リーダーと指揮官

「なぜ受けた?」


 押し黙ったパーシャに代わって、レットがダイモンたちに訊ねた。


「あんたたちにとって、エバはもう関わり合いたくない相手のはずだ」


 返答次第では許さん――という気迫が籠もっている。

 ダイモンたちのエバへの振る舞いは、性格的にパーシャ以上に受け入れられないレットである。

 納得のいく返答を得られないのであれば、ギルドの指示など無視して自分たちでエバを王城まで送るつもりだった。


「……俺たちがこの依頼を受けたのは、枝葉に借りを返したいとか、そんな思い上がった気持ちじゃないんだ」


 レットの射るような視線を受けて、初めてダイモンが口を開いた。

 レベルの差以上に気迫の差で気圧されてはいたが、それでも目だけは逸らさない。

 意地と矜持と、そして何よりも恐怖。


「……耐えられないんだ。これ以上の惨めさに。俺たちは枝葉に助けられたくせにパーティを追い出した。その枝葉はすぐにあんたたちのパーティに加わったと思ったら、あっという間に俺たちを置いていっちまった。昨夜、見たよ。あんたたちが息の合った連携で三匹の “食人鬼オーガ” を仕留めるところを。正直に凄えと思った。そして悔しかった……」


 市街の防衛に駆り出されながらコソコソと路地裏に隠れていた自分たちの眼前で展開された、果敢な迎撃戦。

 信頼に裏打ちされたパーティプレイでの見事な勝利。

 押し潰されそうなほどの屈辱と敗北感。

 心が死ぬかと思った。


「だからそこの受付さんから話を聞いたときに、俺たちは――俺は受けると決めた。。枝葉のためでも、もちろん報酬のためでもねえ。俺のために――俺の心のために、


 それ以外にない。

 どう言葉を取り繕ったところで、今のダイモンは負け犬だった。

 彼は今まで、負け犬の辛さなど味わったことはなかった。

 元の世界では、身体は大きく身体能力にも恵まれ、学業でも優秀な部類だった。

 この世界に来て、初めて底の底。底辺という場所に落ちた。

 落ちただけでなく這いずり回った。

 泥沼の中で延々ともがき続けるような、最悪の気分だった。

 だからダイモンは、ハンナの話に乗った。


 ここから抜け出せるのなら、なんだってする。なんだってだ。

 命なんていくらでもかけてやる――。


「だから枝葉とその受付さんは俺が守る。今度こそ命懸けで」


「……」


 沈黙が半汚部屋と化しているスイートルームを支配した。

 レットは決断を下さなければならなかった。

 それがパーティのリーダーである彼の役目だ。

 そして思った。


 “人は自分に関係する事柄すべてを自身の手で処理できたら、どんなに幸福だろう”


 ――と。


「――行くぞ」


「ちょ、ちょっと、レット!」


 装備を持ち客室を出て行きかけたレットを、パーシャが慌てて呼び止める。


「こいつらを信用するの!?」


「ああ」


「どうして!?」


「恐怖を知っているから」


 レットの答えは簡潔だった。


「死ぬことよりも恐い、“期待に応えられない怖さ” を知っているから」


 人は非情だ。

 勝手に期待を寄せて、応えられなければ離れていく。

 それは肉親や友人でも変わらない。

 むしろ近しい関係ほど掛けられる期待は重く、応えられなかったときに浮かべられる落胆の表情も大きい。

 そして誰にも期待されなくなったときに訪れるもの、それが孤独だ。

 レット自身、押しつけられた期待に応えるためにもがき続け、ついには押し潰された存在長兄を間近に見て育った。

 だがそれでも……最初から期待すらされなかった存在自分に比べれば、遙かにマシだ。


「今度こそエバの期待を――信頼を裏切るな。裏切ったときは――」


 レトグリアス・サンフォードの眼光に殺気が籠もった。


◆◇◆


 パーシャは “獅子の泉亭”を出ると、何度も振り返り四階の客室の窓を見上げた。

 決して納得したわけではない。

 しかし、実際のところレットにはリーダーとして他に決断の下しようがなかったのも事実だ。


 “有事の際にはギルドの指揮下に入り、その指示に従う”


 探索者ギルドで登録をする際に記載した書類に真っ先に書かれていた――つい昨日まで死文化していた――条項だが、破れば探索者としての登録を抹消されて迷宮に潜れなくなる。

 自分たちは日々の糧を得る手段を失い、路頭に迷うことになる。

 この城塞都市に居続けることすら難しくなるだろう。

 自分の故郷に、家や森や村に帰るしかなくなる。


 ――冗談じゃない。誰が帰るもんか。


 パーシャは唇を噛みしめて、前を向く。

 帰る場所があるなら、最初からこんな所に来たりはしない。

 迷宮なんかに潜ったりはしない。

 それしかないから、そこしかないから、血反吐を吐いてだってしがみついてるんだ。

 もう後ろは振り返らなかった。


◆◇◆


 アッシュロードは王城から南に向かって伸びる都大路の東側、市場に併設されている城塞守備隊の駐屯地に戻っていた。

 司令部は三階建ての石造りの館で、その三階にある守備隊の司令官室にアッシュロードはいた。

 前任者の城壁隊長の行方は依然として不明のままだ。


 城塞各所から上がってくる報告をまとめた書類に目を通しながら、アッシュロードはもはやそれがデフォルトとなった不機嫌極まる顔で考え込んでいる。

 城塞の守備――主に治安維持――に必要な最低限の兵数を残した場合、編成できる迷宮奪還部隊の兵力は約一〇〇〇。一個大隊が精々だった。

 これにレベル7以上の探索者約七〇名が加わる。


 迷宮での探索、または強襲&強奪ハック&スラッシュをするだけなら、最大六名の探索者で事足りる。

 というよりも、それ以上になると迷宮内での取り回しが悪くなり逆に生還率が下がる。

 しかし、今回の作戦は違う。

 今回の作戦の目的は、迷宮地下一階の南西区域エリアを完全に占拠・制圧し、そこに帝国軍の橋頭堡を確保することにある。

 さらにはその橋頭堡を拡大強化し半永久的な防衛拠点にまで発展させる。

 “迷宮軍” が二度とから出て来られないように、その出口を塞ぐのだ。


 占拠・制圧はともかく、恒久的な維持となると一個大隊程度の兵力では明らかに不足だ。

 城塞都市を守るためには、最低でもトレバーンの軍が帰還するまでの間は確保し続けなければならない。

 これまで地下一階に生息していた魔物が相手なら、一個大隊での確保・維持も容易だろう。 

 しかし、状況は大きく変化している。

 地下一階に今までと同じ魔物が配置されているとは限らない。

 最下層の魔物が手ぐすねを引いて待ち構えてないとは言い切れないのだ。


 現在、探索者最強の実力を誇るパーティ “緋色の矢” が威力偵察に出ている。

 “駆け出し区域ビギナーズエリア”と呼ばれる一階の南西区域で一当てして、どの程度の難易度か調査しているのである。

 彼女たちが帰還すれば、迷宮の現状が理解できるだろう。

 帰還しないようなら……城塞都市 “大アカシニア” を巡る攻防の主導権は、迷宮軍に――魔女アンドリーナに完全に握られる。


「――相変わらず不景気な顔してるね」


 次席近衛騎士であり、今や城塞守備軍の正式な次席指揮官であるドーラ・ドラが司令官室に入ってきた。

 漆黒の鎖帷子チェインメイルに身を包んだ肢体が、しなやかに音もなく近づいてくる。


「実際不景気だからな」


 頑丈で広いオーク材の机に報告書を投げ出すと、アッシュロードが嘆息した。


「戻ったのか?」


「ああ、無事にね」


「そうか――で?」


最上層一階に生息している魔物はこれまでどおり。 “オークゴブリン” に “犬面の獣人コボルド” 、それに“野盗ブッシュワッカー” や “無頼漢ローグ” の類いだとさ」


 今し方帰還した “緋色の矢” のリーダー “スカーレット・アストラ” からの報告を、指揮官に伝えるドーラ。


「疑心暗鬼に陥るったらないね」


 次席指揮官の言葉に、アッシュロードも無言で頷く。

 精神的な主導権に限って言えば、完全に “紫衣の魔女” の手の中だ。

 あえて迷宮の入口を手薄にしてこちらを引き入れ、視界のきかない隘路での分断・殲滅。

 兵学の初歩の初歩だけに、疑いだしたら切りがない。

 いっそのこと昨夜の “鉄砲水” を迷宮に流し込んでやりたかったぐらいだ。

 城塞都市を危機に陥れたあの濁流は、地相の関係で迷宮の入口に達することはなかった。

 まったく上手く行かないものだ。


「その迷宮の入口なんだけどね。縦穴はかなりの規模に拡張されているみたいだよ。まぁ、あれだけの大軍が溢れて出来たんだからそれも当然だけどね」


 ――見張りの衛兵が詰めていた屯所は跡形もなかったとさ。


 最後にドーラが付け加える。

 いくら訓練を受けた兵士とは言え、あの大軍に呑み込まれては断末魔の叫びすら上げられなかっただろう。


「それで、どうするんだい?」


「軍の再編成が完了しだい出陣する。逆侵攻だ」


 躊躇なくアッシュロードは答えた。



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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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迷宮無頼漢たちの生命保険

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出演:小倉結衣 他

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