カノジョ同伴の最終面接

ちびまるフォイ

仕事よりはるかに大事なもの

「えーー。それでは最終面接をはじめます。

 といっても、ここまで来たからには最終確認みたいなもので

 面接というわけではないので肩の力を抜いてくださいね」


「はい」


「その前にひとつだけいいですか?」


「なにか?」


「そちらの女性は?」



「僕の彼女です」


彼氏の言葉に面接官は固まった。


ごくごく自然に面接の部屋に一緒に入ってきたので、

なにか手話とか通訳とかそういう人なのかと思っていた。


「か、彼女……?」

「はい」


「え? なんで? なんで最終面接に彼女同伴?

 これまでの面接ではいなかったですよね」


「ええ、そうですね」


「なぜ最終面接で彼女を呼んだんですか?」


「彼女に最終面接まで進んだことを話したところ、

 仕事が受かったら2人の会える時間が少なくなるねってなりまして」


「……はあ」


「僕はそんなことないよって言ったんですが、

 彼女は仕事と私とどっちが大事なのってなりまして」


「……」


「僕は君のほうが大事だよって話したところ、

 だったら最終面接についていくとなったんです。

 そこでの受け答えでちゃんと仕事よりも彼女を選んでいると確かめるために来たんです」


「え!? 彼氏のあなたは面接官と彼女のふたりから面接されてるんですか!?」


「まあそうですね。でも彼女はあくまで僕の観察だけなので、

 授業参観の保護者くらいに考えてください」


「ちょっと!? 保護者ってなに!? まーくん私のことそんなふうに思ってるの!?

 私はまーくんのことを彼氏として大好きなのに、まーくんは私のことをお母さん的な感じで見てるってこと!?」


「ちっ、ちがうよ! 今のは言葉のあやっていうか……」


「信じられない! 私のこと好きなんだよね!?」

「もちろんだよ! 君のことを彼女として好きだよ!」


「お母さんより!?」

「お母さんより!」


「……じゃあ信じる」


彼女の言葉を受けて彼氏はふたたび面接官に振り返る。



「では、面接をどうぞ」



面接官は「やりにくい……」と顔をしかめたがなんとか声は出さずにとどめた。

ほぼほぼ内定は決まっているので形式的な最終面接を終わらせようと腹を決めた。


「そうですね……では、弊社に入ってからのキャリアプランを聞かせてください」


「はい! 僕は学生時代から常にリーダーシップを発揮して

 周りを巻き込みながらさまざまなことを成し遂げていました。

 このスキルを御社でも生かして、新しい事業をしたいと思っています!」


「ねぇ」


ハキハキとした受け答えに対し、彼女が後ろから声をかけた。


「周りを巻き込むって、会社の人?」

「う、うん。そうだよ?」

「女の子もいるよね」

「まぁ……会社だし」


「もうそれ浮気じゃん!! まーくんのこと信じられない!

 私を愛してるならそんなこと言わないよ!」


「愛してるよ! 本当に好きだよ!」


「じゃあ言って」

「え?」


「"僕は女の子のいるプロジェクトには参加しません"ってここで言って!! 言葉で証明して!!」


「僕は女の子のいるプロジェクトには参加しません」

「もっと!」

「僕は女の子のいるプロジェクトには参加しません!!」



「ええーー……?」


かやの外で見ていた面接官のこめかみに冷や汗が流れた。


「うちの会社は、性別関係なく活躍しているんですが……」


「今の聞きましたよね? 私のことを愛しているから、浮気のきっかけになりそうなプロジェクトは無理です」


「か、彼氏さんは本当に就職したいんですよね?」


「もちろんです!」


「えそれどういうこと? 私よりも仕事が大事ってこと?」

「そんなことないよマユたん」


「うそ! 私のこと大事なら、就職したいけど彼女が一番ですって言うもん!」

「もちろん君が一番大事だよ!」


「信じられない! どうせ仕事になったらあえる時間も少なくなって、

 仕事が忙しいって言って好きじゃなくなるに決まってるもん!」


「変わらないよ。仕事が始まってもマユたんのことが一番だよ」


「じゃあ、残業しない?」

「当たり前じゃないか。仕事はいつも早退してマユたんへ会いに行くよ」


「私が寂しくなったらいつでも電話してくれる?」

「当然だろ。どんな取引先からの電話もマユたんの電話よりは後回しさ」


「朝に一緒にいたいとき、会社休んでくれる?」

「マユたんが一番だよ。マユたんが一緒にいたい時はずっといるよ」



「あの、うちの会社はたくさん無断欠勤するとクビになるんですが……」



「それは大丈夫です。無断ではなく、事前に連絡もいれますし仕事はちゃんとこなします。

 クビになるほどには欠勤しませんから」


「ねぇ待って。それじゃもし欠勤回数がギリのときは私よりも仕事を優先するってこと?」


「そんなことにはならないよマユたん」


「なるかもしれないじゃない! だって私がずっと一緒にいたいって言い続ければ

 まーくんはずっと休んでくれるんでしょ!? クビになるかもしれないじゃない!」


「だからそれは……」


「え、私が悪いの? 私がまーくんと一緒にいたいって思う気持ちが悪いの!?」


「そんなことないよマユたん」


「嘘よ! そんなこと思ってる! 本当は私が重いんでしょ!?

 めんどくさい女だと思ってるんでしょ!?」


「ちがうよマユたん」


「もうダメだ、別れよう。もう……辛いけど別れよう」


「ちょっ……!? なんで? なんでそうなるの?」


「だって……まーくんの中で私が重くなってるのわかるもん。

 もう無理だよ。別れるしかないよ。本当は仕事したいんでしょ?

 私なんかより仕事したいんだよね? もう無理だよ。私もまーくんを拘束したくないし」


「わ、別れたくないよ!? 僕はマユたんのことが大好きだよ!」


「信じられないもん……もうマジ無理。別れよう。お互いを嫌いになる前に別れよう……」


「なんで別れる流れになってるの!? あ、ちょっとマユたん!」


彼女は面接用の応接室から出ていった。

ちょいちょい彼氏の動きを見ながら引き止めに来てくれるのを期待するような視線を面接官は感じた。


「あの……彼女さん出ていっちゃいましたけど、追わなくていいんですか?」


「まだ最終面接の途中で部屋を出るのは失礼かと」

「あ、そこの意識はあるんですね」


面接官は手元にメモしていた評価シートをまとめた。

この人のために伝えるべきことは伝えないとと覚悟を決めた。


「お気の毒ですが、今回の面接を受けて採用は見送りたいと思います」


「そんな! なんでですか!?」


「仕事をするものとして、やはり彼女最優先というのは厳しいです。

 いくらあなたが優秀でも社会人として安定的に会社へ貢献できないからです。

 よく玉づまりを起こす銃を戦場に持っていかないでしょう?」


「そうですね……」


「あなたが、会社に尽力できる人材になったら採用いたします。

 社会人とは会社に対してどれだけ身を削って貢献できるかが重要なんです」


社会人としての素養について語っているとき、部屋の中に電話の着信音が響いた。

電話は面接官のものだった。

着信先を見て面接官はすぐに電話を取った。



「え!? 子供が熱を出している!? わかった! すぐ帰る!

 面接中!? 知るもんか!! 何よりも子供が大事に決まってるだろーー!!!」

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