守るべきは君の笑顔――そばにいても、離れていても

御剣ひかる

第1話 ずっと、一緒にいてくれる?

 俺は勇者だ。正確には勇者だった男の息子だ。

 だから父の名に恥じないように、俺も世界を魔物だらけにしようとする魔王を倒すことを目指している。


 今日は王都の近くの森にあるオークの巣窟に仲間と一緒に踏み入って掃討した。


 俺は剣術メインで魔法も少し使える。

 仲間は三人。攻撃魔法メインの女の子、回復魔法メインのお兄さん、手数と素早さを武器にする盗賊のお姉さんだ。


 随分腕も上がってきたことだし、そろそろ王都を出て魔王の支配する地域に向かってもいいかな。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 けたたましい目覚ましのベルで僕は目を覚ました。

 あぁ、またあの夢だ。

 異世界で勇者見習いになって、パーティのみんなと敵をどんどん倒していく夢。


 妙にリアルに覚えててすごくワクワクする。ゲームなんかの物語をダイジェストで夢に見る感じ。

 実際の僕は何のとりえもない高校二年生で、勇者どころか運動は全然ダメなんだけど。


「ゆうくーん、おはよー」


 支度をして家を出ると、隣の家から同じ高校の女の子が出てくる。

 彼女は愛海アミ、いわゆる幼馴染だ。付き合おうという話とか全然したことないけど周りからは、多分アミからも、僕達は付き合っていることにされている。


 かわいいし一緒にいて楽しいから、周りからのそういう目はすごく嬉しかったりする。


「今朝また見たんだよ、冒険の夢」

「最近多いね。今日はどんなの?」

「オークの群れをやっつけてた。僕が剣でダメージを与えて、仲間が攻撃魔法で止めを刺すんだ。連中は再生能力持っててさ、切っても切ってもすぐに治っていくから大変で……」


 僕が夢の話をしても、アミは馬鹿にしたりしない。むしろ面白がって聞いてくれる。

 そういうところもかわいいんだよなー。


「夢もいいけど、今日数学の小テストだよ。勉強した?」

「え、テスト今日だっけ? ヤベっ」

「もー、仕方ないなぁゆうくんは。学校着いたらテストに出そうなとこ教えてあげるからがんばって」

「うん、ありがとう」


 マジ女神。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 魔王の支配する地域に入ってから、敵が格段に強くなった。

 苦戦することが増えてきたが、ここでくじけるわけにはいかない。

 今はまだ安全な王都も、その周りの町や村も、このままではいずれ魔物が押し寄せてきてしまう。


 誰かがやらないといけない。

 だから、俺らがやる。


 俺らは今、不死の魔物を操るヴァンパイアの根城に向かっている。

 当然のごとく邪魔をしてくるゾンビども。


「うじゃうじゃ湧いてきて嫌ー」


 ファイアウォールで辺りのゾンビを焼きながら、魔法使いミルアがため息をついた。彼女は同郷で、一番長く俺と一緒に旅をしている。


「ユウリ! 一気にやれないか?」


 ターンアンデッドを唱える兄貴分、ルイノスが肩を上下させながら俺に言う。


 うなずいて、剣を腰だめに構えた。

 力を刃に集中させる。

 白く輝きだした刃を敵に向け、一閃!


 まばゆい光が衝撃波となり、ゾンビどもをなぎ倒し、塵に変えていく。


「いいねぇ。随分になってきたじゃない? 勇者ちゃん」


 盗賊の姉貴、シーラが笑う。彼女とルイノスは王都から一緒になった。


 もうパーティを組んで五か月ぐらいか? 息が合ってきたよな。


「よし、ヴァンパイア退治だ! 行くぞみんな!」


 俺の掛け声にみんなの声が重なった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 またこの夢を見たのは、今日、映画を見に行くからかな?

 映画は和風ファンタジーのアニメだけど、魔物を倒すのに違いはないからね。


 アミもわくわくで、二人して笑顔で映画館に向かう。


「人多いねー」

「アミ、はぐれないようにな」

「何その子ども扱い」

「そんなつもりはないけどさ」

「じゃあ何のつもり?」


 小首をかしげるアミの髪が、さらっと揺れる。頬を少し染めて見上げてくる目がすごく綺麗だ。


 くっそ、そんな顔、卑怯!


 俺はそっぽを向いて、アミの手を、そっと握った。

 ちら、とアミを見ると真っ赤になってうつむいている。

 うわぁ。やっぱ、可愛すぎる!


「自分らの世界に浸ってないで前進んでよー」


 後ろのお兄さんがニヤニヤしてる。隣のお姉さんはクスクス笑って「からかわないの」とお兄さんに言う。


「す、すみませんっ」


 二人して謝って、空いてしまったチケット発券の列に追いついた。




 映画、よかった。前評判通り面白くて、泣けた。


 しかしまさか最後、主人公の仲間が死んでしまうとは思わなかった。

 いい雰囲気だったからくっつくと思ってたのに。


 アミはシアターを出てからもぽろぽろと涙をこぼしている。

 周りを見ても、大人でさえハンカチで目を押さえている人もいるくらいだから、無理もない。


 僕もうるっと来てる。

 けどここは僕がフォローしないとな。


 とりあえずアミが落ち着くまで待って、近所の喫茶スペースに移動する。


 同じように映画を観終わったと思われる人達が小声で感想を話しているのが、あちこちから聞こえてくる。


 めっちゃネタバレスペースだよなと思いつつ、ジュースを頼んだ。


 アミは、……まだハンカチで顔を覆うようにして泣いている。


「まぁ、確かにあれは泣けるけど」


 ぽろりと漏れた僕の一言にアミは「そうだけど、それだけじゃなくて」と蚊の鳴くような声で言った。


「なんだか、ね。……ゆうくんが、いなくなっちゃう、気がしたの」

「なんだよそれ。僕は別に何と戦ってるわけでもないし、どこにもいかないよ」


 応えると、アミはハンカチを少しおろして、上目づかいで僕を見た。

 涙にぬれた目が、いつもよりきれいに見えた。


「ずっと、一緒にいてくれる?」


 うわ、うわうわうわ。


 かわいすぎる。いや、かわいいなんてそんなことばでは言い表せない。

 なんていうんだ? いとおしい?

 全力で守りたいって感じ?


「うん。大学も一緒んとこ行って、それから……」


 結婚しよう。


 さすがに今それを言うのは逆に嘘っぽい。

 だってまだ将来のことなんて判らない。

 けど、それでも。

 これからもずっとアミと仲良くしていきたい。

 そんなことを考えてたら、アミの目が笑った。


「うん。ありがと。ゆうくん……、大好き」


 最後は聞き取れないぐらいのちっちゃい声だったけど、聞き逃すものか。


「僕も」


 僕もアミに顔を近づけて小さい声で返した。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 魔王との戦いは苛烈を極めた。

 俺ら全員が死力を尽くしても、魔王は倒れない。


 ヤツだってかなりのダメージを負っている。もうひと踏ん張りだ。

 だがさすが魔族を統べる王だ。まだまだ油断ならない。


「ふん、さすがは勇者と名乗るだけはある。我をここまで追い詰めたのは十年前のあの人間以来か」


 十年前。

 それは……、父のことか。

 動揺した俺に、魔王が腕を振るう。


「あぶないっ!」

 ミルアの声。


 魔王のしなる腕は俺を突き飛ばしたミルアの体を横薙ぎにした。

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるか細い体。


 俺は、震える声で彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


「悲観することはない。おまえもその女と同じように――」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ――駄目だっ!!

 跳ね起きた。


 夢、リアルだったなぁ。心臓バクバクしてる。


 今までと違って暗かったなぁ。あのまま続きみてたら、やっぱり魔王に負けてたのかな。


 いや、悪い夢のことは考えるのやめよう。

 今日もアミと、友だちとも、楽しく過ごすぞ。

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