アトラクション

「――エバさんを、これから “王城レッドパレス” に搬送します」


 レットを初めとするパーティの仲間たちが目を覚ますと、ハンナはアッシュロードから託された “悪巧み” の一部を説明した。

 すでにその “悪巧み” の考案者は、わずか三〇分の仮眠を摂っただけで守備隊の司令部に戻っている。

 まるで鉄人だ――とハンナは思わずにいられない。


「話の内容は理解した。アッシュロードの危惧ももっともだと思う」


「そうね……地下八階でのあの姿を “カドルトス寺院” の司教たちに見られてしまったのなら一刻の猶予もないわ」


 リーダーのレットがうなずき、エバと同じ女神ニルダニスの僧侶プリーステスであるフェリリルも同意する。

 本来なら彼女らが帰依する “ニルダニス寺院” に駆け込みたいところだったが……。

 そんなことをすれば、グレイの怖れるとおりに宗教戦争の引き金にすらなりかねない。

 伝説の “銀髪の聖女”の再臨・再誕ともなれば、それはすなわちニルダニスの信徒にとって現人神あらひとがみの出現に他ならないのだから。

 辛うじて保たれている二宗派の均衡を傾けるには充分すぎる事件インパクトだ。


「……レッドパレスなら、おっちゃんの顔馴染みの宰相閣下の力も借りられるってわけか」


 パーシャが右手の親指を噛みながら呟いた。

 休息を得た自慢の脳味噌が猛烈な勢いで回転している。

 上帝トレバーンの親政である “大アカシニア神聖統一帝国” には宰相という役職は置かれていないが、正式に筆頭国務大臣の任にある財務大臣のトリニティ・レインがそう呼ばれるのは不思議なことではない。


「うん、うん、そうだね――あたいもそれが一番だと思う」


 親指から唇を離すと、ホビットの魔術師メイジが勢い良く顔上げた。


「レット、ハンナの言うとおりだよ! ここに置いておいてもエバが危ないだけだ! 今のエバを守るにはトレバーンの権威が必要だよ!」


 黙って成り行きを見守っていたジグとカドモフもうなずく。

 自分たちが着きっきりで守ってやれるならいざ知らず、帝国宰相の協力を当てに出来るなら、このままこの宿屋に置いておくよりはいいだろう。

 いつまた “迷宮軍” の襲来があるかも分らないのだから。


「――よし。ハンナ、すぐにエバを王城に運ぼう」


 だがレットの言葉に、ハンナは意外な反応を返した。


「まってください。のあなた方には別の指示が出ています。レットさんたちにはそちらの指示に従っていただきます」


 ハンナは続ける。

 現在、帝国軍では迷宮への逆侵攻を計画している。

 迷宮と地上を繋ぐ区画を奪還&占拠。

 橋頭堡を確保して防衛拠点を築くのが目的だ。

 その際に、迷宮を熟知している探索者を先鋒として攻略軍に参加させるようにと、王城から探索者ギルドに指示が出ている。

 人選はギルドに一任されているが、ある程度の数と練度は確保しなければならない。

 そして第四位階の魔法――魔術師が “凍波ブリザード” や “焔嵐ファイア・ストーム” 呪文を修得し、聖職者が “解毒キュア・ポイズン” の加護を授かるレベル7が、その最低ラインとされたのだ。


 昨夜の迎撃戦で経験を積んだレットたちは、今朝の休息明けで全員がレベル7に成長していた。

 目を覚ませるなら、エバも同じだっただろう。

 このため、レットたちはこれからギルドに出頭したのち、編成される迷宮奪還部隊に組み込まれる手筈になっていた。


 本心をいえば、ハンナもレットたちにエバの護衛を頼みたかった。

 しかしレッドパレスからの指示には逆らえない。

 探索者ギルドは官営の組織であり、指揮監督権は王城にある。

 ここにアッシュロードがいればまた話は変わっただろうが、そのアッシュロードにしても探索者ギルドへの指揮権はない。せいぜいがだけである。


「それじゃ、誰がエバを守るのよ! 王城から兵隊が来てくれるの!?」


 カドルトスの信者はどこにでもいる。

 この城塞都市には彼らの帰依する男神を祀る総本山があるのだ。

 信仰という名の鎖で、末端の信徒にまで強固な組織が作り上げられている。いや、その信仰は末端に行けば行くほど強まると言っていい。

 当然、監視の目が光っていると考えなければならなかった。

 エバが王城に移されると知られれば、今回の混乱のどさくさに紛れて強行手段に出ないとは限らないのだ。


「護衛は彼らに頼みます――入ってください」


 最初から反発されることを予想していたハンナが、客室の入口に向かって呼ばわった。

 ドアが開いて、数人の男女が入ってくる。

 その顔を見た瞬間パーシャが息を飲み、見る見ると険悪な表情になった。


◆◇◆


「こ、これ本当にVRなんですか……?」


 闇に漂うカビと湿った埃の臭い。

 それに混じる腐敗臭。

 微かな排泄物の臭いまでもが感じられます。

 映像が余りにもリアルなので、のでしょうか?


「これ……すごくない? あたし、本当に鎧着てるわ」


「ああ、ここまでとは思わなかった」


 リンダと空高くんも、自分の身に付けている鎧や武器を見て感嘆……いえ、驚嘆しています。

 道行くんは……といえば。


「……」


 自分の格好を見て、なんとも表現のし難い顔を浮かべていました。

 わたしから見ても、なんとも表現のし難い格好です。

 ローブはともかく、道行くんボサボサ頭に三角帽はどう……なのでしょうか。

 しかも杖ではなくナイフ? といえば良いのでしょうか、極々短い剣を腰に下げていました。


「な、なかなか似合ってますよ。さしずめ “のガンダルフ” ですね、あははは……」


「……(……ガックリ)」


「そんなにガッカリしないでください。大丈夫ですよ。カッコイイですよ」


「……俺の心配より、そっちこそどうなんだ?」


「? わたしですか?」


「……そんな重そうな得物、振り回せるのか?」


「……え?」


 灰色の道行くんの視線がわたしの腰の辺りに注がれています。


「ひぇっ!? な、なんですか、このは!?」


 道行くんの視線を追ったわたしの目に、とんでもない物が飛び込んできました。

 わたしの右腰に吊されていた、それは……これはいったいなんなのです!?


「ト、トンカチではありませんよね? 見るからに凶器然としているのですが……」


 怖々と、その重そうな(実際に重いです。腰が吊り下げているベルトごと引っ張られます)金属製の棍棒? のような物を見つめます。


「まさしく凶器だね。戦棍メイスっていうんだ。僧侶みたいな聖職者は、戒律で剣のような刃のついた武器使えないことになってて、血が出る武器はNGなんだよ」


 空高くんが苦笑混じりに説明してくれましたが……。


「こ、これで殴られて血が出ない人なんているのですか?」


 そ、そんな設定、トールキン教授にありましたっけ?

 こんな物で殴られて血が出ないなら、それはもう人じゃありませんよ。魔女ですよ、フランケンシュタインの怪物ですよ。


「……頼むから人の足の上に落とさないでくれよ。落とすなら自分の上に頼む」


「ど、努力します」


 かなり冷たいことを言われてしまいましたが、それも無理からぬことかとも思います。

 誰だってこんな物を自分の足の上に落とされたくはありません。


「でも、ほんとすごいわ、これ――えいっ! たぁ!」


 リンダがやはり腰に吊していた道行くんの物よりも長めの剣? を抜いてビュンビュンと振り回しました。

 顔が本当に楽しそうです。


「きゃっ! や、やめてください! 危なすぎますよ、リンダ!」


「これ、“フレンドリー・ファイア” って、あるのかな?」


「……ここまでリアルだと、試す気にもなれないな」


 ふたりの灰原くんの会話です……。

 もうやめてください……意味が分らなくても、会話の雰囲気だけで心臓が止まってしまいます。


「ね、ね! 魔法はどうやって使うの?」


 リンダがピョンピョンと跳ねるように訊ねます。

 艶消した黒い革製の鎧をタイトに着込んでいて、なかなかにセクシーです。


「ええと、確か教えてもらった呪文や祝詞を唱えると使えるらしいです」


 アトラクションの入口で係員の人から受けたレクチャーでは、そう言われました。


「……正確にってところが引っ掛かるな」


 同じ魔法使いの道行くんがポツリと漏らしました。


「そうですね……最初に呪文を暗記させられて、それ以降は確認させてもらえない昔のゲームブックみたいです」


 言ってしまってから、ハッと後悔しました。

 不安的中です。

 案の定 “奇妙な動物Strange Animal” を見るような目で、道行くんがわたしを見ています。


「……なんで、そんなこと知ってんだ?」


「それは……お父さんに教えてもらったからです……ゴニョモニョ」


 わたしのお父さんは、赤い背表紙のゲームブックが大好きなのです。

 それでたまにお話を……ゴニョモニョ。


「わ、わたし自身はファンタジーよりも古典などの方が好きなのです。万葉集とか古今和歌集とか。ファンタジーはトールキン教授を読んだくらいで――あ、いや、別にわたしの趣味なんてどうでもいいですよね。あははは……」


 しどろもどろ、とはまさにこのこと。

 わ、わたしは何をうろたえているのでしょう。

 どうもこの人は苦手です。


「ちょっと使ってみせてよ、魔法」


 そんなわたしに、リンダが興味津々といった顔で救いの手を差し伸べます。


「え、ええ、いいですよ」


 ええと、確かわたしが教わったのは……。


「……やめといた方がいい」


「そうだな。さっきの説明だと魔法は回数制みたいだから。無駄遣いしたらいざというとき使えなくなる」


「あ~、そうなんだ。けっこうシビアなのね」


「そもそも、どうすればこのアトラクションはクリアなのです? クリア条件の説明ってありましたっけ?」


 先ほどレクチャーでは舞い上がってしまっていて聞き逃してしまったのか、一番重要なところが曖昧なままです。


「出てくる怪物を倒しながらゴールを目指すらしいよ。その時に得ていた財宝の多さで景品が決まるんだってさ」


 あれれ? そんなこと言ってましたっけ?

 まったく記憶にないのですが……。


「とにかく、進んでみようよ。ここで話していても――」


「――空高っ!!!」


 空高くんがそこまで言ったとき、道行くんの鋭い警告が飛びました。

 ハッとした空高くんが振り返ると、背後の暗闇に “犬の頭をした毛むくじゃらの怪物” が浮かび上がっていました。

 逆手に持った赤錆びた剣を振り上げて、大きく裂けた口からは鋭い牙と大量の涎が零れていて……。


 わたしは今になって、レクチャーの中でハッキリ思い出せる話がありました。

 それはアトラクションが始まったら、まずなにをおいても “聖水で魔除けの魔方陣を描いてキャンプを張ること” 。そうしなければ、いつ怪物に襲われてもおかしくはない――と言われたことです。


 アトラクションは…… “ゲーム” はとっくに始まっていたのです。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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