十七頁目 感情を継ぐ者達との対面

「感情奪還班………」


「そそ。感情奪還班 白黒モノクロ……選りすぐりの適合者達を寄せ集めて作った、偽人の為の組織だよ。 ちなみにこの組織、部隊を編成出来てないのはグラズスヘイムだけなんだよね」


少々得意気に話すオズワルドは、感情奪還班についてそう述べた。


「“感情”を“奪還”する“班”ってことは、主に感情片の入手に特化した組織っていうことですよね?」


「流石はキョウカちゃん!物分かりが良くて助かるね! まぁ要するにそういうことだ」


「ですが感情片を入手するのに『感情を継ぐ者達』を介さねばいけませんでしたよね?そんな大規模な人員は不必要だと思いますが?」


「うんうん、確かにそうさ。感情を面に出すのに、赤の他人も同然のメンバーで組織を構成する必要はない。むしろそのせいで偽りの感情が生まれるから、効率も悪い。それに『感情を継ぐ者達』の行動を制限することも出来ないから、正直大人数でいる必要はほぼないんだよね」


感情奪還班を全面的に推している……かと思いきや、意外にも批判的な意見を持ち出すオズワルド。

いよいよ本格的に感情奪還班の存在意義を理解出来ずに困惑する雪兎と響華。

ちなみに蓬戯はバカというほどでもないので、時間を置きさえすれば話の内容は理解出来る。が、陽也に関しては先程から唸ってばかりで、理解しているような素振りはない……まぁ陽也に思考する時間を与えても無駄だろう。


「でもね」


しばらくの間を置いていたオズワルドは、唐突にそう言うと、話を再開させた。


「彼らの行動を制限せずに、安定して感情片を譲渡してもらう方法は“常に彼らの位置を把握”して、いつでも出向けるようにするしかないのさ」


「……つまり、感情奪還班は『情報伝達』が主な活動であると?」


「ピンポーン!そういうこと!」


「「なるほど」」


雪兎と響華は、同時に納得したような声を上げた。

一方で蓬戯たちはというと………


「んん~……?」


「ん“ん“~………??」


これまた似たような唸り声を上げて、話の内容を噛み砕くのに勤しんでいた。


「え~と、つまりぃ~……感情片をくれる人たちの自由を奪わないように、どこにいるかだけ覚えておいて、いつでも行けるようにしておくチームってことでいいのかなぁ?」


「それで合ってるよ」


「おけぃ!」


「え、えと、感情片を寄越してくれるヤツらの根城見っけて、いつでもカチコミに行けるようにする部隊ってことだな!」


「一応合ってるけど、言い回しどうにかしろ陽也。」


「オオケィ!!」


蓬戯が言うとまともに聞こえるのに、陽也が言うとアホっぽく聞こえるのは何故だろうか。


「ハハッ、本当に仲が良いんだな!君たちみたいに友人と一緒に来る偽人は珍しいよ」


「そうなんですか?」


「あぁ、偽創語は『心に傷を持った患者』を呼び込む性質を持ってる、ってのはさっき説明してもらったろ?」


「はい」


「だから偽創語に来るのは、大体仲間を持たない孤独の人間ばっかなんだ」


「なるほど………」


「最初から仲間がいるなら、感情を偽る事も少ないだろう。それが昔からの縁ってんなら尚更、ね」


仲間の大切さを簡素にまとめて話すオズワルドは、何故か少しだけ寂しそうに笑っていた。

昔何かあったのだろうか?


「あの--」


「さっ、この話はもうお終いだ! 白黒については理解してくれただろ?ならどんどん進めてくぜ!時間が惜しい!」


雪兎が口を開いた直後、オズワルドは何かを感じ取ったようで、雪兎が言葉を発する前に強引に話を押し進めた。

「アイゼン!」と彼が呼び掛けたのを合図に、アイゼンは頷くと、例の如く映像投影装置に向かって指を鳴らした。


「これより『感情を継ぐ者達』、通称“七大罪組”の詳細確認に移る。 顔や容姿の特徴、夢想の詳細、全て頭に叩き込めよ。」


……アイゼンの気合いの入り方が異常だ。


「偽創語は9つの国に別れている。尚、9つの国を総称して“ソサエティ大陸”と呼ぶ。その各国の名称は今映し出す、30秒で頭に叩き込め。」


「「「「えぇ!?」」」」


「『兵は速さを尊ぶ』。組織に入る以上、この方針は守ってもらう。急げッ!」


「急にスパルタやん!?」 「ちょまっ!?」


雪兎たちのブーイングや慌てふためく響華たち、後ろで苦笑するカミラたちを物ともせず、アイゼンは問答無用で国名を映し出した。





【歓喜の国 グラズスヘイム】


【極東の国 アカツキ】


【零雪の国 フォルディーテ】


【神海の国 ペルレチア】


【機械都市 ヴェルゲール】


【熱砂の国 ゲンラ】


【蛮風の国 パーシィ】


【天界 オブリック】


【魔界 デイブリック】





あ、意外と簡単なのね。

記力のよさには自信がある雪兎は、意外と文字数が少ない国名に、そっと胸を撫で下ろした。

が、隣にいる陽也はまたまた唸るばかり。あとで教えてやろう。


「30秒経過。次に七大罪組とご対面の時間だ。これより映像通信を行う。顔、容姿、癖、全部見極めろ。」


「んな無茶な………」


「私語厳禁。」


「はいッ」


「よろしい。」


……アイゼンは俺たちを軍人とお思いでらっしゃるのですか?


「通信開始まで3、2、1……。」


アイゼンは短くカウントすると、今度は指を鳴らさず、ただ静かに一歩下がるだけだった。

すると、「ブゥン」という接続音と共に1人の女性が映し出された。



『んっ、あらぁ? 急にどうしたのぉ?』



立体的なホログラフではなく平面的なモニターで映し出されたのは、薄暗いバーのような場所で酒を嗜む、薄いベージュ色の髪の、ニット服を着こなす女性だった。

童顔で、胸から上は少々子供らしい風貌ではあるが、仕草は洗礼されたレディのそれだ。


まぁ……要は色っぽいのだ。


ふと視界右端にプレートのような物が映り、見てみると、そこには『【色欲】ハシーシュ・ソラナ』と書かれていた。


『ねぇアイゼン? 映像投影装置で映像通信を始めたってぇことはぁ……グラズスヘイムにも白黒が出来たのぉ?』


「あぁ。構成員は例の闘技大会を優勝した適合者だ。 腕は確かだ、俺が保証する。」


『へぇ~?アイゼンがそこまでベタ褒めするなんてぇ……結構気に入ってる?』


「……新たな白黒メンバーだ。多少は期待しているさ。」


どさくさに紛れて期待されていることを暴露したアイゼンだったが、本人は全く気にしていないようだ。


『ふむふむ、この4人が………あらっ、結構かわいい顔してるじゃなぁい♡ハシーシュ結構好き、かも♡』


「「!?」」


不覚にもドキッとしてしまった男子2人。女慣れしてないのだから仕方ない気もするが………

刹那、強烈な殺気のようなモノを感知し、自然とその発生元へと顔が向く。

そこにいたのは、ギロッとこれまた強烈な目力で睨め付ける響華の姿だった。

その余りにも強烈な殺気に、男子2人にゾワゾワっと鳥肌が立つ。隣の蓬戯も若干引き気味だ。


『ふふ、ごめんねぇ?このコ達、結構かわいいからぁ、つい……ね?』


「……そうですか」


『もうっ!そんなに拗ねないでよぉ』


「えっと~、ハシーシュさんは今どこにいるんですかぁ~?」


『あらっ、話し方丸かぶり。』


蓬戯、本当にありがとう。

彼女は口に手を当て、少しだけ目を丸くすると、肘をついて微笑んだ。


『私はね、今“ヴェルゲール”にいるわよぉ』


”ヴェルゲール“という単語に、3人がピクッと反応する。そして1人遅れて「あッ!」と声を上げた。


「え、えと、ハシーシュさんの夢想はなんですかぁ~?」


『ん~……それはちょっと答えられないかなぁ。まぁでもぉ、”ハシーシュたち“の夢想については、アイゼンが大体知ってるからねぇ』


「ッ!?」


ハシーシュたち、つまり“私たち”……この言葉が指し示す意味は--


「アイゼンさん……あなたは『感情を継ぐ者達』の夢想を把握しているんですか?」


雪兎たちに問い質されたアイゼンは目を瞑ると、軽く息を吐いて口を開いた。


「……お前らに全部調べさせようと思ったんだがな………」


「これからの為、ですか?」


「そうだ。 まぁ、それでも教えはせん。自力で聞き出してみろ。」


そう言われた途端、真っ先に動き出したのは蓬戯だった。


「ハシーシュさーん」


『なぁにぃ?』


「ハシーシュさんの夢想ってなんですかぁ?」


『アイゼンに聞いて♡』


「だそうです。」


蓬戯の質問、ハシーシュの回答、ダメ押しの雪兎。

この連携攻撃には流石に返しようがなかったようで、今度は大きくため息をつくと、躊躇いながらも口を開いた。


「ハシーシュの夢想はハシーシュ《暗殺者の嗜み》。体から泥酔効果のある霧を発生させ、暫くの間酔った相手を傀儡にする能力だ。」


「おん?今名前2回言ってなかったか?」


「そう。厄介なのは、名前と夢想の名称が一緒だということだ。」


「めんどくせぇな」


「ちなみに……ハシーシュ。お前の一人称はなんだっけか?」


『ハシーシュでぇす♡』


「この通りだ。」


「「「「はは……」」」」


こんなに軽いノリの人が、本当に『色欲』担当なのだろうか?


「まぁ、このくらいで通信を切るか。これだけ話せば、癖も掴めたろう……もっとも、これだけ癖が強い人間だ。会えばすぐに分かる。」


「ですかねぇ………」


「よし。ではこれくらいで通信を………」


『なぁハシーシュちゃあん……』


『あんっ!♡もーなにぃ?♡』


突然の嬌声に驚き、全員の視線がモニターに向く。

そこに映ったのは、ガタイの良い金髪の男性にバックハグされ、妖艶に微笑みながら上目遣いに男性を見上げるハシーシュの姿だった。

さっきとはまるで別人……色気が桁違いだ。


『この後に……どう?』


『もぉ~がっつき過ぎじゃなぁい?♡』


『俺ぁ我慢出来ねぇのさ……エロ過ぎるお前が悪いんだよ………』


『ふふ、全く……変態さんなんだから………♡』


しばらくイチャつく2人が映し出されるが、見ていられなくなった雪兎ら4人は、一斉に顔を背けた。


「これが『色欲』だ。まぁ、今のはヤツの本性の“ほんの一部”だがな。」


アイゼンは通信を切ると、『大人の逢瀬』に耐性のない高校生4人の姿に少しだけ笑うとそう言った。


「あれで一部、か……」


「童貞にはちとキツいわ」


「黙れ変態ども。」


「雪兎くんたちサイテー」


恥ずかしくて顔が上げられない男子2人。あからさまな色仕掛けにたじろぐ男子を罵る女子2人。

目も当てられない惨状に、アイゼンは


(毎度毎度、こんな調子で大丈夫なのか?)


と思いつつ、手を叩いた。


「お前ら、もうそのくらいにしておけ。次に行くぞ。」


「「「「了解です」」」」


「……急に気合入れてきたな。」


苦笑が絶えないこの空間に流石のアイゼンも疲れてきたのか、ポリポリと頭を掻くと、そっぽを向いてそそくさと指を鳴ら……

す前に、再度モニターが出現し、例の男性とイチャつくハシーシュが映し出され、口早に言った。


『私は別に夢想がバレてもよかったからいいんだけどぉ……他のコ達の夢想は、あまり言わないであげてねぇ?』


『ばぁい♡』と手をヒラヒラさせると、通信はすぐに切られた。唖然とする雪兎達を他所に、アイゼンは気にせず指を鳴らした。

大きな接続音と共に映し出されたのは、欠けた光輪を持つ銀髪赤眼の少女。右端のプレートには『【暴食】ベルゼ・ヴァール・フェロ』と書かれており、確かにこの少女で間違いないはずなのだが………


『…………………………。』


彼女は喋らない。それどころか、モニターにすら目を合わせようとしない。

光を失った赤い瞳を宙に泳がせ、ただ黙々と、目前に広がる豪華な料理を口に運んでいるのみ。


「え、えと、ベルゼさ~ん?」


蓬戯が名前を呼ぶも応答はなく、ただただ咀嚼と嚥下を繰り返すだけだった。


「……反応はなし。まぁ、予想はしていた。」


彼女の通信は、僅か数十秒で幾つかのため息と共に終わった。


「予想していたって、彼女はずっとあんな感じなんですか?」


「あぁ、ベルゼとの通信はいつもあんな感じだ。まぁ接触した者が数人いたお陰である程度の情報は持っているがな。」


「例えば?」


「ベルゼがいる場所は【天界 オブリック】、そして夢想はアヴィンシュティン《宵の死星》。相手の殺意やらなんやら……言ってもピンと来ないだろうから言うが、要は黒の感情を持った相手の精神を喰らい尽くす能力だ。」


「精神を喰らい尽くす?」


「黒の感情の侵食具合によって、効果もまた変わってくるらしいが……初期段階で一時的な精神崩壊、更生が困難になってくるレベルならば永久的な精神崩壊、もう手の施しようがなくなれば精神消滅、だそうだ。」


「おっかねぇなぁ」


「まぁ、相手の黒の感情があまりにも大き過ぎた場合は呑み切れずに吐き出してしまうらしい。」


「なるほど……」


「他には、姉であるリュツィ・ルキフィール・フェロとは犬猿の仲であり、今現在も離別中である……とかな。」


「リュツィさん……何処かで聞いたような名前………」


「先程モニターに映し出したろう。【傲慢】担当だ。」


「あぁ、そういえばいましたね」


「そうだ。 さて、彼女の情報はこれで最後だ。次に移る……が。」


「「「「が?」」」」


何故か躊躇うような素振りを見せたアイゼンだが、観念したかのように「試しにやるか……」と呟くと指を鳴らした。


--しかし。


モニターに映し出されたのは、ニヤリと笑う仮面がシルクハットを被っているロゴだけだった。


「やはりか……」


その光景を目にしたアイゼンは、こめかみを手で押さえ、少しだけ困ったような顔をした。


「……いつもこうなんですか?」


「【強欲】忘時 旅兎……彼だけは何故か何回やっても繋がらないんだ。それ故に何の情報も掴めていない。」


「うーん、なんででしょうね……って雪兎?」


頭を悩ませる全員を他所に、雪兎だけは呆然としたような表情で俯いていた。


「あ、あぁ……いや、なんでもない」


「……もしかして『忘時』って名前、気にしてる?」


「ッ!」


伊達に何年も一緒にいるワケじゃない。響華は勿論、陽也や蓬戯も異変に気付いていたようだ。

雪兎が顔を上げると、響華達が優しく微笑んでいた。


「大丈夫よ、いつか会ってお話出来る時が来るわ」


「……そうだな」


俺は本当に良い友人を持ったなと、束の間の幸せを噛み締めつつ、雪兎は数秒前とは打って変わり、凛とした表情でアイゼンを見据えた。


「次、お願いします」


「わかった。」


満足気な表情で頷き、彼は指を鳴らした。


次に映し出されたのは、とある廃寺……で横たわる侍と、近くで正座する侍。

右端のプレートには、『【怠惰】孤暮 夜酔』と書かれていた。

怠惰と言われているほどだ、恐らく横たわっている方が孤暮だろう。乱れた白髪で、毛先にやや朱色が乗っており、白橡色の着物を着ていた。若干無精髭も生えている。


『おや、これはこれは……“ものくろ”の方々かな?』


「あ、はい!そうです~!」


真っ先にモニターに反応したのは、正座している方の侍だった。

藍鼠色の羽織を身に纏い、美しい黒色の長髪を結っており、端正な顔立ちで雪兎達に向かってニコリと笑いかけていた。だが、その目には白い布が巻かれていた。


『ご覧の通り、私は盲目でしてね……あなた方の姿を目に出来ないのが残念です………』


「いえ、そんな……」


『兄が起きていれば、会った時も困らないのですがね……』


やや苦笑気味に夜酔を見つめる彼は、数秒ほどそうしていると、すぐにこちらに向きなおった。


『あぁ、失礼。そういえば名乗っていませんでしたね』


一つ咳払いを入れて喉の調子を整えると、彼は名乗った。


『私は孤暮 虚唄(こぐれ こうた)。今横たわっている彼の弟です。以後お見知り置きを』


「あっ、はい!私蓬戯って言いまぁす!」


あまりにも礼儀正しく名乗られた為、問いかけ役の蓬戯も思わず名乗ってしまった。

その様子に、虚唄は一瞬キョトンとすると、口に手を当ててクスクスと笑った。


『あはは! いや、気を遣わせて申し訳ないね。それでは改めて……よろしくね、蓬戯さん』


「わぁ……!はいっ!!」


蓬戯はまるで運命の人を見つけたかのような輝いた表情で頷いた。乙女な所もあるんだな。

--その時だった。


『……うるせぇぞ。』


「「「「!!」」」」


横たわっていた夜酔が、いきなり身を起こしたのだ。


『んん……?なんだこの冴えない面構えの餓鬼共は』


「ガキだとォ?」


安い挑発に陽也が乗る。


「よせ、乗るな。」


「チッ」


しかしアイゼンが咄嗟に止めた為、陽也の怒りが爆発することはなかった。が、既に夜酔に対しての好感度はかなり下がっている。


『ハッ、そんなカッカしなさんな。俺も別におめぇらと喧嘩してどうこうしてぇわけじゃあねぇ』


睨め付ける雪兎達を軽く一蹴すると、近くの盃に酒を入れ、一息に飲み干す。



『……まぁ、俺より強ぇってんなら、話は別だがな』



--本当に一瞬だった。


彼はそう言っただけ。しかしその目は獲物を求める肉食獣のように爛々と黄金に輝いており、凄まじいまでの殺気を放っていた。

映像越しでハスと同等……直で受けたら身動きも取れないだろう。冷や汗が身体中から噴き出る。


『……その様子じゃ、そんな心配もなさそうだがな』


しかし獲物を見極めるようなさっきの目とは一転し、急に寝ぼけ眼に変わると、こちらに背を向けてゴロンと横になってしまった。


『俺ぁ孤暮 夜酔(こぐれ やよい)、今“アカツキ”にいる。昔のおのこやらおなごやらがごった返す国だ、来りゃすぐに分かる』


夜酔がボソッと呟いた言葉に、雪兎達が反応する。この短時間で情報に敏感な体質になってしまったみたいだ。

夜酔はアカツキ、夜酔はアカツキと脳内で復唱していると、もう一度モニターの方から声がした。


『俺ぁ『感情を継ぐ者達』で【怠惰】を担ってるモンだ。当然待つのも朝飯前だが……感情片の譲渡は、色々とめんどくせぇ。来るなら早く来な』


夜酔は素っ気なくそう言うと、ぐーぐーと大きな寝息を立てて完全に寝込んでしまった。


「……夜酔、いいヤツじゃん」


「な。」


「まぁまぁね」


「ふつーかな~」


『……あぁそれと、あいぜん。おめぇ俺の夢想についてベラベラ喋るんじゃねぇぞ』


「分かった。」


『おし。じゃあもう切ってくれ』


最後はこっちに見向きすらしなかったものの、腕を上げてヒラヒラしてはくれた。


「……ふぅ。どうだ、七大罪組は癖が強いだろう?」


「正直もうお腹いっぱいです」


「雪兎に続く」


「私もです……」


「私も~!」


流石にここまで個性が強いとは思っていなかった。正直結構キツい。

……そういえば、別に白黒に配属されていない適合者に説明する際にも同じ事をしているのだろうか?

もしそうなのであれば、俺は四隊長の皆さんを大いに讃えたい。


「あと3人だ、気張って行けよ。」


「「「「は~い……」」」」


まだ3人もいるのかよぉ……とあからさまに落胆する雪兎達に目もくれず、アイゼンは軽く息を入れるとすぐさま指を鳴らした。


--ここまではよかった。




一人目、【憤怒】ベルベット・ティアース


『失せろォッ!!』


容姿は金色の短髪で吊り目、目の色は深い群青で、右頬には特徴的な雫のマークが付いていた。

しかし何故かキレて通信切断。




二人目、【嫉妬】ジェール・ライブラル


『仕事の邪魔だ。ゴミ溜めで働いている俺を嘲笑いに来たのなら消えろ。』


看守のような格好をした、黒髪の男性。眉間には深い皺。全てを憎んだような目をしていた。

一方的に捲し立てて通信切断。




「……早かったな。」


「「「うん。」」」


「まぁ、この二人はいつもこうだから気にするな。俺らもこの二人がまともに話している所を見たことがない。」


「「「「はぁ………」」」」


「まぁ、恥ずかしがって話せないだけよ!気にする必要はない!!」


「そう……ですね」


「うむ!!」


王の相変わらずのポジティブ思考には、流石と言わざるを得ない。


「さて……これで最後だ。一番当たりがキツく、それでいて一番話が分かる相手だ。気を引き締めていけよ。」


「「「「了解!!」」」」


全員で再度気合いを入れると、この時間に何度も聞いたパチンという音が鳴り響いた。


『……なんだ。私は今忙しい。急用じゃなければ、映像通信は後にして頂きたいのだが?』


書類が積み重なる執務室。周りの調停品のほとんどが、重厚感のある黒塗りの物や革張りの物だ。

そしてその中で埋まるようにして机と向き合っているのは、キリッとした目元に泣きぼくろを持つ美麗の銀髪赤眼の女性。頭上には光輪が浮いている。特徴的な部分は、首下の紅の眼球を模したネックレス、背に生えた禍々しくも雄々しい二対の翼、額と腰下に生えている角と尾だ。

そして右端のプレートには『【傲慢】リュツィ・ルキフィール・フェロ』と表記されていた。


「忙しい所申し訳ない、“ルシファー”。今日は白黒の新顔に『感情を継ぐ者達』を対面させていた所だ。」


『ほう?』


どうやら一歩引いた態度で話を進めておくのがコツらしい。が、今気になっているのは、“ルシファー”という呼び名だ。偽名か何かだろうか?


「アイゼンさん、“ルシファー”というのは……?」


「あぁ、適合者や感情を継ぐ者達に与えられる二つ名のようなものだ。ただし、与えられるのは冒険者ランクA程度の実力を持った者と白黒に所属している者のみだ。」


「へぇ……」


「ちなみにお前らにも付いているぞ。」


「ッ!」「なんッ!?」「えっ!?」「わぁお!」


またもや四人の声が揃う。ここのタイミングだけは昔から何故か合うんだよな。


「今教えてやりたい所だが……」


『おい。仮にもこちらは激務の中呼び出された側だぞ?何をモタついているんだ。やるなら手短に済ませてくれ』


「ほら、この通りだ。」


「「「「なるほど」」」」


何やら小難しい書類の処理をしている所を見る限り、彼女は差し詰めビスマルクと同じ“君主”と言った所だろうか?

皆を率いる長たる者、効率重視なのは仕方がないだろう。


「彼女の二つ名は『払暁の堕王(ルシファー)』。彼女は親しい者にしか名前を呼ぶことを許していないから、通信中はルシファーと呼ぶんだ。」


「了解ですっ!」


アイゼンの忠告を聞いた蓬戯は敬礼をすると、再度モニターに向き合い口を開いた。


「ルシファーさん!」


『あぁ。聞きたいことはなんだ?』


「じゃあ~、現在地はどこですか~?」


『現在地は【魔界 デイブリック】。大陸中央に走る“ギガンヌガガプ”という亀裂から降りればたどり着くことが出来る。 逆に登って行けば、忌々しきオブリックへと辿り着く。ギガンヌガガプに派遣され駐在している守国兵達が案内してくれるらしい』


「ふむふむ……では、夢想はなんですか~?」


『私の夢想はメルゼンシュティン《明けの明星》。私が頂点であると確信し続ける限り、能力が倍にもそれ以上にもなる能力だ』


臆さずに問う蓬戯と、書類処理に没頭しこちらに顔こそ向けないものの的確に詳細を答えるリュツィ。

緊張で固まり易い雪兎たちとは違い、何事もポジティブに考える絶妙な軽さと、初対面の相手にも構わず話しかけて行ける高いコミュニケーション能力を併せ持つ蓬戯は、このような問いかけ役に類い稀な才能を見せていた。


『私の経験上、貴様らが質問すべきことは全て終わったと思うが?』


「はい!こんな感じで大丈夫です!」


『分かった。通信はこれで切らせてもらう。仕事が立て込んでいるのでな』


口早にそう言うと、彼女は礼の言葉を待たずにすぐ通信を切断した。少々自分勝手な所は、やはり傲慢を担うだけあるなと感じた。


「さぁ、以上で映像通信は終わりだ。ご苦労。」


「やっと終わったのか……」


「癖強ぇ~」


「というか、その内まともに話せてないのが半数以上ってどういうことよ?」


「知らな~い」


流石に長時間の説明会は気が滅入る。四人は気を抜くと、大きく伸びをした。


「では、これにて適合者偽創語説明会を終了とする。分からない事は、四隊長に聞きに来るように。解散!」


「「「「はい!!」」」」


なんとも言えない充足感が身体中を駆け巡る。あまりにも突拍子な話ばかりで付いていけなく所も多少あったが、それはまた補えばいいだけのこと。今はいち早く休みを取るべきだ。


「ルーサー、ブラッド、レイヴン。ユキト達を先の部屋へ。」


「「「了解」」」


レイヴンは響華、蓬戯を、ブラッドは陽也を、ルーサーは雪兎を連れ、先の部屋へと向かって行った。


「それと、先の部屋にはお前らの家にある私物を運ばせてあるから、今のうちに準備を済ませておけ。」


「私物を既に運び込まれているという疑問はありますけど……それはまた何故です?」


「充分に休息が取れ次第……つまり翌日には旅立ってもらう。」


「「「やっぱりそういう感じか~」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢日記 鈴哭 時雨 @suzunaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ