信頼なき邂逅★
「護衛は彼らに頼みます――入ってください」
最初から反発されることを予想していたハンナが、客室の入口に向かって呼ばわった。
ドアが開いて、数人の男女が入ってくる。
その顔を見た瞬間パーシャが息を飲み、見る見ると険悪な表情になった。
「あんたたちは!」
部屋に入ってきた、ダイモン、クリス、セダ、エドガー、そしてリンダの姿を見て、パーシャの副腎からアドレナリンが一気に噴き出した。
「――ハンナ、これはいったいどういうこと!?」
ホビットの少女魔術師が、探索者ギルドの受付嬢を睨み付ける。
レット、ジグ、フェル、カドモフの “現在のエバのパーティメンバー” も同様に険しい表情を浮かべた。
エバと彼ら “旧パーティメンバー” の間に何があったかは、レットたちも知っている。
自分たちのパーティに勧誘し参加を求めた際に、エバがソロになった経緯は聞いていた。
彼女の口は重かったが、おおよその事情は飲み込めた。
パーシャは憤慨もはなはだしく “突撃の角笛” を吹き鳴らしてダイモンたちに
程度の差こそあれ、それは他の新しい仲間たちも同じだった。
いったいエバがパーティを放逐されなければならない理由が、どこにあったというのだ?
例えそれが “わけがわからないまま” 契約していた結果とは言え、彼女がアッシュロードの迷宮保険に加入していたからこそ、この者たちは生き返ることが出来たのではないか。
しかも彼女は蘇生直後だったにも関わらず、アッシュロードと再び迷宮に潜り彼らをひとり残らず回収したのだ。
そしてその結果として、エバは駆け出しの探索者では重すぎる額の借金を背負うことになってしまった。
彼女は勇気も、決断力も、行動力も、傑出しているではないか。
感謝されこそすれ、パーティを追い出されるような振る舞いなど一切なかったはずだ。
それなのに――だ。
「今回のエバさんの搬送の護衛には彼らが適任です」
「はぁ!? どこがよ! 最低最悪のチョイスじゃない!」
「おい、おまえ! さっきから聞いてりゃ言いたい放題いいやがって! 何様のつもりだ!」
同じ “火の玉属性” を持つ同じ
「なによ、友達を見捨てるようなチビはひっこんでなさい!」
この辺り、パーシャはとことん容赦ない。
エドガーの傷を二箇所とも、めった刺しにスティングする。
普段は意識して
「テメエ! ホビットのくせに! テメエだって充分チビだろうが!」
「あたいはホビットとしては充分普通よ!」
「いい加減にして下さい! エバさんは今、大変な状態なんですよ!」
ハンナに一喝され、激発寸前だったふたりの魔術師が歯ぎしりしていったんは矛を収めた。
「ハンナ、説明してくれ。どうして彼らがエバの護衛に適任なんだ? 納得できなければ俺たちもパーシャと同じに引き下がれない」
いつの間にかパーシャの背後には、レット以下エバを除く四人の仲間が立っていた。
何かあれば、いつでもホビットの少女を援護できる態勢だ。
「わかっています」
ハンナは頷き、言葉を続けた。
「エバさんの護衛にはカドルトスの信仰を持つ人間はもちろんのこと、ニルダニス に帰依する者も不適当です。その点、彼らは全員が “転移者” で、しかも現在パーティに聖職者がいません。今回に限っていえば彼ら以上の適任者はいません」
パーシャたちは押し黙った。
理屈では……頭では理解できる。
しかし、心では納得できない。
「……人が裏切るのは “信仰” のためだけじゃない。もっと広くて普遍的な理由がある。この人たちがお金に目が眩んでエバを売らないって保証はあるの?」
声は低くなったが、パーシャの舌鋒は鋭いままだ。
「わたしがエバさんに付き添って王城まで同行します。そのような真似は絶対にさせません」
絶対がないことだけが絶対だ……パーシャは思わないでいられなかったが、口に出すのは
ハンナは無条件で信頼できる。
ハンナの身を捨てた協力が――献身があったればこそ、自分たちは今もこの場所に立っていられるのだ。
そのハンナがここまで断言するのだ。
「なぜ受けた?」
押し黙ったパーシャに代わって、レットがダイモンたちに訊ねた。
「あんたたちにとって、エバはもう関わり合いたくない相手のはずだ」
返答次第では許さん――という気迫が籠もっている。
ダイモンたちのエバへの振る舞いは、性格的にパーシャ以上に受け入れられないレットである。
納得のいく返答を得られないのであれば、ギルドの指示など無視して自分たちでエバを王城まで送るつもりだった。
◆◇◆
「とにかく、進んでみようよ。ここで話していても――」
それは一瞬のことでした。
空高くんがみんなをうながして先に進もうとしたその瞬間。
彼の背後の暗闇に、“犬の頭をした毛むくじゃらの怪物” の姿が浮かび上がったのです。
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669537252607
「――空高っ!!!」
道行くんが鋭い警告を発しましたが、手遅れでした。
“聖水を使った魔除けの魔方陣を描いていない” 以上、いつ襲われてもおかしくないのです。
それが、このアトラクションの――ゲームのルールなのです。
“犬顔の魔物” が振り上げたのは、両手で逆手に構えた赤く錆びの浮いた短めの剣でした。
その不潔な剣を、空高くんの肩口に躊躇なく振り下ろしたのです。
わたしたちの目の前に、血飛沫がパッと舞い散りました。
鎧を……空高くんは鎖で編まれた鎧を着ていたはずなのに、錆びて鋭さを失っているはずの魔物の剣はその鎧を貫いたのです。
「うがあっ!!!!」
空高くんの口から言葉にならない悲鳴が上がります。それ絶叫に近い苦痛の叫びでした。
「空高っ!!!」
「な、なによ、これ……本当に怪我してるんじゃ……」
道行くんが怒号し、リンダが怖じ気を震って後ずさります。
「この野郎っ!」
道行くんが魔物に近づくと、ひょろ長い足で蹴り飛ばそうとしますが――駄目です、着ているローブが邪魔になって上手くキックすることが出来ません。
“犬頭の魔物” ヒョイッと身をかわすと、 赤錆びた短剣を構え牙を剥き出しにして唸り声を上げました。
「い、痛てぇっ!!!」
空高くんが肩を――右肩を押さえて転げ回ります。
「い、嫌よ、わたしこんなの! もう帰るっ!」
リンダがそう言って、顔に着けているVRのゴーグルに手を伸ばしましたが――。
「……えっ?」
いくら顔を触っても、そこにあの黒いスポーツ用のサングラスの様なゴーグルはありませんでした。
わたしも慌てて自分の顔を触りますが、指先には肌や髪の毛の感触ばかりです。
――えっ!? えっ!?
ど、どういうことです、これって!?!?
「な、なによ、これーーーっ!!!」
「落ち着け! 相手は一匹だ! 倒すぞ!」
パニックになりかけたリンダを、道行くんが一喝します。
「た、倒すっていったって……!」
リンダはもう完全にべそを掻いてしまっていて、顔中を涙でグシャグシャにしています。
わたしはそんなリンダに駆け寄ることも出来ずに、ただただ立ち尽くすだけです。
道行くんは腰の鞘から両刃のナイフ? 短刀? を抜くと、“犬頭の魔物” とわたしたちの間に立ち塞がりました。
よくわからないのですが――よくわからないのですが――それって魔術師の役目なのですか!?
「枝葉っ! 空高を治療しろっ!」
「……」
「枝葉ッ!」
「は、はいっ!?」
「空高を癒せ!」
道行くんが短刀を振り回して “犬頭” を寄せ付けないようにしながら、わたしを怒鳴りつけます。
「い、癒せっていわれても!」
「魔法だか、呪文だか、教わっただろう! 多分それで治せる!」
た、多分ってなんですか、多分って!
「いいからやれ! こいつを倒すには空高の力が必要だ!」
わたしは言われるが――怒鳴られるがままに、石畳の上でのたうち回る空高くんに近寄りました。
「う、動かないでください……い、今なんとかしますから」
「ぐうううっっっ!!!」
空高くんは痛みに耐えかねて暴れたせいで、顔といい身体といい血塗れです。
なんとかすると言ったって――どうすればいいの!? どうすればいいの!?
ま、魔法っ? 呪文っ? そ、そんなの使えないですよ!
「じ、じっとしてください。い、今 “癒やしの加護” を願いますから……」
わたしはそれでも、おっかなびっくり係の人に教わった魔法の――加護の祝詞を必死に思い出し、唱えます。 唱えますが……。
ただの高校一年生の女の子に、そんな魔法使いのような真似ができるわけがありません。
「ひっく……む、無理ですよぅ……出来るわけないですよぅ……意地悪しないでくださいよぅ……もう嫌です、お家に帰らせてくださいよぅ」
わたしはついにその場にへたり込むと、ボロボロと泣き出してしまいました。
お父さんに会いたいです――会わせてくださいよぅ!
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迷宮保険、初のスピンオフ
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』
連載開始
エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。
本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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迷宮無頼漢たちの生命保険
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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