悪魔を連れた魔女

第7話 悪魔を連れた魔女 その1

 大都市ブラッドリー。クレア王国中部の河沿いに位置し、交易によって栄え、やがて世俗領主の支配から独立した自由都市。


 そこは古代からの面影を残し、城壁に囲まれた旧市街と、自由都市に認定された後、他の地方領主による支配から逃れるべく殺到した人々によって作られた新市街に別れている。さらに、ロッジ地区と呼ばれる区画があり、そこは所謂貧民街。


 その外れにひときわ大きく、古い建物がある。


 神に祈る場所。プレラーリ《礼拝所》・エスタ《東》・ブラッドリー。


 調べた所によると、元々はこの辺りにあった村の礼拝所として建てられたらしい。



 現在では所属たった5人、物なし、金なし、休みもあまりなしの清貧に生きるにはこの上ない場所となっている。



 僕がブラッドリーに来てから数ヶ月経ち、日の光が眩しかったこの街にも冬の気配が漂うようになった。僕はこの数ヶ月間で悪魔(厳密には違うらしい)に取り憑かれ、井戸水でも祭壇に捧げれば聖水(仮)に変わる事を覚え、聖歌の斉唱は半分コンサートであり、悪魔崇拝者は身内の中にいるという事を学んだのである。


 僕の知っている常識が何か起こる度に砕け散っていくのだが、ここに来たことを悔いるようなことはしない。城壁の向こうには大祭司様がいらっしゃる。最大限好意的に解釈すればあの方の元でお務めできていると考えられなくもないし、祭司様をはじめとする礼拝所の面々はいい人だ。多分。


 そしてなにより、これは神から課された試練なのだ。神の教えを守るという強い心が試されている。僕は絶対に乗り越えてみせる。



 礼拝所には、祭司様、祓魔師2人、ライリーとアシュリー、守門のビルそして僕がいる。祭司様は温厚でありながら機転のきく素晴らしい人だ。何かと問題の多い祓魔師2人と10年近く暮らしていけるのだから尊敬に値する。よく腕をさすっていらっしゃるが、癖なのだろう。ライリーは僕と同じか少し年上。腕は確かだが、だらしない、態度悪い、人を生意気だと罵るくせに自分も子どもっぽいという面倒くさい先輩だ。


 アシュリーはまた別の方向で困った人だ。一見優しそうなのだが相談に来た女性を口説き、他の人はライリーに押しつける、(ライリーが相談者に素っ気ない対応をするのは、アシュリーが押しつけてきた分まで捌かないといけないから、という事情も絡んでいたのだ)神に仕える身の上でありながら黒魔術に手を染めている。


 良くも悪くも分かりやすいライリーと異なり、謎の多い人物である。



 今日は珍しくこの礼拝所で会議が行われるらしい。僕達はその準備に追われていた。


「あれ、足りない。ちゃんと人数分買ったはずなのに。先輩、これ切ったの先輩ですよね」


 僕は参加者の方々にお出しするケーキを数えていた。全部で35個あれば良いのだが、28個しかない。包丁を洗っていたライリーが振り返った。


「先輩、五個ずつ切り分けて下さいって話しましたよね」


「だって、5個だと余るだろ、3つくらい」


「4つです。足りないのが一番困るんですよ。ほら、7つあるケーキを4つずつ切ったら幾つになるんですか」


「えーっと。何個だっけ? ひい、ふう、みい」


 駄目だ、この人。会議に参加する人は祭司様含めて31人。5つずつ切り分ければ、残りは僕達のおやつだうふふ、と思って買ってきたのに、台無しだ。


「ほら、兄弟。4×7だよ」


 アシュリーが助け船を出す。


「そっか、4が7つあるから。ごお、ろく……」


「47(ししち)?」


「2……8?」


「正解。相変わらず数字は苦手だねえ」


「合ってただろ、できるんだって、いきなり聞かれたからびっくりしただけで、落ち着けばできるんだよ」


「本当かなあ?」


 アシュリーはニヤニヤしている。


「今度教室開くとき、生徒に混ざって勉強したらどうです?」


 貧民街は教育をまともに受けられない子ども達が多く、大人でも読み書きできない人がいる。月に何度か希望者を募って読み書き、計算を教えるのも聖職者の務めなのだ。


「じゃあ兄弟はそんなに計算できるのかよ。はい8×9は」


「72。それくらいは暗記するものですよ」


 舌打ちするライリー。


「じゃあ、56+73は?」


「129」


「へえ、凄いじゃん。じゃあ、368÷48は?」


 アシュリーまで問題を出してくる。


「えーっと、23⁄3?」


 おおー、と小さな拍手が鳴る。


「合ってます?」


「分かんない」


 アシュリーめ。答えが出せないのに問題を出したのか。


「箱があるとしよう。横が1⁄3、高さが縦の12倍、箱の底面積と容積の和は7⁄6、縦の長さは何になるかな?」


「えー。1⁄3に12を掛けて、4になるから、4に7⁄6を掛けて――二乗して、足して――。2を掛ければ、分かりました。1⁄2です。って祭司様!」


「いやはや、やはりファルベル子爵の御子息は賢いねえ」


「え、こいつの家なんか凄いの?」


「余り失礼な物言いをするんじゃない、ライリー。マルク君のご先祖様、えーっと、お爺さんの、お爺さんの、お爺さん辺りは王様だったんだよ」


「一応、かつてのファルベル王家ですからね。クレア王族の腹心、リー家との戦争に敗れてからは、リー家と封臣関係を結んだので、没落したも同然ですよ」


 へー。と相槌を打っている祓魔師2人は、話が分かっていなさそうだ。


「そして、今壁の中にいらっしゃる大祭司サイモン様の御親戚でもある」


「「ええっ」」


 今度は驚きの声が上がる。大祭司様と親戚だからって、まだまだ自分はあの人みたいにはなれないし、変に2人に気を遣われても困る。あの2人に限ってそんなことするとは思えないが。段々顔が熱くなってきた。鷹の羽根飾りを触る。全然曲がっていないのに。


「ほら、御父様は会議の支度をなさって下さい。と、とにかくもう1個買ってこないといけませんね。お店空いているでしょうか」


 半ばごまかすように話題を変える。そうだ、ケーキを人数分揃えなくては。急がないと参加者が来てしまう。


「それなら、私が行ってくるよ」


「じゃあ、お願いします」


「その代わりと言っちゃなんだけど、後のことは頼んでも良いかな?」


 そういうアシュリーは悪い笑みを浮かべていた。



「兄さん、何ですかその格好は」


 アシュリーがケーキを買い足してくれたお陰で事なきを得たが、礼拝所に戻ってくるなり彼は自室の方へと消えていった。そして、着替えて戻ってきたのである。


「黒魔女の会の制服。魔女と言えばこの帽子と黒いローブでしょ」


 そう言いながら帽子を片手で押さえてくるりと1回転。後は頼むって、お茶出し、書記といった仕事を放棄して、自分だけ出かけるつもりだったのか、悪い人だ。


 しかも、また集まりに行く気である。黒魔女の会、実態は全く分からないが、彼が最近出入りしている団体。黒魔法の研究を行っているらしい。


 黒魔法とは、厳密な定義はないものの、悪魔の召喚、契約、呪詛、それによる願いの成就を目的とする魔法。つまり、悪魔崇拝と結びつく迷惑行為である。


「兄弟。少し勘違いしてない? 別に黒魔法を研究してるからって実際に悪魔を召喚する訳じゃないよ。単にハーブで作ったお菓子やお酒を飲んで、女の子達とオカルトな噂を話し合って盛り上がって、偶におまじないを試すだけ」


「要は女性と話す口実を作りたいだけですか」


「人聞き悪いなあ。ほら、悪魔を相手にするんだから情報収集だって大事でしょ。蛇の道は蛇ってやつ? 晩のお祈りまでには帰るから、あとよろしくー」


「おー。気をつけてな、兄弟」


 ライリーはもう慣れているのか無邪気に手を振っている。もやもやした思いをはき出す様にため息を吐く。


「先輩、押しつけられてるんですよ。何か言ったらどうですか」


「大丈夫。いつもの事だろ。弟の仕事を肩代わりするのも兄の務めだからな!」


「利用されていますよ! 完全に」


「だって、昔からああだし。今更どうにもならないだろ」


 段々ライリーが可愛そうになってきた。結局アシュリーは出かけていったのである。


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