ブラッドリー東礼拝所の危機

第88話 廃墟探索

 目の前に古めかしい屋敷が建っている。さほど広い敷地ではないものの、庭は荒れ放題で草の背は高く、木の枝が四方八方に伸び、屋敷の壁にはツタが這って緑色に染まっていたり、ヒビが入っていたりする。碌に管理がなされていないことは一目瞭然だった。


「いやあ噂の通り、いかにもって感じの所だね」


 不気味な家を見上げて声を弾ませるアシュリー。


「この屋敷を見て笑っていられる貴方の方が怖いですよ、僕は。確かに怯えすぎなのもどうかとは思いますけど……」


「何で俺がこんなとこ来なきゃなんねえんだよ。二人だけで行ってこいよ俺待ってるから」


 ライリーが僕の腕にしがみつきながら喚いている。その声は恐怖と怒りで震えていた。


「別に待っていてもらっても構いませんよ。今日は調査だけですし。ほら、腕、離して下さいよ」


「嫌だ。二人が家ん中に行ったっきり帰って来なくなりそうだもん」


「幽霊が出そうな雰囲気はあるけど、化け物の気配はないし、大丈夫でしょ。あんまりうだうだしてると暗くなって更に怖―くなっちゃうよ」


「もっとやだ。早く終わらせて帰ろうぜ」


「だったら尚更行くしかないでしょう。ほら、入りますよ」


 半ばライリーを引きずりながら、地面の見えない庭の中に足を一歩踏み入れた。


   ***


 そもそも何故こんなことになったのか。


 割と昔から、ロッジ地区の一角に、肝試しスポットとして有名な家があったらしい。暫く所有者不明の状態だったが、最近持ち主が別の街に引っ越していたことが明らかになった。売買の取引が成立したため、新しい所有者が家を建て直そうとしたのだが、大工達が怖がって仕事をしたがらないという。


 そこで祓魔師の二人にお祓いの依頼が届き、急遽事前調査をすることになったのだ。黒魔術だの悪魔だのを筆頭にオカルトじみたことが大好物のアシュリーはノリノリで引き受けたがライリーが酷く嫌がった。揚句の果てに、


「マルクが行かないなんてずるい」


 と言い出してお祓いは門外漢である侍祭の僕まで連れだされてしまった。


   ***


 蛇の一匹や二匹は出そうな草むらをかき分けて歩く。よく見ると一直線に草が倒れていて、ちょっとした道ができあがっていた。馬鹿な、ではなく勇気ある人達が肝試しに来たことで、草が踏み固められたのだろう。


 表面が腐った木の扉も思いの外簡単に開いた。窓が殆ど無いため、中は暗い。床の木も腐っているのか、一歩踏み出すとミシミシ音がした。ライリーが小さな悲鳴をあげる。


 アシュリーは、聞き耳を立てて、待ち伏せしている人がいないことを確かめてからランプの火を灯した。その動きは至って冷静である。中に入るといきなり広い空間に出た。職人の作業場のような部屋を照らす彼の後を、ライリーに腕を捕まれたまま歩く。足下が柔らかく、いつ床が抜けてしまうか分からなかった。


 壁が照らされると、雨水が染み出してできたのか、気味の悪い模様が所々浮かび上がっているし、天井には蜘蛛の巣が張っていて時々顔や首に糸が引っかかる。こういう所は好きじゃ無い。歩く度にライリーが何かしら声を上げるのでこちらはかえって冷静になっていた。怖いというよりは、早く帰って服と体を洗いたい、という気持ちの方が強かった。


 突然バサッと音がする。ライリーが叫んで僕の背中に顔を埋める。


「何なんだよもう……」


「落ち着いて下さい、先輩。多分、鳥が家の中に巣を作っているんですよ」


 ライリーの怖がりぶりを見ていると、一年前位に、アシュリーから強い魔物の類いには怖がって近寄らないという話を聞いたことを思い出す。まあ、これは普通のことだろう。

 そういえば夜の森の中でも怖がっていた。森の民であるエルフがついていたとはいえ、リムナスという泉の悪魔がいるし、夜の森が危険なのは明らかだから、これも仕方ないと思っていた。だが、廃墟とはいえ、今回はあまりにも恐がり過ぎではないだろうか。仮にもこれまで多くの魔物を祓ってきた人なのに。


「というか、何でいつも幽霊とか妖精とか化け物を見ている人が怖がるんですか。そっちの方がよほど怖いと思うんですけど」


「だって、あいつら見えてるし」


「見えている方が嫌ですよ。確実にいるってことじゃないですか」


「兄弟ってさ、お化けが出そうな雰囲気が怖いタイプだよね。案外、本当に出ちゃえば冷静っていうかさ」


 確かに。これまで何度か祓っている場面を見てきたが、結構毅然とした態度で相手に向かっていた。出てこない方が怖い、というのも不思議な話だ。そんな彼を引っ張りながら歩を進める。


「いっそのこと現れてくれれば分りやすいんだけどね。全然気配が無いし、片っ端から部屋を見ていこうか」


「そうしましょう。ここは半地下になっている二階建てみたいですが、部屋の数はそう多くないでしょう」


 手分けして一階ずつ確認すれば早く終わりそうだが、生憎灯りは一つしか持っていない。それにライリーのことを思うと、時間が掛かっても三人で見て回った方が良さそうだ。


 奥の方に台所があった。まず強烈な腐臭が鼻を刺す。袖で鼻と口を覆う。竈の上には大きな鍋が置かれているのが辛うじて分かった。アシュリーが鍋に近づいてゆく。黒っぽい液体がこびりついているのが目に入った。


「中には何も入っていないよー」


 と声を張り上げ、隣に置かれていた壺を照らし出す。壺の外側にも赤黒い液体の垂れた跡があった。その周りを黒い小さな虫が飛び回っている。彼が急いで戻ってきた。


「臭いの元はあの壺だね」


「放置されている内に腐ってしまったのでしょうか」


「だろうね。ドロッドロになってたから元々は何だったのか分からなかったけど」


「スープを壺に入れるのも不自然ですし、何かの薬だったのでしょうか?」


「可能性は高そうだね。じゃあ、次行こうか。上に行く?それとも地下まで降りる?」


 先に二階へ行こうと僕が言ったので、上にいく階段を探すことになった。台所にも、入ってすぐの部屋にも、二つの部屋を繋ぐ廊下にも見あたらなかったので、一度外に出ると、扉の隣に狭い空間があり、入っていくとすぐに階段が見つかった。アシュリーを先頭に、ライリー、僕という順番で上っていく。全体的にぼろぼろになっていて、板に足を乗せる度に木が少しずつ崩れていった。


 二階は寝室と居間だった。古ぼけていて埃が溜まっていたが、一階の時のようなおどろおどろしさは無かった。ただ、窓がツタで塞がっていて暗かった。


「いよいよ下に降りますか。大概何かあるとしたら地下室だもんね」


「そうでしょうか?」


「だって、その方が雰囲気出るからね。物語の騎士や冒険者も地下迷宮(ダンジョン)を探索するだろ?」


「そういうのは余り詳しく無いので」


「広場にいる怪しげな旅人がよく話す類いだからね君も行ってみると良いよ」


 他愛ない話をしつつ、階段を慎重に降りていく。降りてきた所には地下室に繋がりそうなものは無く、再び探す必要がありそうだった。


 家の周りを探っていると、ライリーがぼそっと呟いた。


「さっきから誰もいないんだけど」


「そりゃ、今いるのは僕達だ――」


 言いかけてはたと気がついた。彼が言っているのは、人間のことでは無いのだと。


「確かに。自然に溢れているはずなのに妖精の姿が無いね。言われてみれば妙だ」


 アシュリーが野放しになっている庭を皮肉りながら言う。普段何かしら見えている人達にとっては、妖精や幽霊がいないことの方が不自然なのか。ライリーが怖がっている理由が分かったような気がする。


 もう一度部屋に戻っていくと、床に扉がついていた。取っ手をつかんで上に開くと、梯子が下に伸びていた。地下へと繋がっているようだ。踏み外さないようにゆっくり梯子に足をかけていく。先に降りたアシュリーが足下を照らしてくれていた。


 床に足をつけると、バサッバサバサっと何かが飛び立つ音がする。灯りをあちらこちらに向けて見ても、隠れてしまって見えない。鳥かコウモリか、他の動物か分からないが、何かが地下室に住み着いているのは明らか。


 広がっていたのは、小さな部屋だった。暗くてよく見えないが、色々な家具や道具が雑多に置かれていて、物置のようだった。足元にはカーペットが敷かれており、上を歩くと埃が舞い上がる。


「うわっ」


 と驚いているアシュリーが、カーペットを照らす。そこにあったのは、赤いシミ。


「何これ。血? いやあ、そろそろ本格的に肝試しっぽくなってきたね」


 ここで何があったのだろう。意を決して、顔を近づけてみる。血、にしては色が薄い気がする。薄いだけなら洗っただけとも考えられるが、シミが広がっていないし、そこだけ質感が滑らで微かに盛り上がっており、透明感がある。


「血ではないと思います」


 と言ったとき、僕の羽織をライリーが引っ張った。震える指で何かを指している。その辺りを照らすと、上部を赤く染めた木の枝が、棚の上に置かれていた。×印を描いていて、壁に立て掛けられている。隣には、使いかけの蝋燭が十本位立てられていた。


 地下室で見るとなんとも気味の悪い光景だ。しかし、赤い木の枝を、僕はどこかで見たことがあるような気がする。


「これは、祭壇かもしれないね。結構ヤバい人が住んでいたのかも。ちょっと来てく

れる?」


 アシュリーが僕を呼び、枝の周りを探り始める。辞めた方が良いって、とライリーが羽織を握る。が、ここまで来たら引き返せない。


「大丈夫ですよ」


 と務めて穏やかに言う。木の枝が置かれている場所に近づくと、台所で嗅いだ吐き気のしそうな臭いが漂ってきた。アシュリーが棚の後ろに光を当てる。壁と棚の間に挟まっているのは、人形、人形、人形。黒っぽい人型の何かが沢山。多くは鎌のような道具を手にしている。


「一個回収しておこうか。調査のためにね」


 と手近な一体の人形を手にとり、懐に忍ばせていた聖水をかける。彼は興奮気味だ。


「多分、邪神アトルの隠れ信者だったんだ。ほら、たまーに道端に食べ物を置いてい

く人がいるでしょ。あれはアトル様への捧げ物らしいよ」


「アトル?」


 僕の後ろにいるライリーが震える声で呟く。思い出した。一回か二回、礼拝所近くの三叉路に、赤い木が刺さっているのを見たことがある。


 あれが邪教の祭壇だったとは驚きだ。英雄ノーヴァムが現れてから二千年近く経つというのに、まだ人々は邪神に心を奪われているというのだから。


「父さんが言うには、昔は結構流行っていたみたい。最近は大っぴらに祈る人は減ったけど、代わりにこうした隠れ信者が後を絶たないんだ」


 台所の壺に入っていた変な液体も、その邪教に関係があるのかもしれない。


「このカーペット。かなり気になるよね――」


「もう、辞めろよ。大体全部見ただろ」


 ライリーがドスを効かせた声で叫ぶ。とうとう我慢の限界に達してしまったようだ。アシュリーと顔を見合わせる。ずっとついてきてくれていたのに、これ以上怖い思いをさせるのは流石に可哀想に思えてきた。ここが異様な場所だというのはこれで明らかになったのである。


「兄さん。そろそろ帰りましょう」


「そうだね」


 僕達は手早く梯子を登っていき、急いで屋敷を後にする。庭から出たときにライリーが大きく息を吐いた。


「怖かったあ。お前ら、楽しみ過ぎだろ。あの魔物。一回会ったことあるけど……ヤバい奴なんだぜ……」


 そう話す顔が青ざめていたので、僕の羽織を外して彼の肩にかけた。帰り道にパン屋に立ち寄り、珍しくアシュリーが彼にレーズンパンを奢っていた。


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大変お待たせいたしました。暫くは頻繁に更新できると思います。もし少しでも面白いと思って下さった方は他のお話も読んでみていただけると嬉しいです。

今後もよろしくお願いいたします!


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