第2話 それじゃ、俺は行くよ

 給食を食べ終わってアミ達と雑談する。


「そういえばゆうくん、あの夢の続き見るの?」


 アミに聞かれて、今朝の夢を思い出す。


「え? 夢? どんなの?」


 グループの子に尋ねられたから、今まで見てきた冒険の夢の話をする。


「ユウキ、英雄願望あるのか。意外だなー」

「あはは。そういうわけでもないと思うんだけど」


 英雄、勇者、か。


『すべてを思い出すのです。怖がらず、受け入れなさい』


 突然聞き慣れない声がした。

 驚いてきょろきょろすると、みんなに不思議な顔をされた。


 あの声が聞こえたのは僕だけか。

 そうだよな。にしか聞こえないはず。

 なぜならあの声は……。


 どくん。心臓がひときわ大きく鼓動した。

 途端に、周りに広がる、あの夢の世界。


 俺は立ち上がって廊下に出た。

 誰かが何かを言った気がするがなんて言ったのかはわからない。

 ただ、ここにいてはいけない気がする。


『勇者ユウリ。世界を救うのです』


 またあの声。さっきよりももっとはっきりと聞こえる。


 声に導かれるように、俺の周りに浮かぶ景色が記憶となって流れ込んでくる。


 あぁ、そうだ。


 今まで夢として見ていたのが、本来の俺の姿、俺の居場所。


 俺は、俺達パーティは魔王に戦いを挑み、激闘の末、破れた。

 一瞬たりとも気を抜いてはいけない戦いで、俺が隙を見せてしまったから。


 魔法使いのミルアが魔王からの攻撃にさらされた俺をかばって倒れた。

 大切な人が俺の代わりに一撃で命を奪われた。

 ますます動揺する俺はがむしゃらに剣を振るった。

 そんな攻撃でかなう相手ではない。


 連携の崩れた俺達は一人ずつ魔王の餌食となった。

 盗賊のシーラ、僧侶のルイノスが魔王の魔法で焼かれ、最後に俺が残された。


「人間とは、か弱きものだ。なぁ、勇者よ」


 魔王のあざけりと憐れみの混じった言葉に俺は死を悟った。


 危険な旅と知りながら共に戦ってくれていた頼もしい仲間と一緒に、守りたかった人達。

 母、同郷のお世話になった人々、王都で俺達の活躍を喜んでくれた人達。

 勇者様と慕ってくれた子供達と、彼らを温かく見守る親。

 魔物を避けながらも穏やかに暮らす人達の幸せそうな笑顔を、俺は、守りたかった!


 魔王の爪が俺の体をえぐった時、俺の意識は肉体を離れた。


 このまま死にたくない、どんなことをしてでも必ず戻り、魔王を倒す、倒したい。


 強い願いに応える「何か」、あの声の主に導かれて、俺の精神体は……。


 遠い異世界の、この体に入り込んだ。


 記憶をなくして、過去の出来事を夢として見ながら楽しい生活を満喫していた。


 そしてこの世界でも、俺は大切な人を見つけていた。


「どうして、ここだったんだ」

 つぶやいた。


 こんな平和に浸かってしまったら、戻りたい気持ちが弱まるじゃないか。


『魔王が貴方の世界を亡ぼし、力を伸ばしています。貴方の世界にとどまらず、遠く離れたこの世界にもいずれ影響を及ぼすやもしれません。貴方に身をもって知ってもらいたかった。魔物に怯えず暮らすことがどれほど幸せかを。それが失われることがどれだけの恐怖かを』


 言われて、はっとする。


 魔王が力を伸ばし異世界にまで影響を与えるようになってしまったら。

 両親も、クラスメイトも、アミも、魔物に襲われてしまうかもしれない。殺されてしまうかもしれない。


 そんなのは、駄目だ。


 魔王と戦う前に戻れるのなら、戻りたい。戻らなければ。

 ぐっと拳を握る。


「ゆうくん!」


 後ろから声がした。振り向かなくても判る。アミだ。

 今彼女を見たら決意が揺らぎそうで、俺は何も言えずに彼女に背を向けている。


「どこか遠くに、行っちゃうのね」


 アミの声が震えている。

 彼女はの存在に気づいているのか。

 何も言えない俺の背中に、彼女の声がそっと届く。


「負けないでね」


 あぁ、彼女は……。何もかもを知っているんだ。


 振り向いた。

 涙を目に溜めたアミが、一生懸命笑顔を浮かべている。

 彼女にそんな顔をさせてはいけない。

 心からの笑顔を守るために、俺は、行く。

 そっと腕を伸ばして彼女を抱きしめた。


「負けないよ。今度こそ、みんなを、世界を守る」


 腕を解くと、アミは安心したようにうなずいた。


「それじゃ、俺は行くよ」

「うん。……あなたの名前、教えて。本当の名前」

「ユウリ」

「それじゃあなたもユウくんだね」


 アミがにっこりと笑う。


「行ってらっしゃい、ユウくん」


 愛しい人の声に力強くうなずいた。


 周りの景色が、魔王の城になる。まがまがしくどす黒い雰囲気に包まれた城の前に俺達が立っている。

 よし、今だ。

 アミの見送りを受けて、俺は力強く目の前の俺に手を伸ばした。


 するりと体が何かを抜ける感覚の後、一瞬のめまい。


「ちょっと、ユウリふらついてるよ。大丈夫?」

「勇者ちゃん、お疲れ?」

「回復魔法かけるか?」


 ミルアとシーラ、ルイノスの声に、大丈夫と応えた。


 戻ってきたんだ。この世界に。

 体に力がみなぎるのを感じた。


「今朝、夢を見たんだ」


 俺の唐突な言葉にみんなが驚いて俺を見る。


「平和な世界で暮らす夢だった。魔物なんていない、便利な物がたくさんある世界で、俺は学校に行っていた」


 日本での生活を夢として話すと、仲間達は楽しそうに目を細めた。


「俺らが魔王を倒したら、少なくとも魔物に怯えず暮らせる世界を手に入れられる」

「そうね。素敵だわ」

「勇者ちゃんの夢を現実にしちゃおう」

「我らを信じてくれている人達のために」


 魔王の城に足を踏み入れる。

 玉座の間には血のような赤いじゅうたんが敷かれ、その先に魔王がどっしりと構えている。


 俺にとっては二度目の戦い。

 同じ失敗はしない。

 それに、俺には守るべきものが増えた。

 遠く離れていても、君の幸せをも守るために戦おう。


「行くぞ、みんな!」

「おぅ!」


 俺らは戦闘態勢を整えて、魔王の前に進み出た。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

守るべきは君の笑顔――そばにいても、離れていても 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説