第86話 見えないトモダチ作戦

「あんたの部屋ってどの辺?」


 ライリーが、息を弾ませながらニーナに話しかける。僕達はライリーに見つからないよう気をつけながら二人を追いかけていた。


「部屋って、いや流石に駄目だよ。彼には若すぎる」


「兄さんは何を考えているんですか。辞めて下さいよ」


「だって、君は妹が心配じゃないの?」


「心配だから後をつけているのでしょう。勿論、貴方とは別の意味で、ですけどね」


 ニーナが一度立ち止まる。振り返り、僕達がついてきているか確かめている。目が合ったので頷いてやる。彼女は少し安心したみたいだ。


「玄関はあっちですけど」


「中に入らねえから。外から分かればいいんだ」


「じゃあ、ここを真っ直ぐです」


 何事も無かったかのように、ライリーの質問に答える。ライリーは後ろを確認する。僕達は慌てて身を隠す。幸いなことにばれずにすんだのか、彼は走るのを辞めた。


 二人は更に少し歩くと、ニーナが一つの窓を指でさした。ニーナの部屋だ。ライリーはその窓を一瞥すると、近くに植えてあるシナノキへ駆け寄り、幹を軽く叩く。


「あの木の精霊に話しかけているみたいだね」


「なるほど。何のために?」


「知らない。兄弟の考えていることは大概分かんない」


 ニーナは当然、その様子を怪訝そうに見つめている。


「木の精霊が、友達になろうとか言ってた」


 アシュリーが僕に耳打ちする。木の精霊が友達? それは見えることができる人にしかできない芸当なのだが、ニーナは見える人では無いはず。そして、ライリーが見えていることも知らない。このことを分かっているのだろうか。


 彼は木の根元に座り、ニーナを手招きする。彼女は恐る恐る彼の隣に腰掛けた。ライリーは唐突に話を始める。


「俺さあ、昔ミグランの木の友達がいて、そいつが連れていってくれたから、今あそ

この礼拝所にいるんだ。礼拝所にいる奴がさ、そのミグランの妖精をよく『見えないお友達』って言ってたのを思い出して閃いたんだけど、別に友達って人間じゃなくて良いんじゃねえかなって」


「え?」


 ニーナは困惑の表情を浮かべている。当たり前だ。あんな打ち明けられ方されたら僕だって戸惑う。


「えっと、つまり何が言いたいかってことだけど、この木が友達になってくれるってさ。こいつはあんたのことよく知ってるし、穏やかだから絶対にあんたを傷つけるようなことは言わない。ただ、その日会ったことを話したり、時々歌ってやったりするだけで喜ぶはずだ」


「えーっと、ライリーさんって、随分ロマンチックな方なんですね?」


「ん? どういうこと?」


「い、いえ何でもないです」


 絶対ニーナは勘違いをしている。多分妄想癖激しい人だと思っている。それに気がつくこともなくライリーは、懐を探り何かを取り出す。


「これさ、さっき話したミグランが枯れた時、アシュリーが木の皮をここに入れておいてくれたんだ。こうしておけばずっと友達と一緒にいられるって。まあ、中身は間違えて洗濯桶に入れたせいで無くなったんだけど。これ、あいつには内緒な。絶対だからな」


「え、ええ」


 ライリーの切羽詰まった声に思わず同調する妹。


「もうとっくの昔に知ってるんだよなあ。むしろ袋をまだ持ってたことの方が驚きだなあ。あはは」


 背筋の凍りそうな声で呟くのは辞めていただきたい。ライリーは枝から葉を一枚取ってきて、袋の中に詰める。そして、袋の紐をニーナの首にかけた。


「これで、あんたと友達はいつでも一緒だ。家から離れても、この木が見守っていてくれる。もう俺は大丈夫だからさ、それやるよ」


「あ、ありがとう、ございます」


 ニーナは顔を引きつらせながら、袋を手にとり眺める。


「俺もあることないことしょっちゅう言われるけどさ。ごっつい方の兄ちゃんにも睨まれたし」


「あ、あの、それは、ごめんなさい」


「あんたが謝ることじゃねえよ。俺、なんかしたかなあ。まあ、いっか。とにかく、どっかには自分のこと分かってくれる人がいるから。俺に居たんだから、あんたにも居るさ」


 ライリーなりに彼女を励まそういう気持ちが伝わったみたいだ。ニーナの雰囲気が明るくなるのを感じる。それを見て僕達は胸をなで下ろした。


「ライリーさん、ありがとうございます」


 それは、心からのお礼だった。

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