第5話
明るい声で両親に説明したが、二人が笑顔になることはなかった。顔は青白くなって行き、母はまた泣き始めてしまった。
「化け物・・・・・・!」
嗚咽を漏らしながら泣く母に負けないぐらいの大きさで、父の囁きが耳に届く。
「お前はもう、勘当だ! もうお前は私の子ではない! さっさと消えろ!」
地が抜け落ちたように感じた。身体中から血がなくなったかのと錯覚する。泣きそうなのに、涙は全くこぼれなかった。
何を返せばいいんだろう。頭の中で、俺は混乱した。もう弁解はできない。それだけはよく理解していた。
今まで育ってもらったお礼をするべきだろうか。それとも、昔の俺をちゃんと評価してくれなかったことについて、恨み言を捨てていくべきだろうか。
いつの間にか小さくなっていたちくわぶを冷えた両手で握り、俺は何も言わず、静かに部屋を去った。
どうするべきだったのか。呆然とそれだけを考えながら、俺はちくわぶに跨り、九十九の屋敷へ帰った。何もできずに、ただ考え続けながら。
結局、屋敷について、段ボールに包まっても、俺は何もできなかった。大声をあげながら泣きたいのに涙は溢れないし、食欲もなかったし、眠れなかった。
「こういう時は、どうするべきなんだ?」
自分に問いかけても、答えは帰ってこない。誰も、返事はしてくれない。せっかく幸せになって、その姿をあの二人に見せてあげようと思っていたのに、それも永遠に叶わなくなってしまった。
ふるさとのメロディーが、延々と頭の中を駆け巡る。段ボールに包まれ、右手にちくわぶと左手にはがま口財布を握って、俺はただ九十九の帰りを待ち続けた。
日が登り、夜の星々も姿を消してしまった頃、九十九が鼻歌を歌いながら戻ってきた。俺は飛び起きて、玄関まで走って行った。そこにはちょうど、びっくりした顔の九十九が俺を見つめながら立っていた。
少しだけの沈黙があって、九十九が口を開く。
「ねえ、ハジメくん。僕がいない間に、何かあったの? ものすごく、その、やつれている」
鈍感のように見える九十九でも、やはり何かを察したようで、俺を気遣うようにゆっくりと歩み寄ってきた。
「親に勘当されたんだ。───勘当って、分かるか?」
「ううん、分からない。でも悲しいものだってことは、よく分かるよ」
九十九はそう言って、俺に近づき、白魚のように白い指で俺の頬を触った。九十九の指を大粒の水滴が濡らす。
俺の涙だった。
涙を拭った指で、九十九は俺の金髪を弄る。そして朗らかな笑みを浮かべ、柔らかな眼差しで俺を見つめた。
「ハジメくん、ちくわぶはね、おでんの具にもなれるし、お菓子にもなれる。君だって、なろうと思えばどんなものにでもなれるんだよ。なんて言ったって、君はこれから立派なちくわぶ使いになるんだからしね!」
いつもと変わらない明るい笑顔で、九十九は俺を力強く抱きしめた。
「それに、ハジメくんはこの僕の弟子なんだから! これでも僕、百年に一度の異才って言われてるんだよ?」
気付いたら俺は笑っていた。だって、この能天気で今まで弟子が一人もできなかったちくわぶ使いが、百年に一度の異才だと言われて、信じる方が難しい。
「あっ、ハジメくん、信じてないでしょ!」
「そりゃ、もちろん」
九十九は俺の足に大きな蹴りを入れ、同時にがま口財布を奪った。そして二ヘリと笑う。
「さあ、疲れた時は、ちくわぶが入った美味しくてあったかいおでんを食べるに限る! おでん屋さんはまだ開店してないだろうけど、親父さんに頼んで早めに食べるよ!」
俺の腕を無理やり引っ張り、九十九は外に飛び出した。
自分のこの先の未来がどうなるのか、まるで分からなくて不安ばかり抱えているけども、この人についていけば、何故だかなんとかなるような、不思議な気持ちが湧いてきた。
「ハジメくん、君は今日から、この天才ちくわぶ使いである九十九さまの弟子だよ! 覚悟はできてるよね!」
涙がハラハラと止め処となく流れ出す。嗚咽も出てきてしまって、どうにもならなくなったけど、俺は力を振り絞り、心込めて返事をした。
「はいッ!」
目の前に広がる透き通った青空は、俺の心の奥深くに染み込んだ。
ちくわぶ使いの弟子 井澤文明 @neko_ramen
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