第89話 祭司様からの知らせ

 夕食の後、祭司様に呼ばれた。礼拝堂の机の上には、手紙や石盤、銀貨の入った籠が置かれていた。ここ最近はとても忙しそうにしていらっしゃる。


 ここも、自分の部屋も散らかっているから、夜風に当たりながら話そう。とおっしゃったので、鐘楼を上っていって腰掛ける。


 祭司様は時折、余り人に聞かれたくない話をここでなさる。部屋だと聞き耳を立てられるからだろう。きっと大事な話だろうと思い、居住まいを正した。


「今日はお疲れ様。ライリーが随分怖がっていたそうじゃないか。世話をかけたね。……あの子が未だに気に病んでいたのかと思うと申しわけない気持ちになってくるよ」


 まだここに来たばかりのころ、ライリーが儀式の練習中に魔物を抑えきれなくて祭司様に怪我を負わせてしまったと聞いたことがある。そのことを言っているのだろうか。


「あまり覚えていないのだが、昔、ここに奇妙な荷物が届けられたことがあったのだよ。そこに魔物がいたのだろうね。アリシア君が外出している間にライリーが祓おうとしてくれたんだ。ところが、急に叫び声が聞こえてきたものだから、不用意に近づいてしまったのだよ。そうしたら、全く不思議なことだが腕を切られてしまってね」


「ライリーはそれがショックで引きずっていると」


 隣に座っている祭司様が腕をさする。きっともう片方の手を上に乗せている手首から肘の辺りを切られたのだろう。


「魔物のいた荷物というのが気になりますね。何が入っていたのか覚えていらっしゃいますか? 今日赴いた家はアトルという魔物と関係があって、昔ライリーがそれに会ったことがあると言っていました。関係あるのでしょうか?」


 祭司様がうーんと唸りながら首を傾げる。


「余り記憶に無いねえ。なにぶん、その手のことはアリシア君が一手に引き受けてくれていたから。勉強不足ですまないね。確かに、当時は、アトルが今より流行っていたから、無関係ではなかったかもしれない」


 夕飯時、ライリーは少し元気がなさそうだった。あの家に入ったことで、嫌なことを思い出させてしまったかもしれない。包みのところにいた魔物はアリシア・エヴァンス氏が封印したそうだ。もし、それがアトルなら、もう出てくることは無いということになる。


 あの家には妖精や魔物の気配がしないと言っていたから大丈夫だろうが、そこで回収した人形を現在アシュリーが持っている。大きな問題にならないことを祈りたい。


「そうそう、君には先に話しておこうと思っていたことがあったのだよ」


「あ、はい。何でしょう」


 本題に入るとみて、改めて座り直し、襟元と羽根飾りを直す。一回深呼吸をしてから話をなさる祭司様。その口から出てきた言葉は衝撃的なものだった。


「実は、近いうちにこの礼拝所を閉めることになりそうなのだよ」


 聞いた途端、頭が真っ白になる。決まった訳では無いことを念押ししながら、祭司様は理由を淡々と語る。


 元々、この辺りは前任の祭司様の親族が先祖代々治めている土地だったが、ブラッドリーの市民権と引き替えに土地を手放してしまったこと。


 その結果、この辺りがブラッドリーの一部となったことで、二つも三つも礼拝所はいらないという意見が大礼拝所の方から出てきたこと。


 田舎の礼拝所では世襲で祭司を務めることが偶にあるのだが、前任の祭司様の後継ぎとなる親族がいなくなってしまったため、今の祭司様が土地とともに祭司の地位を受け継いだこと。


 特に大きな理由は、祭司様の後に赴任する人が決まっていないため、病や歳で退任せざるを得なくなった時、このままだと祭司様のご実家に所有権が移ってしまうのではないかとブラッドリーの市参事会が警戒していることだった。そして、このことは本拠地から離れた所を領有してしまうことになる祭司様のご実家にとっても不便なことだった。


 それなら現祭司様には他の礼拝所に転任してもらい、今のうちにこの礼拝所を閉めて、街が管理する土地にしてしまおうというのが市参事会の考えであるらしかった。


 思うところは違えど、今のところ市参事会と大礼拝所の考えがこの礼拝所を閉鎖する方向で一致していること、祭司様が長い間悩み、存続の為の手を尽くした上でこの結論に至ったことは伝わってきた。


 けれど、ここで二年近く過ごしてきた僕は、それでも簡単に神へ祈る場所を、冠婚葬祭を行う重要な施設を閉めていいのかと、納得がいかなかったし、純粋に寂しかった。祭司様の口ぶりからして、まだ他のメンバーには話していないのだろう。彼らに取っては僕以上にショックの大きい知らせとなるはずだ。


「まずはここで務めてくれている皆の行き場を探さなければいけないね。君に関してはさほど心配してないが、お家の事情もあるだろうから、ご家族さんと相談しつつ決めなさい。勿論、私が紹介しても構わんがね」


「かしこまりました。考えておきます。あの、僕は良いのですが……他の皆はどうなるのですか?」


 色々な事情を抱えた祓魔師の二人と、ビルにとってはここが大事な居場所だったはずだ。彼らの転任先はそう簡単に見つかるのだろうか。


「ふむ。アシュリーに関しては、今アリシア君が務めている礼拝所に入れてもらおうかと考えているよ。あそこの祭司は昔ここで務めていたこともある、私の先輩にあたる方だからね。彼も大人だし、大きな問題は起こらないだろう。あとの二人は、難しい所だね。私の転任先に連れていくにしても限界がある。ライリーは君も知っての通りだし、ビルは未だに経典が読めないから、守門が既にいる所じゃ何もできないからねえ」


「言われてみれば、ビルが経典を読んでいるところを見たことがありません」


「大人になって、文字の読み書きから始めたからね。経典は古い文法や言い回しが出てくることが多いから難しいのだろう」


「そうですよね……」


 皆の転任先は見つかるのだろうか。本当にここの礼拝所は無くなってしまうのか。疑問がぐるぐると回る。夜番のビルが鐘楼の方へ歩いてくる。


「思いの外長話になってしまった。すまない。そろそろ寝る支度をしようかね」


 祭司様が話を切り上げ、梯子を下りていく。僕も後に続いた。途中で祭司様は礼拝堂に、僕は自分の部屋に向かう。


 部屋の扉を開けようとしたとき、祭司様がこちらへ小走りでいらっしゃった。息を切らしながら、紙を丸めて紐で縛った形の手紙を下さる。


「忘れてしまっていたよ。君のご両親からの手紙を預かっていたんだがね」


「わざわざありがとうございます!」


 ありがたく受け取り、ベッドに入った後、蝋燭の火を頼りにその手紙に目を通した。


 そこには、南方の都市へ転任することを勧めたいという旨が書かれていた。その都市は、宗主様がいらっしゃる「天の国」にほど近い場所にあるそう。ここでなら年に一回大祭司様の会議も行われるから、宗主様はじめ色々な大祭司様にお目にかかれるだろう。異国の信者とも会えるかもしれない。


 大祭司になるのに一番必要なのはコネだ、という先輩の言葉が思い出される。ここなら色々なご縁が得られるだろう。


 祭司様に転任を勧められた偶然には都合の良すぎるタイミング。紐が綺麗に結ばれていたから疑いもしなかったが、もしかしたら祭司様はこっそりこの手紙を読んでいて、話すことを決心したのかもしれない。所詮憶測でしか無いのだが。


 両親の勧めに従うか、はねつけて祭司様の紹介を仰ぐか、或いは第三の道を探すのか……両親はいつまでも待っていてはくれないだろう。早めに答えを出さなければ。だがすぐには決められなかった。この返答次第で僕の運命は変わる。そんな予感がしていたから。


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