第85話 引きこもりの理由

 部屋に置いてあるベッドの上に腰掛けながら、二人を紹介しつつお茶をする。ニーナも流石に文句一つ言わずに、二人が買ってきたケーキをご馳走になっていた。


「兄さんと何があったんですか?」


 一息つくと、早速彼女に尋ねる。


「よく分からない。なんかお呼ばれしたらしくて私も挨拶しに来いって言われたの。急に」


「帰ったばかりなのにお呼ばれなんて不思議ですね。でもきっと大事な方だったのでしょう。少し挨拶する位行っても良かっただろうに。朝もなんで皆とご飯を食べなかったんだい? 早く起きなきゃ駄目だよ」


「起きてるもん」


「だったら食堂に来たら……」


「だって、お父様やお母様に色々言われるんだもの」


 ふくれっ面の彼女は涙目になっている。


「確かに、ここ数年塞ぎこんでいると聞いていたけれど、昔は結構お友達と遊んでいたよね。何かあったの?」


 彼女はうつむいたまま何も答えない。


「無理して答えなくても良いんだよ。余り知らない人達の前で話せるようなことじゃないもんね。お兄ちゃんデリカシー無いよねえ」


 アシュリーが柔らかい声で話しかける。デリカシー無くてすみませんねえ、と言いたくなったがぐっとこらえた。聞かないと解決しないじゃないか。また兄に連れ出さ

れる可能性だってあるし、手紙を読む限り両親も困っているみたいだったし。


「大丈夫です。あの、あのね、何でって聞かれても良く分かんないんだけど。ただ

ね」


「ただ?」


 聞き返すと、彼女は一度深呼吸した。話す気になってくれたみたいだ。


「きっかけ、みたいなのはあった気がするの。昔仲良しだと思っていた子がいたんだけど、その子はお店屋さんの子だったから、母様にね、平民の子だから一緒に遊んじゃ駄目って言われて」


 彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ始める。それでも話し続けた。


「そのことを友達に話しちゃって、そしたら、ニーナはそうやって平民の子を見下すんだ。て言われちゃって……。近所の子に会うと、そんな風に思われてるんだって怖くなっちゃって。けどね、パーティに行って貴族の子と仲良くしたら、それこそ本当に貴族としか遊ばない、見下している人になっちゃう気がして、どうして良いか分かんないの。外に出るのも嫌になっちゃって」


 ニーナは両手で顔を覆った。これ以上言葉にするのは難しそうだった。


「ニーナ……」


「そっかあ。自分で自分を追い込んじゃったんだね」


 さりげなくアシュリーが彼女の背中をさする。ライリーが口を開く。


「たまたまそいつが見下されているように思ってただけだろ。貴族だろうが何だろうが、気の合う奴と付きあえば良いだけじゃん」


「兄弟にはこの繊細さが分からんかねえ」


「何だよ」


「ニーナちゃんは誰とでも分け隔てなく接する子だし、差別するような子だと思われたく無いんだよ。人の目を気にするなって言われても難しいよね」


「誰か一人支えになってくれる方がいれば変わるのでしょうけど、兄としてはどうに

もできなくて」


「お兄ちゃんは友達になれないもんねえ」


「いっそ兄さん達がニーナのお友達に」


 彼女がブンブンと首を横に振る。兄の知り合いは友達にできないらしい。自分で言っておいて何だが、そりゃあ無理だろうなと思う。僕も兄やニーナの友達と仲良くなれる気がしないし、同情心でなれるものでもない。


 彼女が落ち着くまでそっとしておいたら、暗くなってきてしまった。年頃の女の子をここで泊める訳にもいかないので、一緒に家へと戻ることにした。ライリー、アシュリーも家まで着いてきてくれるという。特にライリーがついて行きたがったのが妙に引っかかった。女の子に食いつくのは大概アシュリーの方だから。流石に妹はまだ子どもだから、当たり前かもしれない。


 まだ役人がちらほらいる表門を迂回して、裏の門まで歩いて行く。少し離れた所で二人と別れることにした。


「あの、さっきはごめんなさい。迷惑をおかけしました」


「ニーナちゃん、気にしなくて良いんだよ。皆早く元気になって欲しいと思っているだけだからね」


 僕も頷く。彼女はありがとうございます。と呟いた。ライリーは頭を掻きながらソワソワしている。どうしたのだろうか。


「なあ、あのさあ、ちょっと来てくれない?」


 突然、ニーナを手招きする。彼女が駆け寄ると、彼女を連れて家の敷地へ入って行ってしまった。


「ちょっと先輩、どうしたんですか」


「え、このタイミングで連れ去るの? 大胆だなあ」


 止めに入る僕の腕を振り払って言う。


「兄弟、ついて来なくていいぞ。あいつにも先に帰ってもらって」


「そんなこと言われても」


 走って行こうぜ、とニーナに声を掛ける。ニーナは不安げな表情で僕を見ている。多分ライリーなら悪いようにはしないだろう。僕が頷くと、彼女も力強く頷き、庭に入っていく彼の後をついていった。


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