第33話 聖ウァレンヌの日 その4

 会館は周辺の建物からやや離れたところにあった。構造自体は普通の家と変わらないが、隣接されている筒型の塔が特徴的で、とんがり帽子の様に、急勾配の屋根がついている。下は半地下になっている為、階段を上った先に入り口があるようだ。帽子を模した形の看板には、ただ表面が黒く塗られているだけだったが、僕が近づくと、


「魔術師ギルドへようこそ」


 という金色の文字が浮かび上がってきた。わあ、とモモが感嘆の声を上げる。これも魔法だろうか。暫くすると文字が消える。触っても木の感触がするだけ。凹凸はない。


「ご用件は何でしょうか」


 と、再び金の文字が現れる。凄い。もしかして、来る人によって文が変わったりするのだろうか。例えば構成員が来た時は「お帰りなさい」って出たりしないだろうか。

 感心している僕達を余所に、ベラはさっさと中に入り、母親がいるかどうか尋ねる。受付を担当していると思しき中年の女性が、カウンター横の階段を上り、名前を呼ぶ。


 暫くすると、襟や袖に銀色の模様が刺繍され、皺一つ無い濃紺のローブを身に纏った女性が現れた。顔に深い皺が刻まれている事を除けばベラそっくりだ。


 胸元には金色の魔法陣を模し、緑色の宝石をはめ込んだブローチが輝いている。淡褐色の髪には三つ編みにして1つにまとめられていた。時々差し色の様に赤い毛束が混ざっている。


「ベラ。ちょっとあんたどうしたの。お友達沢山連れてきちゃって」


 声質も似ている。似たような格好の人達が2人、こちらを見ている。ローブとブローチは制服みたいだが、彼女以外のローブはやや小ぶりで、デザインや色が異なっている。


「ママやギルドの魔術師さん達にね、転送魔法について聞いてみたかったの。今時間ある?」


「ちょっとあっちの部屋で待っててくれる? 明日朝当番入っちゃって、打ち合わせしなきゃいけないの」


「待って! 明日は休みだって言ってたわよね? また飛んだの?」


 急にベラが声を張り上げる。


「ごめんなさい。明日入る予定の人が、急に来られなくなっちゃって、交代することにしたの。お父様の具合が良くないみたいで」


「そう……それなら、仕方無いわね。いつものことだもの」


 うつむいたベラを、受付の人が部屋へ行くよう促す。僕達も何も言えないままついていった。

 隣は応接間のようだった。入り口には剣置きが取り付けてあり、木製の杖が一つ置かれていた。丸いテーブルが中央にあり、1人用の椅子が六つある。端の方には同じ椅子がいくつか重ねられていた。


 テーブルには花瓶に白い花が1輪活けてあったが、花びらが落ちている。東側と南側に窓があった。南側にはカーテンがついているが、東側にはついていない。景色が歪んで見えるので不思議に思い触ってみると、案の定、硝子がはめ込まれていた。


 西側の壁には、杖をもち、紺色のローブと帽子を被った老人の肖像画が掛かっている。

 頬杖をつき、じっと花を見つめているベラを除いて、皆は少なからず緊張している様子だった。モモはあちこち見渡しては、リンに話しかけている。リンは話を合わせているのか合わせていないのか、時々黙って頷いている。アシュリーは窓の外から道行く人を眺めていた。


「お待たせ」


 ベラの母親が中に入ってくる。僕が挨拶の為に立ち上がり、モモとリンが釣られて立ち上がる。


「ほら、兄さんも」


「良いわよ別に、そういうの。ほら、座って、座って」


「すみません。失礼します」


 そう言って座り直す。そしていきなり本題へ入った。モモが一年前に、故郷から自分の意志に関係無くこの街に来てしまったこと、船や馬車に乗った記憶が無く、山に入っていたはずなのに、気がつけば部屋の中にいたことから、転送魔法が使用されたのではないか、ということを話す。


「そう。家族と離ればなれになっちゃって、言葉も分からない所に来ちゃったのね。大変だったわねえ」


 魔術師がそう労りの言葉をかけると、モモが頭を下げた。ベラが話を続ける。


「もし転送魔法が使われたのなら、モモの故郷に魔法陣があるってことでしょう? どうにかして返してあげられないかしら?」


「難しいでしょうね。申し訳ないんだけど、立場上、転送魔法について余り詳しく話せないの」


「あら……そう」


「実際転送魔法って本当に魔法陣さえあれば、どこへでもどんな物でも運べるんですか? 地方や、国をまたぐ場合に制限はないのでしょうか?」


 異国の物をいくらでも運べるのなら、行商や貿易商の仕事が無くなってしまうし、悪い想像をすれば、泥棒が円を書くだけで物を盗み出せてしまう。


「どこへでも運べるわけではないわ。これ以上説明すると複雑になるのだけれど」


「然様ですか。難しいのですね」


 ガタリ、と椅子が動く。テーブルに手をついてベラが立っている。腕が小刻みに震えている。


「もう良いわ」


 驚くほど低い声が彼女から聞こえてきた。垂れ下がった金色の髪で表情が見えない。

「母親らしいこと何1つしてこなかったくせに、魔法使いとしても役立たずなのね。期待した私が馬鹿だったわ、もう知らない」


「ベラさん! 謝って! えっと……酷い」


 裾を引っ張って窘めるモモを振りほどき、一目散に部屋を飛び出して行く。


「ベラちゃん待って」


 アシュリーが追いかける。僕も立ち上がりかけたが、部屋にはモモとリンがいる。彼女らを置いてはいけない。座り直す。ベラはアシュリーに任せることにした。リンとベラの母親は呆気にとられている。モモは自分が悪いわけでも無いのにごめんなさい、ごめんなさいと言って頭を下げている。


「謝らなきゃいけないのはこっちの方よ。母親らしくないのも、あの子の役に立てなかったのも本当だから」


 母親は随分落ち着いている。と感心した矢先、ドンッと拳で机を叩いた。花瓶が揺れ、1枚花びらが落ちる。誰か変えようと思わなかったのだろうか。


「だからって、あんなに怒ること無いでしょうよ。なんなのいきなり。私何か悪い事したの? 急にお仕事入ったから? 辞めさせられて、路頭に迷うより良いでしょう? これまで何度も似たようなことあったけど、何にも言わなかったじゃないの!」


 急に表情と声色変えてまくし立ててくるのは辞めて頂きたい。体に悪い。ベラじゃないのだから。そうだ、母親だった。激しい性分までしっかり受け継がれていたみたいだ。


「あの、ベラさん、明日は聖ウァレンヌの日ということで、家族に手料理を振る舞いたかったそうですよ。先程まで練習していました」


「あ、あの、パイ、美味しかったです」


 聞いた母親は力が抜けたように項垂れる。


「そういうことだったの。本当、駄目ね、私。ねえ、ちょっと聞いてくれる? どうせあの子暫く戻って来ないでしょうし、仕事もやる気出ないし。貴方聖職者でしょ。懺悔の1つや2つ、聞いてくれても良いわよね?」


「は、はあ。ど、どうぞ」


 普通、告解は専用の部屋で行われる。請け負うのは副祭司以上なので、侍祭が聞き役になる事は滅多に無い。それに今は一般人も混ざっている。聖職者だからって、いつでもどこでも懺悔を聞かされたらたまらない。が、ここは黙って耳を傾けよう。

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