第35話 聖ウァレンヌの日 最終話
我が家のような礼拝所に帰ると、ベラが居座っていた。
「今晩ここで泊まることにしたから。ちゃんと祭司様の許可貰ってるんだからね。文句は言わせないわよ」
「親御さん心配なさいますよ」
「パパには女友達の家に泊まってくるって言っといたから大丈夫よ。ママは……もう知らない。どうせ仕事仕事で何とも思わないでしょうね」
礼拝所には男しかいないのだが。真相がばれたら怒られそうな気がする。母親の方はもう1回娘に向き合おうと言っていたのだが、娘の方は機嫌が直っていなかった。
「お母さん随分落ち込んでいましたよ。ずっと寂しい思いをさせて来たって、自分は駄目な母親だって」
「当然よ。少しは反省すれば良いのよ」
掠れた涙声で彼女は言い放った。
その夜、皆で祭礼の支度を行った。人がいつもより多かったせいか、予定より早く眠りにつくことができた。
***
翌朝、聖ウァレンヌの日。僕達は大忙しだった。段取りの確認をして、来賓に出す食事の支度をして、寄付金を数え、出してくれた人を記録し、その人へ聖別した花を渡して回る。祭司様は希望者や歴代の礼拝所関係者に対してずっとお祝いの言葉を捧げ続けているから、残された人達で仕切らないといけない。
ベラもスープを作ったり、人を案内したり、掃除したりといった雑務を手伝ってくれた。
「あなた達も色々大変なのね」
「まあ、冠婚葬祭や、儀礼が入ると慌ただしくなりますね」
「昨日色々考えてね。なんかさ、私、どうしてこう、駄目なんだろうって思うの。きっとあなたみたいな人なら、ママのこと素直に応援してあげられたのでしょうね」
「さあ。どうでしょう。まあ、お母さんみたいな人がいたら、きっと誇らしいでしょうね」
「そ、そりゃまあ、ね」
「朝の仕事って何をするのですか?」
「詳しくは知らないけど、城門の隣にある塔で、見張りをするらしいわ。交代でね」
「1日中誰かがいるって事ですか」
「うん」
3時課(午前9時頃)の鐘がなる。礼拝堂には人がまばらに入ってきている。そろそろ儀式がはじまるだろう。
そんな中、ライリーは花束を抱えながら礼拝堂の中をうろうろしていた。
「先輩、さっきからずっと行ったり来たりしていますけど、どうしたんですか?」
「兄弟。あのさ、これ。どうすりゃいいと思う? また、部屋の前に置いてあったんだよな」
白い、カーヌースの花。
その花弁は、聖母が、英雄の為に流した涙だと、言われている。
僕達が作ったのとは比べものにならない程、精巧な作りだ。その茎が5、6本、無地のリボンで束ねられていた。
「どっかに飾ろうと思うんだけど、良い場所が全然見つからないんだよな」
丁度その時、外に出ていたアシュリーが戻ってきた。
「お、今年も貰ったんだ」
「今年も。ということは以前も贈られて来たのですか?」
「そう。この人にも隠れファンがいるみたいなんだよね。毎年、この日になると、部屋の前に花が置いてあるんだって」
「それは自分の部屋に飾らなきゃ駄目よ、絶対。少しは贈る側の気持ちにを考えたらどうなの。よっぽどあなたのことを想っていないとできないわよ」
僕もベラの意見に賛成だ。ライリー個人に向けて渡しているのだから、本人が受け取るのが筋だ。
「だって、部屋に飾っておくと溜まっていくんだぜ。似たようなのが。めんどくせえなあ」
ため息を吐きながら、赤褐色の髪をかきむしるライリー。
「まあ、とりあえず隙をみて、祭壇にでも置いておけば、見栄えするんじゃない? そんなことよりベラちゃん、ここにいて良いの? お母さん、今頃お腹空いてるんじゃないかなあ。朝早くから仕事なんて大変だよね」
「そう言えば朝ご飯どうしているのかしらね。流石にパパ起きてないし。どうせ適当にパンを持って行ってるんでしょうけど」
「食堂、今ならまだ空いてるよ。早くしないと、人で埋まっちゃうかも」
ベラが暫く腕を組んで何か考えているみたいだったが。
「ちょっと借りるわね」
と言い残し駆けだしていった。今日はそれきり彼女の姿を見かけなかった。
聖ウァレンヌの日、家族へ、愛する人へ、お世話になっている人へ、感謝の気持ちを伝える日。僕も何か贈ってみようか。大切な人達に。
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ここまでお付き合い頂きありがとうございます。次回からは別のお話になります。
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