだ。


 例え相手が神様であってもそれにロマンを感じるヤツらは昔から居たとは思う。


 しかし、その枷を天城田は解き放ってしまった。


 蓋を開ければそこには、同地区の人であっても単純に歴史に迫りたいヤツも居れば、興味本位でその偶像を一目拝みたいヤツも居た。


 何より、何もしないままならどの道ダムの底に沈むのなら、何十年、何百年と信仰の対象にされてきた存在に迫りたい欲には皆勝てなかった。


 見つかろうが見つかるまいが、天城田にとってはどちらに転んでも美味しい選択肢で非常に不愉快だ。


 俺は見ていないがその条件を突き出してきた時の天城田は、如何にも我こそはこの世の醜悪の理想形と言わんばかりの面だったかが安易に想像出来る。


 唯一、聖地への足の踏み入れは最初に神職の者が行い、その者がもし一回目の釣行で結果を出せなければ解放するという旨の意見が通ったことだけは不幸中の幸だろう。


 そこで、どうせ釣られて水族館送りや剥製にされて辱められるのであれば、見知らぬ誰かよりもお前らの方が適役ということで、あくまで私利私欲のためでなく御神体の保護を目的として、あの信心深い親父さんが俺達に頭を下げてきたのだ。


 もちろん、俺達に拒否する気は無い。


 小さい時から日奈っちは居ると教わってきたのだから。


 誰よりもその存在を身近に感じていたのだから。


 親父さんが話終えると姉貴は無言で手を前に出した。


 みんなもその手の上に重ねるように手を出した。



「ぜってぇおら達が日奈んこと見つけるろ!!」



「おーッ!!!!」



 こうして、俺達の伝説への、いや、日奈っち救出への挑戦が始まった。

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