第34話 聖ウァレンヌの日 その5
「私ね、小さい頃から魔法使いに憧れていて、有り難いことに魔法学校も出して貰えたの。でも学校出たらお嫁に行きなさいって言われていて、まあ、いい人だったし、魔術師試験も落ちたし、家庭に入るか、ってなったのよ。だけどね、ある日、夫が足を怪我しちゃって、一週間位働けなくなっちゃったのね。行商していたんだけど。その時、このままで良いのかなって、もし、夫が働けなくなったら私達どうなるんだろうって。その時に、魔術師やりたいって思ったの。その事を夫に話したら、思いの他背中を押してくれてね。それからは毎日勉強勉強。まずは、試験に合格して、王家公認の資格、そう、このブローチを貰わないといけないなってことで頑張ってたの」
そう言って彼女は誇らしげに胸元のブローチを見せた。
「すみません。ギルドに所属している魔術師の中には、王家公認の人とそうで無い人がいるんですか?」
「当たり前よ。皆が皆あの試験を突破できるわけじゃ無いんだからね。私が何回受けたと思ってるの! だけど、私、女だし。魔力もあんまり強く無いから、何か箔をつけないとね。有名な魔術師の知り合いもいなかったから。けれど、試験漸く受かったと思ったら今度は働き口探すのが大変で。あっちこっち行って、試験受けて、偉い人とお話して。私あんまり魔力なかったから。青色じゃなきゃ嫌だっていっぱい言われたなあ。青色魔術師なんて、そんなにいないでしょ。だから重宝されるんじゃないの? そういうあんたは何色なのよ、どうせ緑なのでしょう。ってずっと思っていたわ。良いなあ。貴方位魔力があったら、もっと楽だったでしょうにね」
魔術師はリンを見つめている。心底羨ましそうに。大きなため息を吐いている。
「すみません。青色とか、緑色って何のことでしょうか」
話の流れから、個人が持つ魔力の指標だということは分かったのだが、どのくらい多ければ何色かというのが結びつかない。
魔術師は、そうねえ、と呟きながら、ローブの内側を探り、何かを取り出す。
「ほら、これをぎゅって握ってみて。あら、貴方も触ってみる?」
そう言って僕とモモの手の上に小さくて固い物を乗せた。石みたい。言われた通り、石を包み込むようにして握り、開く。黄色がかった乳白色をしている。
「ビアソネ石って言うの。元々白いんだけど、石に流れる魔力の量によって色が変わるの。だから、それで人の魔力量が量れるって訳。あんまり少ないと色が変わらないけど、多くなるにつれて黄色、緑、青ってなっていくの。どうだった?」
「白」
と、モモが言う。残念ながら、モモに魔法の才能はないらしい。
「貴方も白いわね」
「まあ、そうですね。でも、ほら、ちょっと、黄色くないですか。若干、黄色に見えるような、見えませんか?」
「どうですか?」
モモが手のひらに石を載せ、こちらに近づける。僕も横に手のひらを持って来て色を見比べてみる。モモの方がより白い、感じがする。
「確かに。並べてみると、微妙に色が違うわね」
「そうですよね」
「何ムキになっちゃってるのよ」
「すみません」
結局魔法の才能はないという事がはっきりするだけなのだ。悲しくなってきた。突如、下から大きな音がする。
「あっ。すみません」
モモが慌てて椅子から降りて、椅子の下を探す。拾ったのは石だった。落としてしまったらしい。割れていないのを確かめると、ほっとした顔で石を魔術師に返した。
ところで、隣に座っているリンは頑なに石を触ろうとしない。持ってみないかと魔術師が聞いても首を振る。自分の魔力量が分かっているから必要無いということか。
それとも、何らかの理由で遠慮しているのか。さては、この人青色なんだな。青色ではないことが原因で冷遇されてきた、と話す彼女に対し引け目を感じてしまったのか?
「失礼します」
さりげなくリンの手に石を近づける。触れた瞬間、色が変化した。急に変わるからつい手を離してしまった。机の上を2回ほど、石が転がった。動きを止めた石は、青色、というよりは紫に近い色をしている。
「あら、なにこれ。見たことない色しているじゃないの」
「あ、戻ってしまいました」
暫くすると、色が薄くなり、白に戻ってしまうようだ。もう一度近づけてみようかと思ったが、彼女が椅子ごと後ずさりしている。嫌がっている様子なので辞めておいた。
一体あの色は何を示していたのだろう。多いことは確かなんだろうな。羨ましい。
会館を閉める時間が来たということで、僕達は外に出た。日が落ちて、すっかり暗くなっている。ベラとアシュリーはまだ来ない。あのまま帰ってしまったのかもしれない。
「結局ね、私がここで働けるようになったのは、ほんの4,5年前のことなの。私が街を離れられないせいで、夫は行商を辞めることになっちゃった。家族には沢山迷惑をかけてきたし、とりわけあの子には、ずーっと寂しい思いをさせてきちゃった。私のことを憎んでも、嫌っても仕方ないわよね」
「そうでしょうか?」
「だって、普通母親は家にいるものだもの」
「ベラさんは、確かに寂しかったかもしれません。でも、貴方の事、嫌いじゃないと思いますよ。彼女は魔術師を目指していると言っていました。現に魔法学校に通っていますよね。それが全てだと思います」
寧ろ、嫌いでいられたらもう少し楽だったかもしれない。ベラはきっと、夢に向かってひたむきに努力する母親の背中を見て、ずっと見てきて、同じ道を歩もうとしている。黒魔女の会なる怪しげな集団に入ってまで、彼女なりに、魔術師としてのあり方を模索しているのかもしれない。
どれだけ辛い思いをしてきても、恨みたくても、憧れの気持ちは止められない。背中を追いかける足は止まらない。そんな彼女の気持ちが、分かるような気がするのだ。
ベラの母親がふふふ、と笑う。
「ありがとう。話すだけ話したら、すっきりしたわ。もう遅いし、そろそろお開きにしましょう。転送魔法の件はごめんなさいね。不正利用した輩がいたせいで皆、神経質になっているの」
「あ、あ、あの、そ、それ、いつ」
聞き慣れない声が食い気味で尋ねる。リンだった。
「さあ、1年位前だったかしら。ギルド内部の人が引き起こしたんじゃないかって、言われてピリピリしたものよ」
魔術師は手を振って城門へと走って行く。今、かなりの有力情報が手に入ったような気がするのだが。神経質になっていると言っていなかったか。勝手ながら気の良い魔術師の将来が少々心配になった。
「僕達も戻りましょうか」
細い道に入っていくと、こちらへ向かってくる人影があった。リンがモモの耳元で何か囁くと、モモが小走りで相手に近づく。
「サムさん、来たですか?」
「別に。偶々この辺に用事があっただけなんだけど」
「わあ。帰りましょう。一緒」
「まあ、好きにすれば。俺は適当に帰る」
同居人と会えたのなら、ここで2人と別れようか。
「そうだ。サム、さん。モモさんの話なんですけど、魔道士ギルドの転送魔法、1年前位に不正利用があったそうです。詳細は聞けていませんが、時期を考えると、それが怪しいと思います」
リンに耳打ちされたモモが、小さく驚きの声を上げる。暗闇のせいで、青年がどんな顔をしているのか分からない。
「で、それが何? 俺にどうしろと」
「いえ、ただ、参考にしていただければ」
「お、おう」
不正利用というのは、モモが連れて来られた事じゃないのか。手引きした人間は流石に追い出されているだろうが、調べれば使用された魔法とか、犯人とかが分かるかもしれない。そのことを、伝えておこうと思ったのだ。何故同居することになったのかは知らないが、ずっと一緒にいれば、気になるのではないだろうか。
「ではまた。失礼します」
「また会います」
「良かったら来て下さい」
「はい!」
モモと言葉を交わし、早歩きで彼らの傍を通り過ぎる。一瞬、男の手元に、白くて小さな物が。よく見たら花だった。今朝、モモが作っていたもの。振り返る。大きく振れる白い腕が暗闇に浮かぶ。僕も手を振り返す。記憶を頼りに礼拝所へ急ぐ。
あの男、用事があるというのは嘘だったのかもしれない。
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