昏睡

 “Dungeon of Death”


 ようこそ! 死の迷宮へ!

 一生遊んでても飽きないおもしろさ!(簡単には帰しませんよ!)


 ……。

 ……ええーーっ?


「これ知ってる! 今SNSでめっちゃ話題になってるやつでしょ! アトラクションに入ったまま、行方不明ロストしちゃう人が続出してるって!」


 興奮気味にはしゃぐリンダに、もう一度『……ええーーっ?』といった顔になります。

 な、なんですかそれは……新手の炎上商法ですか?


「そう! 最先端のVR技術を使った、迷宮探索型の “ハクスラ” アトラクション!」


「ハクスラ……ですか?」


「……ハック&スラッシュの略だ。強襲しての強奪。要するに殺して奪い取るゲームのことだ」


 空高くんの説明に道行くんからの補足が入り、わたしは気が遠くなりました。


「……俺、その辺で寝てるから、おまえらだけで行ってこいや」


 道行くんが、家族サービスで遊園地に来た瞬間に力尽きてしまったお父さんのようなことを言いました。

 物臭ものぐさな臭いが漂いまくっています。

 ですが、これこそ渡りに船というものです。


「そ、それじゃ、わたしもここで待っていてもいいですか? そ、そういうのはちょっと……」


 これ幸いにとばかりに、乾いた……を通り越した引きつった笑いを浮かべて、辞退を申し出ます。

 殺すとか、奪い取るとか、バーチャルリアリティではとてもとても耐えられる自信が……。

 お父さんが “バイオハザード” を始めると、そそくさと退散するほどなんです、わたし……。


「はぁ? 着いた早々いきなりそれはないでしょ!」


 リンダが顔色を変えてわたしに詰め寄ると、恐い顔で耳元で囁きます。


(道行くんと二人きりになりたいなら、アトラクションの中でしてよ! 露骨すぎるわよ、あんたたち!)


(ええっ!? 違いますよ、そういうのではありません!)


 どうしてそういう話になるのですか!

 わたしたちは純粋に、このアトラクションに入るのを遠慮したいのです!


(空気読んで! わたしだっていきなり空高くんとふたりきりなんて困るわよ!)


 ああ、もうリンダの外弁慶! まったく天を仰ぎたくなる思いです。

 でも……確かにリンダの言うとおりです。四人で遊びに来ていきなりそれはマナー違反ですよね。

 わたしはトホホな思いで、チラリと道行くんの方を見ました。

 すると、道行くんもなにやら空高くんに耳打ちされています。


(――おい、いきなりそれはないだろ!)


(……あ?)


(まだのは早いって言ってるんだ。女の子が怖がるだろ。だいたい、おまえもう枝葉さんに決めたのかよ。そんなの林田さんに失礼だろうが)


(……決めるも何も、どうせふたりともおまえが目当てだよ。決めるのは俺じゃなくておまえだ)


(おまえな、道行。いくら貴理子きりこがいるからって、余裕持ちすぎだぞ)


(……なんであいつの名前が出てくるんだ?)


(おまえがいつまでも態度をハッキリさせないからだろう。お前が彼女を作らない限り、あいつはおまえの世話を焼き続けるぞ。それじゃ可哀想だろうが)


(……俺のじゃなくて俺たちのだろう。俺だけの幼馴染みじゃないぞ、あいつは)


(いいから、おまえも来るんだよ)


(……)


 少ししてから、空高くんが道行くんを連れてこっちに来ました。

 短い時間でしたが、あちらでも何やら熾烈な応酬があったようです。


「おまたせ。やっぱりこいつも入るってさ――な?」


「……(……帰りてぇ)」


「よかった。瑞穂も気が変わったって――ねー?」


「は、ははは……よろしくお願いします(……帰りたい)」


 士気旺盛なふたりに、敵前逃亡を捕らえられたふたりの図……でした。

 わたしたちはアトラクションの入口で係の人から簡単なレクチャーを受けると、スポーツ用のサングラスのような黒っぽいゴーグル?を手渡されました。

 どうやらこれを着けることでVRの世界に入れるようです。


「へぇ、すごい。最新のはこんなに薄いんだ」


「本当ですね。お父さんが持ってるPS用のはもっと大きくてゴッツい感じです」


「出た、瑞穂の “お父さん”」


 リンダがニヤニヤしながらわたしを見ました。


 カアァァァァ。


「……本当にお父さん子なんだな」


「ほ、ほっといてください!」


 ポカッ!


「……痛て」


((……もうスキンシップかよ))


 真っ赤な顔で道行くんに思わずポカリッしたわたしを、リンダと空高くんが目を丸くして見つめました。

 それから、コホンッと空高くんが咳払いをして、


「最初はまず職業クラスを決めるんだったな。みんな何にする?」


 と訊ねました。


「なにがあるの?」


戦士ファイター盗賊シーフ僧侶プリースト魔術師メイジ――の四種類だね」


「わたしはやっぱり剣を振るって戦いたいな! えいっ! やあっ!」


「重い武器を持って戦うなら戦士。軽い武器で身軽に立ち回るなら盗賊だけど、どっちがいい?」


「うーん、盗賊かな、やっぱり――バスケで鍛えたバックロールターンで後ろをとって、ブスリ! みたいな」


「恐いなぁ」


「恐いよぉ」


 空高くんとリンダはいいコンビですね。

 わたしたちとは大違いです。


「道行、おまえはどうする?」


「……あんまり動かなくていいやつ」


「そんじゃおまえは魔術師な」


「……うっす」


「なにそれ、ひどい決め方」


 リンダがクスクスと笑ってふたりの灰原くんを見比べます。


「いいんだよ。道行は “首から下は無用な人間” だから」


「えーっ、もしかして道行くん、頭いいの?」


「……いや、学校の成績もスポーツも空高の方が全然すごい」


「? それじゃなんで?」


「悪知恵、悪巧み、転んでもただでは起きない抜け目のなさじゃ、俺は道行には逆立ちしても敵わないんだよ」


「魔法使いは魔法使いでも、“悪” の魔法使いってわけね」


「リンダ!」


「な、なに?」


「それはいくらなんでも言い過ぎですよ! 失礼というものです! 道行くんに謝ってください!」


「ご、ごめん」


「すみません、道行くん。リンダも悪気はないのです」


「……いや、別に気にしてねえし」


「本当にごめんなさい」


((……なに、この絶妙な距離感は?))


「え、枝葉さんは何をやりたい? 残りは戦士と僧侶だけど?」


「わたしもあんまり動き回るのは……運動音痴なんです。すっごく」


「それじゃ僧侶をやってよ。みんながケガをしたら治す役目だ」


「そ、それがいいです。それにしてください」


 剣を振るって怪物と戦うなんて、わたしには絶対に無理です。

 自分で自分を切ってしまうのがオチです。

 空高くんが残った戦士になって、パーティは完成しました。

 いよいよアトラクションの開始です。


「よーし、行くわよー!」


 リンダが気合いを入れた直後、視界が切り替わり、わたしたちは暗い地下迷宮に立っていました。

 その余りの現実感リアリティに、誰もが言葉を失います。

 闇に漂うカビと湿った埃の臭い。

 それに混じる腐敗臭。

 微かな排泄物の臭いまでもが感じられます。


「こ、これ本当にVRなんですか……?」


◆◇◆


「……エバさんは外部からの刺激に反応しません……昏睡状態です」


 宿屋四階の長く自分が占有している客室スイートルームで、アッシュロードはハンナ・バレンタインから重い報告を受けた。

 彼の視線の先、半分ほどが奇麗に片付けられ、もう半分が乱雑なままの部屋の中央に置かれたベッドで、 エバ・ライスライトが眠っていた。

 さらにその左右に、エルフの僧侶プリーステスであるフェリリルと、ホビットの魔術師であるパーシャも寝かされている。

 スイートに置かれているのはキングサイズの物だが、さすがに三人で使うとなると少々窮屈だった。

 だが仕方がない。

 他の客室は五階のロイヤルスイートを含めて、探索者と住人の負傷者で溢れかえっている。

 この部屋にも三人の娘の他に、そのパーティメンバーの三人の男が寝ていた。


 探索者ギルドからの指示で、臨時の看護婦として “獅子の泉亭” に派遣されている受付嬢のハンナは、


「エバさんは寺院に運びましょう。わたしではとても無理です」


 疲労の滲んだ顔にさらに憂慮の表情を浮かべて言った。


「……駄目だ」


 アッシュロードは苦渋に満ちた顔を振った。


「どうしてです!」


「ライスライトは寺院の坊主どもに、あの時の姿を見られている」


 エバが女神 “ニルダニスの聖女” として覚醒しかけた姿はあの場にいた多くの探索者や兵士だけでなく、ドーラ・ドラの半ば脅迫染みた説得によって(本当に)遅ればせながら重い腰を上げた “カドルトス寺院” のたちにも目撃されている。


 男神カドルトスと女神ニルダニスの二大宗派は中立寄りの協調路線を採ってはいるが、それはあくまで表面上だ。

 一皮剥けば、互いの勢力拡大のための暗闘を気が遠くなるほどの年月繰り返してきている。

 男女二柱の神が世界を生み出したという建前の存在が、全面的な宗教戦争への発展をどうにか抑えているに過ぎない。

 かつて勇者と共に世界を救ったといわれる “銀髪の聖女”の再臨は、容易にその建前を崩し去るだろう。


 エバがどちらかの勢力の手に落ちれば、彼女をアイコン化して信仰の象徴としたがる女神派と、それを阻止しようとする男神派が、その存在を巡って互いに “呪死デス” の加護を撃ち合う狂信者と化すのは火を見るよりも明らかだ。


「それではどうすれば……」


 アッシュロードは寝不足と精神力マジックポイントの消耗で酷い頭痛がする頭に鞭を打った。

 考えなければならないことが多すぎた。


 城塞都市の防衛計画。

 守備隊の再編成。

 守備隊と探索者の連携の確立。

 迷宮への逆侵攻と橋頭堡の構築。


 優先順位を着けなければならない。

 優先順位を……。


「……ハンナ、頼みがある」


 そしてアッシュロードは、エバ・ライスライトを守るための悪巧みの一切を、探索者ギルド一の才媛に託した。


「……こんなときに初めて名前を呼ぶなんて、ズルいですね」


 ハンナは喜びと寂しさのない交ぜになった、儚い微笑を浮かべた。


「……こいつは “切った張った” で命を落とすような奴じゃないんだ」


 それはまさしく、アッシュロードの言い訳であった。

 しかし、彼の本心でもあった。

 続いた言葉も……。


「……それはおめえやフェリリルにも言えることだ」


 アッシュロードは思う。

 違うのだ、と。

 この娘たちは自分やドーラとは根本的に違うのだ、と。


 まだ染まってはいない。

 まだ汚れてはいない。


 一度染まってしまっては決して拭うことのできない “何かに” まだ穢れてはいないのだ……と。

 だから、そうならないようにしてやらなければならない。

 それがすでに “汚れてしまった者” の役目……救済なのだと。

 そう思える程度には、アッシュロードは大人だった。


「わかりました。必ず言われたとおりにします」


 ハンナが決意を固めてうなずく。


「……悪いとは思ってる……いつも貧乏籤引かせちまって」


「それなら、今度お返しをしてください」


「……お返し?」


「はい」


「……俺に出来ることなら」


「簡単なことですよ。この騒ぎが落ち着いたら、デートしてください」



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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

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https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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